美少女の体で合法的にあれそれ……

 サマナが連れてきた料理人は、指を怪我していた。数日前、調理中に包丁で切ったらしい。

 わたくしの治癒魔法にとっては、この程度は余裕だ。他人への魔法行使は初めてだったが、特に問題もなく、料理人の傷を治すことができた。


 お母様はすぐさまお父様にこのことを伝え、お父様の触れによって、私が火の魔法の他に、治癒魔法が使えるようになったことが発表された。

 これで、私はこの国でも希少な治癒魔法の覚醒者として認められることになる。

 辺境伯令嬢として、数々のお茶会や夜会に参加してきたキンベリーだが、これからもっと多くの会に招待され、どんどん忙しくなっていくと、お母様には半ば脅されるように言われてしまった。


 まあ、それはそれとして、だ。

 大事をとって早めに自室で休むよう言われた私は、改めて鏡に映る自分の姿を眺めた。それはもう、ねっとり。隅々まで。余すことなく。


「ふ、ふふふ……うふふふ……」


 部屋の外に立つサマナと護衛の騎士にバレないように、笑い声は控えめに。

 それでも、我慢することはできなかった。


 だって!

 なぜなら!

 俺は今、美少女なのだから!!


 こほん、トリップしすぎた。俺は私、俺は私。

 しかし、やはりため息が出るほどの美少女だな、私。

 この整いすぎた顔の造形をしばらくじっと見ていたいけれど、まあいい。全然良くないけど、まあいい。

 今は部屋に私一人。大きな物音を立てなければ、誰も邪魔する者はいない。

 そう、つまり。


「神秘のヴェールに包まれた我が肉体……その全てを余すことなく見つめ、そして!」


 おっとまずい、またトリップしかけた。静粛に、静粛に。

 疲労を理由に着替えを断った私は、ふわふわのレースがこれでもかとつけられた、純白のブラウス風トップスと、これまたヒラヒラの赤いスカートを身につけている。

 そっと、そっと、慎重に。高鳴る胸を押さえつつ、鏡の前でそれらを脱ぎ始めた。


「はぁ、はぁ……ごくり」


 なんだろう、この背徳感。背筋がゾクゾクする。

 別に悪いことはしていない。自分が着ている服を脱いでいるだけだ。

 ただ、自分の体が十四歳の国宝級ブロンド美少女で、自分の精神が三十路の日本人男性なだけだ。オイ犯罪臭くなったな。


 とにかく、私はこの布に隠された楽園に辿り着きたいのだ。

 もちろん、キンベリーの記憶には自分の裸体に関するものもある。けれど、それはあくまで自分のものであって自分のものではない記憶。

 俺は、この子の、いや私の生まれたままの姿を!この目に、記憶に焼き付けたいッ!そして!!


 するり、しゅるり、装飾の多い服は、かなり脱ぎづらい。けれど、私は焦らない。乱暴にはしない。適当に脱ぎ散らかすなど、貴族令嬢がすることではないから。まあ辺境伯レベルの令嬢は自分で服脱がねえけど。

 とにかく、この焦ったい時間すら、私は楽しんでいた。

 徐々に露わになる肌色。荒くなる息。紅潮する頬。ふふ、ふふふふふ。

 そして、その時は訪れる。心地いい肌触りの下着に手をかけ、殊更丁寧にそれを外して──。


「…………………………………………」


 鏡の前に、美少女の裸体が姿を見せた。

 細く白いうなじは、わずかに紅潮し、汗の滴を弾く。

 肩は、豊かな髪をその丸みで受け止め、滑らかに腕へとつながり。

 発展途上の胸は、その頂の果実より、なだらかな双丘を描いている。

 一切の贅肉も、不健康な肋も見せず、お腹には控えめにくびれがあった。

 視線を腰まで下ろせば、女性的なまろやかさの中に、二筋の溝がつう、と伸びる。その先、清潔に整えられた金糸の元へと。

 太ももは柔らかく膨らみ、食事の質のよさを物語る。

 ふくらはぎからくるぶしにかけては、一本の針のように、どこか鋭さすらも思わせた。


 極上。

 そうとしか言いようのない、少女の裸体が眼前にあった。

 前世であれば、罪の意識を感じつつも、興奮を隠せなかったであろう異性の体。

 それが、自分のものであるという事実は、長年抱き続けた俺の夢が、願いが、切望が、ここに成就したことを雄弁に示していた。


 それなのに。


「なんか、違う」


 そう、違うのだ。なにかが。


 正直に白状しよう。俺は私の体を鑑賞した後、自慰に耽けるつもりでいた。

 キンベリー・ブリギートは、初潮こそ迎えてはいるものの、箱入り娘として育てられたからか、性知識は希薄だ。

 記憶の中の私は、男性をキスをしたら子供ができる、くらいのことを本気で信じており、当然性交はおろか、自慰すら経験がなかった。


 しかし、俺は現代日本において数々のエロを渡り歩いてきた男。昔は純粋だった美少女になりたいという気持ちも、いつの間にか性欲による侵食を受けていたことを否定はできまい。

 つまり俺は、自分の体を肴に、女としての快感を知りたかったのだ。

 それがどうだろう。私は見慣れた自分の体に、ひとかけらの興奮も覚えなかった。


「ええ……マジ……?そんなあ……」


 感覚としては、楽しみにしていた同人誌のシチュが地雷だった、とか。たまたま借りてきた大人のDVDに肉親が出演していた、とか。

 そういう類の冷め方だ。うん。勃つモノもないけど萎えた。マジで?


 こうなってしまうと鏡の前で裸になっている現状が、酷く滑稽な姿なのではないかと、羞恥が首をもたげてくるわけで。

 私はそそくさと服を着て、ベッドにダイブした。


「はー……えー……あー」


 しばらく、まともな言葉が口から出てこない。私的に許容できない、貴族令嬢に似つかわしくない呻き声が、意味もなく口から漏れ出る。

 けれど、しょうがないだろう。俺の夢の一つが、俺自身の手で粉々に砕かれたのだから。


「触る気も起きねえ……」


 全然興奮しなくても、上やら下やらを触るうちに、性感を覚える可能性はまあ、ある。

 だが、すっかり無気力な賢者となってしまった私にとって、得られるかもわからない快楽のために、自分の体を弄くり回す気にはなれなかった。


 美少女の体で合法的にあれそれ、失敗。

 いやあ、マジか。マジかあ。

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