ここはどこ?俺は私。
「ベル!!!!無事で良かったわ!!!!」
えー、三十路会社員俺、どえらい金髪巨乳美女に抱き締められております。
事案か?事案だわ。主に俺の体が少女になってるあたり。
「あー……こほん。お、お母様。
お嬢様言葉、合ってっかなあ。
いや、めっちゃ違うってことはたぶんない。記憶が教えてくれる通りに話しているのだから。
問題は、その記憶が俺のじゃないってことだが。
階段から落ちて意識を取り戻したあと、赤毛の美少女(俺付きのメイドさんらしい)に呼ばれた目の前の金髪美女、お母様が駆けつけてきて、屋敷はもう大騒ぎだった。
飛んできたお医者さんに異常なしと診断され、血はついてるのに怪我がないことから魔法の覚醒を認められ、言葉遣いから記憶の混濁を疑われ(ご明察だ)、身体中べたべた触られまくってあれこれ聞かれれば、俺もちょっと落ち着いてくる。
まず、俺──私の名前は、キンベリー・ブリギート。ブリギート辺境伯令嬢だ。
辺境伯。異国との国境を担い、国土防衛の最前線に領土を持つ貴族のことだ。ラノベやら漫画、ゲームの記憶から引っ張り出した知識を、キンベリーとしての知識が補強してくれる。
まあ、当然日本にはいない。
次に、キンベリーとしての年齢は、数えで十四歳だ。
さっき、十四年分の記憶が濁流のように蘇ってきたため、俺は一瞬意識を手放しかけたのだが、直前でお母様に抱き締められたのでなんとかなっている。
どうやら俺は、あの駅で死んで転生し、十四年キンベリーとして何も知らずに生きたところで前世の記憶を取り戻したらしい、
そして最後に、これが一番重要だ。
今、俺は美女に抱きしめられている。その美女は実の母親だ。
自分の体は見える範囲だと相当華奢で、肌も白くきめ細やかで美しい。肩にかかる髪は肌触りがとんでもなくいいブロンドである。
つまり、そう。
キンベリー・ブリギートは美少女である可能性が高い。
いや、ここは言い切るべきだろう。
朝も鏡で見た。見てないけど。
この世を憂うような儚げな美貌、なんてノベルゲー以外で使う時がくるとは思わなかったよ。
まつげは長く、緩やかにカールしている。瞳はルビーかと見紛うような紅。少し吊り目だが、それもチャームポイントと言っていいはずだ。
お母様譲りの金髪は、肌触りだけでなく見目もいい。鏡越しでもわかる色艶。ふわふわと可愛らしい毛先のロールは天然もの。
鼻筋はモデルもびっくりの高さ。エベレスト越えだろ。ふっくらとした唇が柔らかさを演出することで、冷たい印象を見た者に抱かせない。
大事なことなのでもう一度言おうと思う。とんでもねえ美少女だ。
「本当ね?本当にどこも痛まないのね?ベルになにかあったら、わたくし生きていけないわ」
「ご心配なさらず。お医者様もおっしゃられた通り、私は大丈夫です」
記憶にあるキンベリーの容姿鑑賞会をしていたら、ようやくお母様が離してくれた。
巨乳の間に挟まるのは最高の経験なのだが、さすがにちょっと息苦しくなってきて、鑑賞会も半ば現実逃避と化していたので、非常に助かる。
ああ、ベルというのは俺の愛称だ。
「それで……ベルが治癒魔法を覚醒させたというのは確かなのね?」
「はい、奥様。お嬢様が額に手をかざされると、神秘的な光が灯り、跡形もなく傷が消え去ったのです。私、しっかりとこの目で見ておりました!」
赤毛のメイド、サマナが興奮した様子で捲し立てる。
魔法。そう、魔法だ。
前世で夢見た魔法は、原点を辿れば魔法少女たちの変身だとか、空を飛ぶだとか、そういうものだったはずだ。
けれど、サブカルに染まった俺は、たぶん人並みに、詠唱とか魔法陣にも憧れていた。
それが、手をかざしただけで治癒魔法だ。感動もなにもねえよ。
「ベル、もう一度使うことは可能かしら?」
「可能……だと思います。怪我をしている方がいらっしゃれば」
あの瞬間、俺はキンベリーの記憶の延長として、治癒魔法の使い方を掴んだ。
元々キンベリーは、火の魔法を使えていたため、その感覚とつながったのだろう。お母様には曖昧な答えを返したが、正直百回やって百回成功すると確信できるくらいには簡単だった。
いやだって、手をかざして「治れ!」って思うだけだぞ?どうなってんだよ。
「サマナ、使用人の中に怪我をしている者がいないか探しなさい。すぐに連れてくるのよ」
「かしこまりました!」
さて。サマナが部屋から出たことで、キンベリーの部屋は俺とお母様の二人きりになったわけだが。
正直、どう接していいかわからない。
俺の中のキンベリーの記憶は、間違いなく目の前の美女を母と認識しているし、家族に向ける愛情もある。
だが、今主体となっている記憶は、日本のサラリーマンだ。巨乳の超絶美女と二人きりで、さっきまでハグされていたというのは、ちょっと気まずい。
具体的に言うと勃、たねえんだよな。モノがないのを忘れていた。
「ベル」
「はい」
いや、違うな。モノがないのもそうなんだが、俺の方の意識も、お母様に対して興奮してない。
なぜだ?彼女は、俺が日本で出会ったどんな女性よりも綺麗なのに。
それに、劣情を隠すためでもないなら、この気まずさは一体──。
「治癒魔法の覚醒は、あなたになにか、大きな変化をもたらしたのね」
大きく、目を見開いてしまった。
それは、図星だと認めるようなこと。私が俺になってしまったことがお母様にバレた?いや、そんなわけがない。誰しも、自意識を感じられるのは自分だけ。もしや魔法?
「どうして、気づかれたのか……聞いてもいいでしょうか」
「ふふ。母の勘というものですよ」
そう言って、優しく、それでいて少しだけ寂しそうに微笑んだお母様を見て、俺はきゅう、と胸が締め付けられた。
そうか、この気まずさの正体は。
「子供の成長というのは、急に訪れるものなのよね。あなたの兄も、気づけば立派に貴族の顔をしていたわ」
ああ。「俺」が「
「お母様、お……私、は」
自然と、涙が流れた。
俺は俺であり、私でもある。それは間違いない。でも、やっぱり心のどこかで感じていたのだろう。
キンベリー・ブリギートとして育てられた一人の少女を、俺が殺してしまったのだと。
俺はそのことから目を逸らして、舞い上がって、お母様にこんな顔をさせて。
「いいの。いいのよ。わたくしは、あなたの成長を嬉しく思います」
もう一度、俺は抱きしめられた。
おずおずと、深い愛に応えるため、自分の腕をお母様の背中に回して。
俺は──
それが、形だけのものでも。不完全でも。自己満足でも。
この人の、子供であるために。
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