治癒魔法、すごい(2)

 お父様を待つ間、気づいたことが二つあった。


 一つ、魔法を使いまくるとお腹が空く。

 肉体的、精神的な負担が全くないと思われた治癒魔法だったが、さすがに完全無欠の超ぶっ壊れ魔法というわけではなかったらしく、半日歩き回った後の昼食では、はしたなくも二回パンとスープをおかわりしてしまった。

 ──おかわりをはしたなく感じるって、結構私わたくしの記憶、馴染んで来てんな。いや、いいことなんだけど、ちょい複雑だ。

 これの厄介なところは、お腹を空かせていることに私自身がなかなか気づけないことだ。食卓に座って、いつも通りの食事を摂ってようやく、全然足りないことに気づく。


 もう一つ、私の性欲について。

 ぶっちゃけ今のところ、誰と会おうが話そうが、性欲らしいものは感じていない。

 男の体と比べて、わかりやすくムラムラしている象徴がない(ないわけでもないらしいけど)ため、掴みかねている部分もあると思うが、まあとにかく今のところ全然ムラムラしねえ。


 そこで、私は考えた。今の自分の体は十四歳の無垢で発達途中の、いわば蕾。

 これをあらゆる手を使って磨きに磨いて、私好みのえちえちボディに作り上げる。

 いわば、光源氏計画亜種だ。私、自分を紫の上にするわ。光源氏も私ね。


「ベル!今戻ったぞ!!」


 そんなことを考えつつ、食後の紅茶をいただいていたところに、予定よりも早くお父様が帰ってきた。

 お父様を一言で表すならば、筋骨隆々な紳士、だろうか。

 胸板は分厚く、腕も足も丸太のようにぶっとい。しかし、二メートル近い大柄な体は、特注のスリーピーススーツを完璧に着こなしており、ワックスで固めたリーゼント風の髪型も、ご立派なカイゼル髭も、バチバチに決まっている。


 多少、やり過ぎな部分はありつつも、やはり元男としては、カッコイイと思わざるを得ない。三十代には全然見えねえけど。

 ウルトラダンディなスーパーマン。それこそ、我が父ブリギート辺境伯だった。


「おかえりなさいませ、お父様。お疲れではありませんか?」


「わははははっ!我が愛しの妻と娘の顔を見れば、疲れなどぶっとんださ!」


 お父様も私と同じように魔法が使える。適性は、火と身体強化だとか。

 普段は威厳を示すため、馬に乗って移動するが、急ぎの時は自分で走った方が早いからと、魔法にものを言わせて超スピードで消えていってしまうとは、お母様の談だ。

 今回もダッシュで屋敷まで戻ってきたのだろう。お父様のクラバットは少し曲がっており、スラックスの裾にも泥が見える。

 いや、馬で一日以上かかる距離を走って踏破した人間が、その程度の服装の乱れで済んでいる時点で異世界やべえんだが。


「おかえりなさいませ、あなた。まずは湯浴みに行かれては?ベルも治癒魔法も、逃げはしませんよ」


「うむ、そうだな、クラウディア。汗の匂いで娘に嫌われては、立ち直れん。すぐ戻るから待っていてくれよ、ベル」


 お父様がお風呂に行ってる間、サマナとメイド長がお父様の分の食事を用意した。

 クラウディアお母様がお茶のおかわりを蒸らし終わったところで、お父様が戻ってくる。見計らったようなタイミングは、さすが夫婦だと言わざるを得ねえ。


「さて、どこから聞けばいいのやら」


 スライスした肉を挟んだパンをパクつくお父様に、まずはお母様が私の負傷から話し始めた。

 夕食を終え、湯浴みに向かおうとしていた私が不注意で階段から滑り落ち、額から血を流したことを。


「だ、だ、だ大丈夫なのか!?ベル、もう痛みはないんだな!?傷痕は?見せてみなさい」


「ご心配なく。少しの痕もなく、治しましたので」


 前髪をかき上げて、怪我をしたあたりを見せれば、お父様はぐい、と近づいてきて、まじまじと私の額を見た。

 いや、近えよ。顔が濃いんだわお父様。圧。


「あなた、レディに近づき過ぎですよ」


「おおっと、これはすまなかった、ベル。おまえのことが心配で心配で……だが、よかった。婚約者も決まる前の令嬢に傷が残ったなどとなれば、一大事だったからな」


「ご心配をおかけしてごめんなさい」


「良い、良いのだ。して……血を流すほどの傷を一瞬で治したのが、件の治癒魔法なのだな?」


「はい」


 魔法を実演するため、私はお父様の手をとった。

 剣だこで大地よりも硬くなった、大きな手。その指先のささくれに触れて、私は光を生み出す。


「おお、おおおおお……!」


「いかがでしょうか?」


「なんと、このように綺麗に……同じように、傷痕も消えるのだな?」


「はい」


「それだけではありませんよ。ほら、わたくしの肌も触れてみてくださいませ」


 お母様がくい、と顎を上げると、お父様は割れ物に触れるような丁寧さで、その頬に指を伝わせた。


「なんと!クラウディアの肌が、まるで赤子のような手触りではないか!!」


「ふふ。侍女の肌や使用人たちの古傷も、ベルは瞬く間に治してしまったのですよ」


 しばらくお母様の肌を堪能していたお父様だったが、やがて深刻な表情を、こちらへ向けた。


「キンベリー。魔法は大きな力を持ち、便利なものだが、その代償も存在する。父の魔法が使いすぎると筋肉を傷つけ、体が動かなくなってしまうようにな」


 お父様は、治癒魔法を使うことで発生する代償を心配しているようだった。

 もっと小さい頃に覚醒した火魔法の代償は、使いすぎると髪が一房燃え落ちる、というもので、それを知った時にお父様は相当大袈裟に私が火魔法を使うことを禁じた。髪は令嬢の命だから、と。

 まあその気持ちは私もわかる。こんな綺麗な髪、燃やすとか勿体なさすぎて無理。それはそれとして便利だから、使いすぎない程度には使うけど。


「その……少し、申し上げにくいのですが」


「大丈夫だ。恥ずべきことではない。父にとっては、おまえが治癒魔法で救う者よりも、おまえが支払う代償の方が重要なのだ」


「……お腹が、空きます」


「ん?」


「ですから、お腹が空くんです。すごく」


 お父様がめちゃめちゃ大仰で深刻な風にするから、こんなしょうもない代償を告白するのがちょっと恥ずかしかったじゃないか。

 ただでさえ、令嬢が大食いだなんて恥ずかしい、みたいな意識があるのに!


「それはまことだな?父を安心させるため、嘘偽りを申しているわけではないな?」


「はい。神に誓って」


 そういえばこの世界の神のことよく知らねえけど、まあいいだろ。

 前世でも新年は神社へ行ったし、ご先祖様はお寺の墓で眠ってたけど、クリスマスは家族みんなでケーキ食べてたし。


「……そうか」


 厳かに頷くお父様に、少し怖くなる。魔法を使うとお腹空くって、もしかしてなんかやべえ代償なのか?


「クラウディア」


「はい。なんでしょうか」


「……うちの娘、可愛すぎんか?これは聖女だな。間違いない」


「ええ。あなたの言う通りでしょうとも」


 は???おい。

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