あ、どうも。聖女です(1)

 馬車でガタゴト揺られること丸一日。屋敷を出た翌日の夕方ごろ、わたくしたち一行は砦へと辿り着いた。

 ずっと馬車に乗っていた私とサマナはともかく、とんぼ返りで丸一日歩き切ったお父様と部下の兵士は化け物だ。途中、馬を休めるための休憩しか取らず、ぶっ通し。おかしいだろ。

 兵士たちは交代で馬車に乗って体を休めていたが、お父様はマジでどうなってるんだ?付き合わされている兵士が可哀想なので、こっそり治癒魔法で疲労を取ってあげたら、馬車の速度が上がった。は?


 結構な速度で走る馬車に、尻が痛くなったので、自分にも治癒魔法を使った。

 サマナにも使ったら、崇められる勢いで感謝されたが、代わりに空腹でぶっ倒れる私。ほどほどにしねえとダメだなこれ。


「ベル!おまえのおかげで新記録だ。全く、治癒魔法というのは素晴らしいなあ!」


 おい、人の魔法使ってタイムアタックしてんじゃねえよ。


「そ、それはなによりですわ……あの、干し肉やスープでいいので、なにか、なにか食べるものをいただけませんか……」


「いけませんお嬢様!豆粥から慣らしていきませんと、戻してしまいますよ」


「そうだった、ベルの治癒魔法は腹が減るんだったな。おい、ジェフに豆粥と干し肉を入れたスープを用意するように伝えろ。大至急だ」


 はっ!と返事をして、砦の司令塔へ向かって走っていく兵士。元気だなあ。

 私たちはといえば、門のそばに馬車を止めて、一息ついていた。


「閣下!豆粥でございます!」


「サマナ、食べさせてやれ」


 思いの外早く出てきた豆粥。まあ、この国だと一般的な主食らしいけど、元気な兵士たちはこれで腹が膨れるのか?

 キンベリーの記憶では、熱を出した際に食べさせられていたが。


「いただきますわ」


 馬車の荷台に腰掛け、サマナが差し出した木のスプーンにぱくっといった。

 あー、なるほどな。豆粥、こういう感じか。米のお粥というよりは、オートミールとかコーンフレークみたいな味だが、前世でそれらを食べた時と違って、熱いお湯の中ででろでろになっているので、流動食みたい食感がする。

 ぶっちゃけあんまり好きじゃない。かすかに塩味がするが、ほぼ味がしないのと同じだし、私は牛乳に浸かったコーンフレークが柔らかくなる前にざくざく行く派だったから。


 そんな気持ちが表情に出ていたからだろうか。

 食べさせてくれるサマナはめっちゃ申し訳なさそうな顔をしていたし、豆粥を持ってきた兵士はお父様に怒られていた。

 貴族令嬢、めんどくさすぎだろ。


「ところで、お父様。砦までずいぶん急がれていた上に、この雰囲気……なにかあったのでしょうか?」


 お父様を宥め、兵士に謝った私は、そう訪ねた。

 前にこの砦を訪れたのは、三年くらい前らしいけど、その時の記憶と照らし合わせても、今のここはちょっとピリピリしているように感じる。

 行き交う兵士はお父様に礼はすれど、私に気づいていない者すらいる。余裕がないのだ。そして、お父様もそれを咎めない。

 運ばれる武器はどことなくくたびれていて、ハルバードの刃などには、血糊がついたままになっていた。


「うむ。このところ、北から現れる魔物が活発になっていてな……戦闘が激しくなっている」


「成程。豆粥がすぐに出てきたのは、兵士たちに怪我人が多いからなのですね」


 ブリギート辺境伯が預かる砦はいくつかあるが、お父様が多く滞在するのがここ、北の砦だ。

 西は他国と国境を接しており、だからこその辺境伯ではあるのだが、表向き友好である隣国よりも、絶えずこちらへ攻撃してくる北の魔物の方が、脅威になっている。


 ──魔物。日本人である私の記憶からすれば、魔法と同じく御伽話の産物。

 だが、この世界には存在した。キンベリーとしても、遭遇した記憶はある。遠くからだけど。


「わかりました。私のお役目は、傷ついた兵士たちに治癒魔法をかけることですね」


「頼まれてくれるか?ベル」


「勿論です。辺境伯家のためでしたらこの魔法、存分に振るいましょう」


 ちょっとクサいセリフだが、貴族の子息的には常識の範囲内のはず。

 お父様は感動で目を潤ませている。大袈裟かよ。


「おまえのようなできた娘を持てて、私は幸せ者だなあ!」


「そうと決まりましたら、早く怪我人の元へ連れて行ってくださいまし。干し肉のスープもお願い致しますわ」


 というわけで、キンベリー・ブリギート、はじめてのおしごとってヤツだ。



「傷を診せなさい。……はい、これでもう大丈夫よ」


「酷い怪我ね。すぐ楽にしてあげるから、力を抜いて」


「お腹すいたわ。サマナ、適当に口に突っ込んで」


 野戦病院がどういうものかはわからないが、私が今いる場所は、たぶんそれと似た様子だろう。

 砦の一角に張られた天幕の中に、簡易のベッドが並べられ、埃まみれのシーツの上に男たちが並べられている。

 そんな状態でもベッドに寝かせられているのはまだいい方で、柱に寄りかかって蹲っていたり、地面に寝転がって目を瞑っていたりする兵士もいた。

 この衛生状況、ナイチンゲールブチギレだろ。知らんけど。


 まあ、私の治癒魔法はよくわからん謎のスーパーパワー。大体の怪我は手をかざして「えいっ」で治ります。チート?私もそう思う。

 そういうわけで、衛生状況はあんまり関係なかったのだが、全員一瞬で完治!というわけにはいかなかった。

 この治癒魔法、時間を戻してるのかな、と思っていたのだが、自然治癒力をバカみたいに強化する方向らしい。つまり、傷は消せるし内臓はこぼれてなければ死なせないけど、無くなった腕は生えないし、失った血液を爆増させることもできない。

 そういうわけで、私が到着する前に危篤だった人は未だ意識が戻らない。足を魔物に喰われた兵士には、止血しかしてあげられなかった。


「ベル、少し休みなさい」


「でも、お父様。まだ意識が戻らない人が」


「これは命令だ。休みなさい、キンベリー。おまえの魔法は、食事を摂っていれば使い続けられるのかもしれんが……酷い顔色だぞ」


 私はサマナと兵士に引きずられるように、お父様の部屋のベッドまで連れてこられた。

 正直、今は眠くないし、なんか食ってる方が魔法的にはいい。でも、部屋から出してはもらえなさそうだったので、仕方なく寝た。


 別に、誰かを積極的に救いたいって思ってるわけじゃないし、誰も彼もを救えるとも思ってない。

 でも、やっぱり見てしまったら助けたくなる。あの日、転がり落ちそうになった女性を助けようとしたのと同じように。


 ──ああ。悔しいなあ。

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