あ、どうも。聖女です(2)

 知らねえ天井だ。

 どうも、眠くないとか言ってたくせに布団被ったら爆睡してました、わたくしです。

 いやあ、馬車の中ではほぼほぼずっと寝てたんだが、クッションを持ち込んだとはいえ、揺れのせいで寝心地が最悪すぎて眠りが浅かったのを忘れてた。


「おはようございます。お嬢様」


「おはよう、サマナ。もう朝なのね」


 私が起きたことを物音で察したのだろう。部屋に入ってきたサマナが、カーテンを開けた。

 もうすっかり太陽は昇りきっており、窓から見える兵士たちは、忙しそうに動いている。


「そういえば、兵士たちはあんなに忙しなく、なにを運んでいるのかしら」


「基本的には石や木など、建材だと聞いています。北側の壁に運んでいるのだとか」


「へえ」


 私たちが馬車で通った南側は、立派な石壁と大きな門がついていたが、戦いの現場である北側は違うらしい。


「見に行ってみようかしら」


「危険です」


「大丈夫よ。お父様の兵は優秀だわ」


 実際、戦いぶりを見たのは、三年前に視察に来た時だけ。それも、実戦ではなく兵士同士の組み手だったが、ブリギート辺境伯麾下の兵士たちの精強さは、国でも随一だとお母様が言っていた。

 身内の贔屓目だろ、と思っていたが、お父様の強行軍についていける兵士を見た今では、客観的な評価な気もしている。


 前線の指揮を副官に任せ、お父様は私の朝食に付き合ってくれた。

 この人、結構子煩悩っていうか、親バカっていうか──まあとにかく、冷たくされるよりは可愛がられる方がいいし、素直に好意は受け取るけど。あ、頬擦りは勘弁な。私、中身おっさんだし。てか十四の女の子だとしても嫌だろ。


「お父様。本日は魔物との戦いを見学したく思います」


「昔は私の髭がフサフサで好きだと……こほん。本気か?ベル」


「はい。危険な真似をするつもりはございませんし、お父様や兵士の指示には必ず従います」


 私も前世で異世界ファンタジーを読み漁った身。魔物と戦って秘めたる力が覚醒するとか、剣一本で無双とか、そういうことをしてみたい気持ちはちょっとある。

 だが、キンベリーは貴族令嬢。肉体スペックは低いし、治癒魔法はバトルに使えるシロモノでもない。なので、大人しくしているつもりだったのだが。

 すぐそこで魔物と人間のバトルが見られるってのに、イベントスキップってのは無理な話だよなあ?


「わかった。私はすぐ指揮に戻る故、おまえにはジェフをつけよう。あやつの言うことをちゃんと聞くんだぞ」


「ありがとうございます、お父様」



 というわけでやってまいりました、砦北壁!

 まだ壁に上ってもいないのに、剣戟の音と怒号がめっちゃ聞こえてくる。


「キンベリーお嬢様。今から壁に上がりますが、決して身を乗り出されたり、ワシより前に行ったりなさいませんよう、お願い致しますぞ」


「わかっているわ、ジェフ」


 ジェフは、白髪混じりの茶髪を刈り込んだ、お父様に勝るとも劣らない体型の古兵ふるつわものだ。

 一兵卒からの叩き上げで、お父様の副官を務めている。お父様が砦を空ける際には、ここの指揮官になる人物なため、顔をあわせたのは久々。


 昼間でも暗い壁の中、松明を頼りに階段を上がっていくと、やがて視界はひらけた。

 まず見えるのは、さらに二枚の壁。手前の壁は、緩やかにカーブしており、ちょうど砦の方に底があるお椀のような形。奥の壁は横に真っ直ぐだが、ところどころが欠けたり、建材が露出したりしている。

 いずれも、今私たちが立っている砦の外壁より低く、こちらから戦局を俯瞰するのに支障はなさそうだ。


「お父様は手前の壁の上ね?」


「はい。バンロッサ閣下は魔法兵、弓兵を束ねつつ、あそこから指示を出していらっしゃいます」


 前線になっている奥の壁に向かって、手前の壁から、時折火の玉や石の槍、鉄の矢が放たれている。

 砦の中を行き来していた兵士が運んでいた建材は、奥の壁に使われているようだ。

 おそらく、わざと急造の壁にしておくことで、前に出ている兵士が盾として壊れても、すぐに作り直せるようにしているのだろう。まあ、その分耐久力は下がるけど、時間を稼げばお父様たちが頭上から援護してくれるわけだし、素人目にも理にかなった作戦だなあと思う。


「よく持ち堪えているわね」


「お嬢様の魔法のお陰でございます」


 奥の壁、つまり前線までは、ここからだと五百メートルは先だ。そのため、北の森から続々と出てくる魔物が、正確にはどういう種類なのかはいまいちわからない。

 けれど、ヤツらのほとんどが、緑やら赤の皮膚で、兵士よりはるかにデカいことはわかる。ゲーム的に言ったら、ホブゴブリンとかオーガとか、そんな感じじゃねえかな。


 まあとにかく、デカいってのはそれだけで強い。いくら喧嘩が強くても、ダンプカーに勝てないようなもんだ。

 だが、前線の兵士たちは、剣やら槍にハルバード、珍しいところだと小手つけただけの拳で、自分よりデカい魔物と渡り合っている。すげえよ。


「私は傷を治しただけ。あれは彼らの力よ」


「死ぬような怪我を負っても、救ってくださる方がいる。それは、恐れという限界を外させるのですよ。それに、単純に戦える兵士の数が回復しましたからな。一人一人の負担は確実に減っております」


「ふーん、そう」


 しばらく戦いを眺めていると、一際大きな体の魔物が現れたが、兵士たちの奮闘とお父様の魔法で倒される。

 それを境に、森から出てくる魔物はぴたりと止み、勝鬨が上がった。


「ジェフ。さっきの魔物は?」


「ゴブリンリーダーでしょう。ラッシュ……ああ、魔物の一団のことです。それを束ねる存在で、ヤツを倒せば、しばらくは魔物が現れなくなります」


 へえ、やっぱゴブリンなのか。っていうか、ずいぶんゲームっぽいな。

 まあ異世界だし、なんでもいいか。


 とにかく、戦闘の様子はだいたいわかったし、今の私にあそこに混ざるのは無理だということも理解した。

 さっさと壁を下りて、今の戦いで増えたであろう、負傷者の手当てに向かおうと思ったのだが。


「「辺境伯閣下、万歳!聖女様、万歳!」」


 なんか勝鬨が怪しいこと言ってるんだけど。


「「聖女様、万歳!月光の聖女様、万歳!!」」


 いや月光の聖女て。どこに月の光要素あったんですかねえ。

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