はじめてのおともだち

 わたくし、エイリルのこと好きになっちゃうかもしれん。


 やっぱ嘘。恋愛感情ではねえわ、これ。というか、彼女にそういう感情を抱けたら、この体でもちゃんと女性に劣情を抱ける証明になるし、光源氏計画的にはべりべりぐっどだったんだが。

 好きっていうのは、友人に向ける好意だ。


 いや、マジでいい子なの。うちの(うちのではない)エイリーは。

 物腰柔らかで、兵士にも丁寧に対応するし、サマナの作ったお菓子を美味しそうに食べるし、私に都会の話をしてくれるし、おっぱいがデカい。

 好きにならん方がおかしくねえか?


 エイリルが砦を訪れて、かれこれ一週間。

 建前上は治癒魔法を習いに来た彼女に、私は一応魔法を教えた。といっても、感覚派すぎて苦笑されてしまったけど。

 まあ予想通り、彼女が治癒魔法に目覚めることはなかったので、訓練はさっさと切り上げた。

 砦の中でなら自由に、うちの兵士を護衛につけたら辺境伯領内も好きに動いていいと、そう言ったところ、エイリルは毎日私の治癒を見に来るようになった。


 午前中はそれぞれの勉強をしているが、午後は一緒。暑苦しい兵士たちが、嬉々として見せてきやがる怪我を、私が無表情で次々に治していく姿を見て、目を輝かせていた。

 いや見せもんじゃねえが。変なプレイみたいに思われてたらめっちゃヤだな。


「何度見ても素晴らしい魔法ですわね、ベル」


「そんな凄いものではないって、何度も言ってるわよね?私だって、どうして使えてるのかよくわからないのよ」


 エイリルの敬語は結局崩れなかったが、癖みたいなものらしいので、距離は感じていない。私の方は思いっきりタメ口をきいているが、彼女が嬉しそうなのでたぶん大丈夫だろう。


「お嬢様、エイリル様。お茶のご用意ができました」


 今日は森から魔物が現れる魔物が少なかったようだ。怪我人をおわって暇していると、サマナが呼びにきた。

 彼女とエイリルのお付きのメイドは、お菓子作りで意気投合したらしく、毎日のお茶の時間を彩ってくれている。


「今行くわ」


「今日はどんなお菓子が出るのでしょう。楽しみですわね」


 最初の頃は、砦の中を歩くだけで兵士たちが立ち止まって礼をしていたエイリル。

 しかし、仕事の邪魔をすることを好まない彼女が許したことで、今は軽く礼をしてすぐに立ち去っていく者がほとんどだ。

 ──おい、今礼するときににやけたな?私の友達のおっぱい見惚れてんじゃねえよ。あいつはあとで処す。



 もはやお茶会用の部屋と化している応接室のソファに座ると、お待ちかねの甘味が運ばれてきた。

 皿に乗った小麦色のドーム。上からかけられた粉砂糖。間違いない、シュークリームだ。いや正確には風、だけど。


 手掴みは淑女らしくないので、ナイフとフォークで優雅に切って、口へ運ぶ。

 中から顔を出したのはなんと、黄色と白、異なる味わいの二つのクリームだった。


「ベル。あなたも、王都の学園へ行かれるのですわよね?」


 夢にまで見たカスタードクリームに、歓喜の叫びを心の中であげていたら、エイリルがそんなことを切り出してきた。


「その予定よ。エイリーも、行くんでしょう?」


「はい」


 未だ、この砦から私が抜ける穴を、なんとかする手段は見つかっていない。けれど、私が学園に行くことは決定事項だし、そのための勉強だってしてる。

 エイリルはといえば、私よりも座学の成績は優秀で、半年前の今ですでに、合格は確実だと言われる才媛であった。


「その、あなたは不安ではなくて?」


「不安……?特にはないわね。知らないことを教えてくれるのだから、むしろ楽しみよ。あなたの教えてくれた王都を、この目で見たいしね」


「私は不安ですわ」


 紅茶のカップを持ったまま、身を縮こまらせるエイリル。なにこれ、可愛いんだけど。

 庇護欲をそそられるのはもちろん、私の中の悪い部分が、嗜虐心を覚えてもいる。


「聞かせて、エイリー。あなたは何が不安なの?」


 しかし、彼女は私にとって、記憶が戻った後初めての友達だ。

 ここで欲望のままに意地悪をするわけにはいかない。もっと優しくして、ずっと仲良くなって、おっぱい触っても怒られないくらいになってからいじめるのだ!!

