俺が恋する聖女になったワケ
りあ
とある男の告解
美少女になりてえ────。
男であれば、一度は抱いたことのある夢だろう。
主語がでかい?うるさい。
とにかく俺は、物心ついた時から美少女になりたかった。
別に、性自認が女性だとか、恋愛対象が男性だとか、そういうわけじゃない。
普通に男として二十数年生きてきたし、好きになった人はみんな女の子だった。ほんの短い間だったけれど、彼女がいたこともある。
それでも俺はやっぱり、美少女になりたかった。
いや、正確に言えば美少女に生まれたかった。性転換手術を受けたいわけでもない。
「次はー、〇〇……お出口はー、左側です」
会社の最寄駅を知らせるアナウンスを聞いて、俺は開いていたソシャゲを閉じた。主人公は当然女の子だ。
初めて美少女になりたいと思ったのは確か、幼稚園の頃だった。
うちは親が厳しい家で、ニュース以外でテレビをつけていると昔はよく怒られた。けれど、一週間勉強や親の手伝いを頑張ると、日曜の三十分だけは好きな番組を見てもいいという決まりがあった。
幼稚園男子が見る番組と言ったら、戦隊モノやら仮面のヒーローが定番だが、当時の俺は魔法少女にすごくハマったのだ。
最初は寝坊が原因だった。仮面のヒーローを見逃した俺は、女児向けの魔法少女の番組を、泣く泣く見た。
そして、その番組に出てくる魔法少女たちに、酷く憧れたのだ。今となっては、その理由をほとんど覚えていないが──たぶん、友達に内緒で、きらきらした服を身に纏い、みんなを守るその姿に惹かれたのだと思う。
だが、俺は異端だった。
幼稚園で、魔法少女ごっこに誘った男友達には、笑われた。
ならばと女の子を誘ってみたが、男は魔法少女にはなれないと、断られた。
俺が女装趣味に走らなかったのは、この経験が原因だろう。そう、俺は自分が異端者であることに、早々に気づいていたのだ。
「まもなくー、〇〇ー、〇〇ー」
ちっ。月曜日というのは忌々しい。俺を労働へと狩りたて、ロクに感傷に浸ることすら許してくれない。
ともかく、俺は美少女になりたいという欲望をひた隠しながら生きてきた。
女児向けのおもちゃは強請らなかったし、服は男向けを意識して選んだ。小学校も高学年くらいになってくると、そこら辺は自然と男らしく振る舞い、男友達と連んでバカやって毎日を過ごせていたと思う。
──まあネカマはやったが。
プシュー、と扉が開き、俺はサラリーマンの波の一部としてホームに出る。
階段へ向かうその波は、正直俺が歩かなくても会社へと連れて行かれるんじゃないかと時折思う。
なんだかんだで厳しい両親に言われるまま大学に行き、そこそこ有名な企業に就職し、忙しい日々に追われる。そんな毎日の中で、美少女になりたいという欲求は、どんどん俺の中で肥大化していた。
「きゃっ……!?」
その女性は、身重らしかった。
朝の通勤ラッシュに何の用があったのかは知らないが、ともかく、彼女にとって不運だったのは、サラリーマンの波を前に、階段近くに立っていたことだろう。
満足に身動きが取れず、波に揉まれた女性は、俺のすぐ近くで小さく悲鳴を上げた。
誰が悪いわけでもなかっただろう。
近くにいたのが俺だっただけで、俺じゃなくても手を伸ばすくらいはしたはずだ。
目の前で足を滑らせ、波に運ばれるまま階段を落ちようとしていた妊婦。俺は、その女性を庇うように引き寄せ、ふんばろうとする。けれど、通勤ラッシュとは、一人で何とかできる代物ではないからこそ、ラッシュなのだ。
俺はせめてもの抵抗に、彼女よりも下へと自分の体を滑り込ませた。
俺の働きで、女性とそのお腹にいた子供が助かったのかは、わからない。
もしかしたら、余計なことをしてしまったのかもしれない。それを確かめる術はなかった。
前を歩いていた人と人の間を落ちる。
落ちる。落ちる。体のあちこちをぶつけ、頭に衝撃を受け、落ちる。落ちる。
ああ、こんな風に今世を終えるのならば。
来世は美少女に生まれてえ────。
その日、都内のとある駅で二件の事故が発生した。
不幸なことに、同じ日、同じ時間に、対面するホームで発生した二件の事故ということで、一時話題となる。
一つは、痴漢を押し除けようとして、逆に線路へと飛び込んでしまった女子高生が犠牲となった人身事故。
そしてもう一つは、階段で転びそうになった妊婦を助けようとした会社員が、そのまま落下して帰らぬ人となった事故。
結果的に女子高生の命を奪うことになった痴漢への非難と、妊婦とお腹の子を救った会社員の英雄的行為への賞賛は、大いにネットを賑わせ、他の事件と同じく、数日で人々の記憶から忘れ去られた。
しかし、その犠牲者となった会社員の男は、思わぬ形でその事故を思い出すことになる──。
ガタゴトガタン!!
