あ、どうも。聖女です(3)

 兵士たちの勝鬨の声が、聖女──わたくしのことを讃えるものに変わっていく。

 いや、私聖女と名乗った覚えはねえんだけど。


「お嬢様。どうか、兵士たちに一言」


「一言って……別に言うことなんてないわ。それより、早く傷を治してあげた方がいいんじゃないの?」


「お嬢様のお言葉が、彼らにとっては魔法なのです」


 ちょっとよくわからないが、私のわがままに付き合ってくれたジェフの頼みを無碍にするのも悪い。

 仕方なく前線の方に向き直った。


「って、ここからしゃべっても聞こえるわけ……え?どうなってるの、コレ」


 突如、クソデカいスピーカーを通したような音量になった私の声。

 見れば、ジェフの側に控えていた兵士が、こちらに会釈してきた。この人の魔法ってわけか。


「こほん。……皆の戦いぶり、見せてもらったわ」


「「ありがとうございます、聖女様ー!!」」


「「聖女様のお声、最高です!!」」


 いちいちうるせえな。いや、キンベリーの声は超美声ってのはおまえらに同意なんだけどさ。

 せっかく全力でお嬢様モードで言葉考えてんだから、静かに聞けよ。


「あなたたち一人一人が命を賭けているからこそ、我が領……ひいては、この国の平和が保たれていると、改めて実感した。いつもありがとう」


「けれど、だからこそ、あなたたちは私の宝。命を賭けるというのは、死に急ぐと言う意味ではないわ。必ず、生きて大切な人のところへ帰るという意味よ」


「傷付いたら、私の元へ来なさい。命さえあれば、絶対に死なせないわ」


 前世で見たアニメやら漫画やらの影響を多大に受けたセリフにはなったが、まあ、本心でもある。

 キンベリーとして、私は彼らの忠勤に応える責務がある。それが、治癒魔法で彼らを生かすことならば、喜んで力を振るおうじゃないか。


「「うおーーー!!聖女様万歳!!聖女様万歳!!」」


「「月光の聖女様万歳!!キンベリー様万歳!!」」


 さすがにちょっと恥ずい。もう下りていいか?

 赤くなった頬を扇子で隠しつつ、私は足早に壁を下りた。


 その後、救護天幕で怪我をした兵士を癒すたびに、聖女様、聖女様と感謝される羽目になった。

「月光」ってのは、昨日夜まで治療をやってたから、目を覚ました患者が私の金髪を月の光みたいに思ったことが由来らしい。

 厨二病みたいに思われるからやめてくれ。いや、まあ、ちょっとかっこいいとおもったけど。ちょっとね!!


「ベル。昼は見事な演説であったな」


「急だったもので、なかなか良い言葉が思いつかず……青臭いことを言いました。お恥ずかしい限りです」


「わはははは!そう言うな!『命を賭けるとは、必ず生きて大切な人のところへ帰るという意味』か。私も肝に銘じるとしよう!」


 おいお父様、わざとか?わざとだなさては。思い返すとマジで恥ずかしいこと言ってたな、と思ってたんだよ。やめてくれよ。

 けっ。お嬢様だけどヤケ食いしてやろ。このスペアリブみたいな肉、美味いな。


「しかし……困ったことになったな」


「困ったこと、とは?」


 ワインを口に含んでから、お父様は眉を寄せた。

 私、なんか失敗したかな。いやしてねえと思うけど。たぶん。


「ベルの魔法は凄まじい。兵の損耗をほとんど考えずに済むほどだ。私としては、あまりおまえに負担をかけたくはないのだが」


「それほど負担とは思っていません。お腹が空くだけなので」


 今んとこマジでそれだけなんだよな。

 でも、この食べたもの、贅肉になったら嫌だな。魔法のエネルギーとして全部使われてるんならいいんだけど、光源氏計画実行中の身からすると、美しくないお肉はいらない。


「なにか異変があったら早く言うんだぞ。……しかし、問題はそこではないのだ。おまえの存在によって、兵士は怪我を気にすることがなくなるだろう。おまえがここにいる間はそれでも良いが」


「私が砦を離れれば、ただの蛮勇になってしまう、と」


「その通りだ」


 それはちょっと困る。

 私は全然、この砦にずっといるつもりはない。領地のために働くとは決めたけど、そもそも今だって、お父様に拉致られたままいるようなもんだ。

 別に、ここに居たって生活はできるだろうが、それだけではダメなのだ。


 私が美少女になってやりたかったこと。それはなにも、えっちなことだけじゃない。

 おい、疑いの目を向けんじゃねえ。ホントにそれだけじゃないんだよ。


 私は前世から、甘いものが好きだった。コンビニスイーツは制覇したし、冷凍庫のアイスを切らしたことはない。

 だが、男一人で入りづらい人気のカフェやら、スイーツの楽園とかには、終ぞ行くことができずに死んでしまった。

 というわけで、今世では堂々とスイーツ専門店にカチコミかけるのだ。

 美少女×スイーツ。正義だろ。


 それに、おしゃれもしたい。

 男だっておしゃれなヤツはたくさんいたが、前世の私は全く興味がなかった。

 だって、男着飾っても面白くねえじゃん。イケメンなら楽しいのかもしれんが、少なくとも容姿を褒められたことはなかった。

 しかし、キンベリーは超絶美少女だ。これはもう着せ替え人形確定だろ。


 まあ、他にもやってみたいことは結構あるが、大きくこの二つだ。

 そしてこれらは、この辺境の砦で聖女聖女崇められてると叶えられない夢。つまり、どっかのタイミングでここを出ないといけないワケ。


「辺境伯としては、おまえにここに留まってほしい。だが、父としては、おまえには自由に生きてほしいのだ。クラウディアも、同じことを言っていただろう?」


 私の人生は私が決めろと、お母様はそう言っていた。貴族令嬢は家のために生きるのが当たり前なのに。

 愛されてるよなあ、キンベリー。だから、頑張りたくなっちまうんだけどさ。


「はい。ここで兵士たちを癒すことは、家の役に立っていると実感できるため、嫌いではありません。しかし……」


「良い、言うな。おまえを慌ただしくここに連れてきたことは、悪かったと思っている」


 あ、悪いとは思ってたんだ。マジで急だったもんな。


「……あと一年は、ここで働いてはくれまいか?ベル」


「あと一年、ですか」


「ああ。十五になれば、帝都の学園に入学することができる。元よりそのつもりであったが、ここを離れる言い訳としては、それくらいしか思いつかん」


 学園、学園ねえ。

 キンベリーの記憶には、その学園とやらに入学するために勉強した知識が、ギチギチ詰まっている。

 異世界で学園。心躍らないと言えば嘘になるけど。


「それは、構いませんが……私が抜ける穴を埋める手段がないのは、変わらないのでは?」


「すまん。それは一年の間に考えさせてくれ」


 まあ、そうだよな。このぶっ壊れ治癒魔法に代わるものなんて、すぐに思いつくわけない。

 仕方ない。一年はここで頑張ってみますか。


 どうも、聖女始めました。

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