デカすぎじゃね?(1)

 北砦での聖女業務が始まってから、早いもので半年が経過していた。

 元々はお父様のものだった部屋に、わたくしの私物やベッドを持ち込み、屋敷さながらの場所になっている。お父様は客間へ移った。

 午前中は勉強したり礼儀作法を習ったりして、午後は治癒魔法で兵士たちを治して回る生活。屋敷に帰ってお母様とお茶ができるのは月一くらいで、私は慢性的な糖分不足に呻いている。


 ただでさえ、辺境において砂糖は貴重なのだが、私の魔法でカバーできない体力を回復する効果が高いため、怪我をした兵士に優先的に与えられるのだ。

 パンに蜂蜜を塗りたくって、ケーキだと思い込みながら食ってきたが、体は砂糖を求めてやまない。あー、この砂埃全部粉砂糖にならねえかなあ。

 スイーツの楽園など夢のまた夢なこの状況を、私がなんとか耐えられているのには理由がある。

 それは、もっとヤバい苦しみを味わったからだ。


 ある日突然、全身を襲った倦怠感。むくんだ足は、はじめ歩行すら億劫に感じるほどで、魔法の行使で腹が減っているのに、なにも食べる気にならない、なんてこともある地獄。

 正直、舐めていた。いや、目を逸らしていたという方が正しいだろう。

 こんな、世界が崩壊するレベルの頭痛と腹痛が月一で来る女性の体、キツすぎ。


「お嬢様、白湯でございます」


「ありがとう。あなたも飲んだ方がいいわよ、サマナ」


「はい。いただきます」


 光源氏計画のために、洗顔や髪の手入れには気を遣っていたが、初めて月のものの苦しみを実感してからは、体を冷やさないことに神経を割くようになった。

 こんなことなら、前世で基礎体温のうんたらかんたらっていう保健の授業をもっと真面目に受けとくべきだった。まあこんなことになるなんて読めるわけねえから無理だけどな。ガハハ。ガハハじゃないが?

 体温計がないからサマナの体温と比べているが、周期を読むくらいはできている。


 そんなわけで甘味の足りない生活への苦しみを忘れられるほど辛い女性の体だが、不思議と私は男に戻りたいとは思わなかった。

 まあそれはそうだろう。苦労して(してないかもしれん)叶えた夢、ちょっとの障害で挫けるなんてありえない。美少女としての私は、華麗に大往生を迎えて見せるのだ。


「今日の予定ですが、午前中からお客様の来訪がございます」


「そうだったわね。マナリア公爵令嬢とお会いするのは……十歳の誕生日パーティーに招待された時以来かしら」


 貴族令嬢は幼い頃から、お茶会やらパーティーやらに招かれて、交友関係を広めていく。

 しかしキンベリーは、誕生日パーティーなどには頻繁に呼ばれるのだがなにぶん辺境白領が王国の端っこかつ、道中に危険な魔物も現れることが多いので、お茶会にはあまり参加していなかった。

 なので、私に令嬢フレンドはいない。マナリア公爵令嬢──王国最大の公爵家、その一人娘と会うのも四年ぶりになる。


「ドレスはこの間帰った時に持ってきたものでいいわよね。今日くらいは甘味、出してくれるんでしょう?」


「はい。旦那様から、砂糖をたっぷり使ったお菓子を作る許可はいただいております」


「そ。サマナ、あなたも食べていいから、美味しいものを作ってね」


「はい、お嬢様!!」


 瞳をきらきらさせ、勢いよく頭を下げる赤毛のメイド。

 この半年で、私と彼女は結構仲が良くなったと思う。向こうとしてはビジネスの相手だから、遠慮とかもあったが、私が友人のように接してほしいとお願いしたのだ。上目遣いで。

 年齢はサマナの方が上だが、前世の記憶がある身としては妹みたいなもんだ。めっちゃ可愛がってる。



 格上の公爵令嬢を迎えるのに相応しいデイドレスを見に纏い、私は砦の応接室にいた。

 なにぶん、無骨な砦なので、応接室といっても、最低限のソファとテーブル、それからさっき用意したケーキと紅茶くらいしかないが、そこらへんは勘弁してもらいたいもんだ。こんな辺境に来たがる令嬢の方がおかしいんだからな!


「エイリル・マナリア公爵令嬢がご到着なされました」


 窓から見える馬車は、私が屋敷とここを往復しているものと比べて、数段豪華だ。さぞサスペンションも効いてて乗り心地いいんだろうなあ。

 応接室は最も南に位置する塔の一階にあり、公爵令嬢一行が入ってきた門がよく見えた。

 共回りは五人か?馬車のそばに三人残ったので、彼らは護衛なのだろう。お付きのメイドの間からでは、エイリル嬢の姿はしっかり見えない。


 こんこん、応接室の扉がノックされたので、私は立ち上がった。

 辺境伯と公爵では、相手の方が立場が高い。まあ、重要な国境を守っているのでうちの立場は高めなため、外に出迎えにいくほどの差はない。ちょっとめんどいが、失礼な口叩かないように気を付ける程度でおっけーかな。


「ようこそ、エイリル様。このような僻地まで、わざわざお越しいただいたこと、感謝いたします」


 頭を下げる角度は四十五度!王都近くに領地を持つマナリア家。こんな田舎まで来るのはさぞ大変だっただろう。一週間くらい?マジで何の用だ。


「こちらこそ。国土防衛の要である砦に、部外者の小娘が入ることを許可していただいて、ありがとうございますわ。辺境伯様も、月光の聖女様も、器が大きくていらっしゃるのね」


 部屋に入ってきたエイリル嬢。私の目が行ったのは、珍しい金に白のメッシュの入った髪でも、堂に入った優雅な所作でもなかった。


「………………デッ」


「キンベリー様?」


「な、なんでもございません。ええ。なんでもございませんとも」


 あ、あっぶねーーーーーーー。私の磨き上げてきたお嬢様しぐさがぶっ壊れるところだった。っていうかちょっと出た。

 そう、エイリル・マナリアの胸元にたわわに実った二つの果実によって。


「こ、こほん。失礼いたしました、エイリル様。他家の令嬢の方とお話しするのは、少し久しぶりでしたので。緊張していたみたいです」


「そうでしたか。改めて、突然の来訪を謝罪いたしますわ」


 手を揃えて頭を下げる。挟まれた爆弾が凶悪に強調される。

 私が顔を上げるようにお願いする。

 体を起こす勢いで双丘が揺れる。


 オイオイオイオイオイオイオイ。

 デカすぎじゃね??????デカすぎだろ!!!!!!!

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