第6話
名足に叱責されたものの、好古の悪あがきは終わらない。彼は同じ近衛府に属する平清衡(きよひら)のもとに足を運んだ。相手は官職が一つ格上の中将、呼びつけることはできないため出向いた次第だった。そもそも用件が用件のため自分から赴くのが筋というものだろう。
酒に溺れている清衡は西釣殿で円座(わらふだ)を尻に敷き、手にした盃から酒精の薫りを既に立ち上らせていた。
「珍しいな、お前がわしの元を訪れるとは」
清衡の言葉に好古の愛想笑いに苦いものが混じる。実は彼は下戸だ、酒はまったく駄目だった。雑人が持ってきた円座に好古も座る。
「調子に乗って飲ませて目を回らされても困る、お前は飲まずともよいぞ」
酒色に囚われている点を除けば、宮人には珍しい腹に一物がまったくない気持ちのいい人物だ。
「は、恐縮でおじゃる」「して、いかなる用件で参った」
「それは」清衡が尋ねるのに好古が答えようとしたところ、
「大方、純友追捕の儀を引き受けたいと申し出ろ、とでも使嗾しに参ったか」
清衡が薄ら笑いで告げたせいで口を開く機を逸する。好古は口を開いては閉じながら何か言葉を探すが見つからない。
「図星か」清衡が呵呵大笑する。手のひらであぐらをかいた膝を何度も叩いた。一頻り笑ったところで、好古、と彼は言葉をかさねる。
「お前は従五位下、殿上人の端くれに過ぎん」
ん、と何を言いたいのだろうと好古は眉をひそめた。はあ、と声が漏れる。
「それよそれ。もそっと感情の機微に通じねば魑魅魍魎の巣である禁裏ではやっていけぬぞ」
ま、わしはとうに諦めておるから酒に溺れても支障(さわり)はないがなあ、とまた清衡は大笑いした。ひょうげた物言いだがこちらを気づかう先輩に好古は胸に熱いものを感じる。
「貴殿はより高い官位を得ること、より偉い官職を得ることを諦めておじゃるので?」
「さようさよう。皇胤と申したとて鼠が子を産むがごとく増えておる。既に地盤を固めた氏族の間に割って入っていくのは困難、さような苦労をするぐらいなら適当に生きるのが賢い身の過ごし方というもの」
清衡は戯れに盃を前後左右に傾ける。そこで、「っと、話が逸れたな」と清衡が息をついた。
その様子に酒精で体を悪くしているのではと好古は心配になる。
「中将殿、あまり酒を過ごされますと毒ですぞ」
「ははは、かように甘美な毒であれば死ぬまで煽っても悔いはなし」
清衡のせりふは必ずしも冗談には思えなかった。
だが、たとえそれが自暴自棄じみたものでも“何かを貫くもの”を持っていることにどこか好古は羨望に似た感情を覚える。
「先の名誉栄達を望む話だがな、ひとつだけ今のありようをひっくり返す手立てがある」
「まさか、さようなことが」
声をひそめて意味ありげな目つきをする清衡に好古もつい声を低くした。
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