治癒魔法、すごいけどめんどくさい

 お父様は砦を出発する前に、腹心に命じてわたくしが治癒魔法に覚醒したことを広めていた。

 もし、私が嘘をついていたり、屋敷の者の勘違いだったりしたらどうしたんだろうと思ったが、先んじて「自分が娘や妻を信じないはずがない」とまで言われてしまうと、こう、なんていうかむず痒い。


「ベル、この魔法は発動に条件などはあるのか?聞いたところ、皆体に触れた状態で発動していたようだが、遠隔で使うことはできるか?」


「申し訳ございません。私の手の届かない場所となると、少し難しいかと」


 使い方を掴んだ時と同じ、感覚的な話なのだが、私の治癒魔法は手のひらを起点に発動しているように思える。

 遠隔での発動も、絶対に失敗するとは限らないが、たぶん手のひらを魔法を使いたい人に触れさせていないと、ダメっぽい。


「気にするな。そもそも、治癒魔法の覚醒者はそれだけで希少だ。前回現れたのは、確か百二十年は前だったはずだからな」


 ふむ。キンベリーは貴族令嬢として、教養は真面目に取り組んでいた。

 しかし、前回の覚醒者とやらは知らない──いや、百二十年前ということは、赤竜の封印をされたという、「雪花の聖女」か?


「その、前の覚醒者というのは、雪花の聖女様のことでしょうか?」


「その通りだ。ベルはよく勉強しているな」


 嬉しそうに笑うお父様を見て、私も嬉しくなる。まあ、褒められて悪い気分になる奴なんていないが、前世よりも感じる喜びが大きい気がするな。


「ええと、つまり。私もかのお方のように、聖女と呼ばれる宿命さだめにあるのでしょうか」


 大仰な言い方をしたが、つまりは聖女としてあちこち回って他人癒さなきゃダメ?って意味だ。

 文献に載っていた雪花の聖女は、大陸を巡礼し、怪我や病に苦しむ人々を救い、当時災いの中心にあった赤竜の封印まで、ついにやってのけたすごい人らしい。

 さっき、お父様の娘自慢で、私が聖女に違いない、みたいなセリフが出たが、もし同じような働きを求められるなら──正直、めんどくさい。


「ベル。力というのは、必ず責務を伴うものなのだ。我々貴族が、民の上に立つのは、民を守る責務を負っているから。それは教えてきたことだったな?」


「はい。お父様」


 ノブレスオブリージュってやつだな。キンベリーとしての記憶を漁れば、秒で耳がタコさんウィンナーになるくらいには、お父様から言われてきたことだ。


「でもね、ベル。わたくしは、人を救うという行いは、高潔であるけれど、自らが望んでいるからこそ、できるとも考えているの。あなたが望まないのなら、わたくしはあなたを聖女とは呼ばせません」


「クラウディア、しかしだな」


「あなた。これはキンベリーの人生なのよ」


 私が悩んでいるのを察してだろう。お母様がそんな助け舟を出してくれた。

 今の私の至上目標は、いまよりもさらに美しくなることだ。その目的はちょっと、自分でも変かなあとは思っているが、邪魔される謂れはない。

 そして、各地を旅するというのは、それだけ体に負担をかける行いだ。端的に言って、過酷な旅は美容に良くない。


「お父様のおっしゃる通り、私に降って湧いたこの力、誰かのために活かさないというのは、貴族の責務に反すると思います」


 これは言い訳でも建前でもない。私は私として生きると決めた。ならば、十四年間で築かれた価値観こそ、「キンベリー」そのものだ。

 ちゃんと、大事にしたい。


「けれど、雪花の聖女のように、大陸の巡礼をすることは、私には難しいです……お父様、お母様。私、夢があるのです」


 だから、探すのは妥協案だ。

 辺境伯令嬢の意思を尊重しつつ、前世のの願望も叶えられる、そんな道。


「私、大陸一幸せな花嫁になりたいのです。誰もが憧れる美しさと、誰もが祝福する気高さを持った、そんな花嫁に」


 そのために私は、徹底的に女を磨く。

 両親の前で、そう宣言した。


「良い夢ですね。わたくしは応援するわ、ベル」


「ありがとうございます。お母様」


 私が話し終えるまで、じっと黙っていてくれたお母様は、心からの笑みでそう言ってくれた。

 不純な動機のせいでその笑顔が沁みる。


「むう……そうか……おまえの治癒魔法は惜しいが、娘の夢を否定するような父ではありたくない……」


「お父様。何も私は、この力を自分のためだけに振るう、と言っている訳ではないのです。我が家は辺境伯家。戦働きで傷ついた兵士たちに、癒しと安寧を齎すこと……それは、私の目指す気高き花嫁に、ぴったりの姿ですから」


「本当か?ベル、おまえはそれを望んでくれるのだな?」


「はい。キンベリーは、お父様とお家の役に立ちたく思います」


「そうか……そうか!!嬉しいことを言ってくれる……!」


 目尻に涙を浮かべるお父様。ごめんなさい。あなたの娘の中身はただの変態です。

 まあ、家の役に立ちたいというのは、嘘偽りのない本心でもある。ブリギート領内を回るくらいなら、大きな負担の伴う巡礼にもならないだろうし。


「よし!そうと決まれば早速、砦へ行こう、ベル!」


「はい?今から、でしょうか」


「勿論だ!慈悲深きおまえの治癒魔法があれば、兵士たちの士気は鰻上りだろう!」


 お父様は一度決めたら突っ走る人だと知っているため、お母様も苦笑するだけで止めてくれない。

 待ってくれ、今すぐって、今すぐ!?


「サマナ!おまえもついて参れ。ベルの身の回りのことは任せる!」


「か、かしこまりました、旦那様」


「出発は二時間後。さあ行くぞ!」


 やっべ、選択肢ミスったかもしれん。

 バタバタと着替えをして、荷物をまとめながら思った。治癒魔法、すごいけどめんどくさい。

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