 クズ?ゲス?うるせーーーーーー!!


「マナリア公爵家の娘として、私は派閥のつながりを強化し、大きくしなければなりませんわ。あなたも、お父上から言われているでしょう?」


 いや知らんけど。聞いたっけなあ。貴族の責務とかはよく言われんだけどな。

 まあ頷いとく。言われてないけど重要性はわかるので。


「学園はその、大きなチャンスなのです。本来であれば、入学前から有力な子息、令嬢とは手紙で連絡を取り合って、入学後のスムーズな社交につなけるのですが」


「うちに来てしまったから、それができないと?」


「あなたと、辺境伯家を悪く言うつもりはございませんわ。むしろ、無理を通したのはこちらの方ですから」


「それはわかってる。けれど、エイリーはこれまで培ってきた経験があるでしょう?一年の、しかも根回し期間なんて、なくたって上手くやれるわよ」


 一週間でサマナやうちの兵士共からも慕われるようになったカリスマは本物だ。公爵家の家格と相まって、彼女に靡かない人間なんてそう居ないだろう。

 けれど、エイリルは不安らしい。可愛い。


「そうでしょうか。ええ、そうですわよね」


「まだ不安に思うことがあるなら、今のうちに吐き出しておいた方がいいんじゃない?自分に言い聞かせてると、いざって時にボロが出るわよ」


 今の私の使命は、彼女に寄り添うこと。それが将来的に私の野望を達成する役にたつ。

 ──それに。困ってる女の子に声をかけないような人間だったら、私は今ここにはいないだろうから。


「あなたは不思議ね、ベル」


「まあ、普通じゃない自覚はあるわ」


「ふふ……私ね、公爵令嬢だからって、いたずらに謙って接されるのが、少し苦手なんですわ」


 ほう?それまた珍しい感性だ。

 貴族という既得権益のルーツは、魔法を使える戦士にある。強者が弱者を守るという形が、貴族と平民に変わっていったというわけだ。

 しかし、今の貴族は、全員が全員魔法を使えるわけではないし、逆に平民にも魔法を使える者はいる。それでも貴族制度が崩れないのは、上が動いているのもあるだろうが、と考えている人間が多いからに他ならない。

 私は書物と両親、兵士たちという狭いコミュニティでしか情報を得られない身だが、前世の知識や感覚もあって、そのことにたどり着けた。


 貴族は貴族、平民は平民という常識に凝り固まった国の住人、それも公爵家という既得権益の頂点に近い場所にいる人物が、わずかでも現状に疑問を覚えているというのは、すごいことだ。


「それは仕方ないこと……なんていうのは、わかっている顔ね」


「はい。平民の方々も、他家の貴族も、私にぞんざいな態度をとって、公爵家の怒りを買うことは避けたいでしょうから。私が言っても、丁寧な態度は崩してくださりませんの」


「それで、私が不思議って話になったのね。敬語も、謙られるならこっちも丁寧に対応して平等に、ってわけかしら」


 エイリルは目を見開いた後、「今は癖になってしまっただけですわ」と言った。


「うーん。意識を変えたいなら、制度を変える必要があるでしょうね。けれど、今はそんなことより簡単な解決法があるわ」


「簡単な……?」


「ええ。要は、派閥は作りたいけど、自分にペコペコするようなヤツはいらないんでしょう?」


「……あなたという人は、本当に身も蓋もないですわね。一週間でよくわかりましたわ」


「それはどうも。でも、エイリーは私みたいなのが欲しいんでしょ?それなら、私が探してきてあげる」


 人を見る目はまあまあ自信がある。経験もそうだし、キンベリーとしての教育で、相手の本質を見抜くのは得意だ。

 どうせ私の学園での友達はエイリルしかいないのだし、彼女の利益になりつつ、私の人脈を広げられるなら、一石二鳥だろう。


「ベルが?ですが、それはブリギート家が、マナリア家の派閥に入るということでは」


「まあ、そう捉えられるんじゃない?私はそれでいいわ。あなたの副官、楽しそうだもの」


 お父様には事後承諾になるが、あの人もなにも考えずに彼女を砦に入れるほどお人よしじゃない。大丈夫だろ。


 いやあ、それにしてもエイリルに会った時は、派閥に巻き込まれるとかだりいって思ってたんだけどな。

 おっぱ、じゃない。彼女のカリスマはさすがだ。すっかり絆されちゃったぜ。


「……感謝いたしますわ、キンベリー・ブリギート辺境伯令嬢様」


「ベルでいいわよ。頭領おひめさま

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