「いってえ……」
階段から転がり落ちた俺は、頭部を強かに打った。
五段、六段くらいだろうか?下が柔らかい絨毯だったからか、痛みはひどいが、意識はしっかりしている。
いや待て。柔らかい絨毯?
おかしい。俺は駅の階段から落ちたはず。こんな程度の痛みで済むはずがないし、そもそもなぜ生きているんだ??
「お嬢様!ご無事でございますか!?」
ドタバタドタ!
俺が落ちた音に勝るとも劣らない足音を立て、誰かが階段を降りてくる。
若い女性の声だ。落ちる前に庇った妊婦だろうか?違うな。そもそも、お嬢様って誰だ?
「お嬢様!」
仰向けに倒れていた俺の視界に、声の主の姿が飛び込んでくる。
少しくすんだ赤毛に、高い鼻梁、大きくぱっちりとした瞳の色は橙。肌には少しそばかすが浮いているものの、整った顔立ちの美少女であることに変わりはない。
どう見ても日本人ではない美少女が、俺をお嬢様と呼んで覗き込んでいる。おい、どういう状況だ。
「お怪我はございませんか?私が分かりますか?ご自分のお名前は!?」
「いや……」
大丈夫、と体を起こそうとして、ようやく俺は自分の体の異常に気がついた。
まず、小さい。
細く白い腕。折れそうなほど華奢な脚。ヒラヒラしたブラウスまで着せられている。
声もおかしい。
俺の声はもっと太くて、低くて、たぶんエナドリの飲み過ぎのせいでちょっと掠れていた。だが、今自分の口から出た音はどうだ?オルゴールかよ。そんなわけあるか。
「なにが、どうなって」
「やはりどこか痛むのですか!?はわわわわわ、どうしましょう、私がお側に控えておりながら……」
赤毛の美少女は目をぐるぐる回して混乱しているが、困ってるのは俺の方だ。
というか、今更だけどぶつけた額がマジで痛い。
「お、おおおおおおおお嬢様!?!?血、ちちちちち血が!?」
あー、確かに。今額を生ぬるい液体がつーっと落ちていく感覚があった。
あたりどころが悪かったのか、俺は頭から血を流しているようだ。いや、それだけで済んでるのが不思議なくらいなんだが。
「そんなに騒ぐな、これくらい」
どうってことない。そう、言った時。
額に当てた手のひらが白く輝いて。意識がはっきりしてからずっと俺の頭に居座っていた痛みが、すっと消えたのだった。
「あれ?」
「お、おおおおお……奥様あああああああああああああああ!!お嬢様が、お嬢様がっっっっ!!!!」
うるせえ。今度はどうした?赤毛ちゃん。俺はもうどこも痛くないぞ。
「魔法でご自分のお怪我を治されましたああああああああああっっっ!!」
「…………はあ?」
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新作です。といっても、別作品を考えている最中にぽっと浮かんできちゃったものの書き散らしなので、不定期更新になります。
書きたくなったら続きを書きますので、面白いと思ってくださった方は、気長にお待ちくださいませ。
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