第4話 深夜の事件

 現場に到着するとNさんの車がアパートの近くに路駐されていました。


私は、彼の車すぐ後ろに車を止めてハザードを点灯しました。


ぐるりと周囲を見まわしても彼の姿はありません、と思ってアパートに向かうと101号室のドアが開きっぱなしになっていました。


中を覗くと


真っ暗でした。


マグライトで照らすと奥の畳の部屋でNさんは倒れていました。


『あーあーあー、もう・・・』

嫌な予感がして私は急に鉛の玉でも飲み込んだように胃袋がと重くなるのを感じました。


悪いとは思いましたが私は土足のまま上がり込みNさんの倒れている姿をライトで照らして見ました。


私は全身に悪寒が走りました彼の姿があまりに異様だったからです。


 彼は右側を下にして横向きに倒れていましたが白目をむいて口の中にシャツの袖部分をギュウギュウにつめて両腕をまっすぐに伸ばし、こぶしを握り体全体でケイレンしていました


『あーあー言わんこっちゃないよヤバイ・ヤバイ・ヤバイッ!』


慌ててスマホを取り出し119に電話して救急車と警察を、お願いしました。


手が・・・震えます・・・


「友達が自殺未遂です!白目むいて痙攣けいれんしてます救急車っ!はやくっ!」


「わかりました、あなたのお名前と、そこの住所教えてください」


現場の住所は背負っていたリュックに取材ノートが入っていたので引っ張り出して、あわてて答えました。

「えーえーっと○○町○○番○号のアパート101号室ですっ!」


「わかりました、すぐに救急車が向かいます」


119に電話しながら担当の方に状況を説明して口に詰められているシャツを、ずるずる引っ張り出しました。


『うわあーコイツもう死んでんのか?・・・』手の震えが収まりません・・・


「落ち着いてくださいシキさん今、患者の方は呼吸していますか?

意識はありますか?大きな声で呼びかけてあげてください」


「はい・・・呼吸がないです・・・時々ケイレンしてまずずうっー!」

『どうしよう・・・どうしよう・・・』


「では患者さんを仰向けにしてくださいネンピーカンノンリキ」


「はい・・・・エヌーっ!しっかりしろーっ!」

『おちつけ俺、おちつけっ!たのむっ!かみさまあーっ!』


もう夢中でした・・・


「首の後ろに枕になるものを置いて気道を確保してくださいネンピー・・・」


「あ・・・はいっーっ・・」スマホをスピーカー音声にしました。

手の震えで画面タッチがうまくいきません・・・

会話の語尾に何か言っていましたが気にする余裕はありませんでした。


たった今、口から引きずり出したシャツを丸めて首の後ろにあてました。


『しっかりしろっ落ち着け、落ち着け・・・俺』


目の前の状況が悪い夢でも見ているようで、ふわふわと足腰が浮いているようでした。


私は、あの時、次々に熱いものがこみ上げてきて両目から雨のように

涙をボタボタと落としていました・・・滝では無く雨です。


「もしもし落ち着いてください胃袋の辺りから10センチほど上の胸のところに両手をパーの形にして組んで何度も押してください心臓マッサージです ネンピーカンノンリキ」


「はいっついー・・・」

『えーと、どうやるんだっけ、落ち着け、落ち着け・・・』


私は心臓の位置に見当をつけて押しました。


「様子はどうですか・・・シキさん・・もしもし・・」


「はい、いまやってまずぅーっ!・・いち、に、さん、しっ!」


「すぐに救急車が到着します、がんばってください ネンピー・・・」


私の目からは涙があふれ続けて泣きながらマッサージをしました。


「おいエヌーっ!ばかやろうーおきろーっ!いち、にっ、さん・・・」


この時点でもNさんは白目をむいたままで意識がありませんでした。


『昨日一緒に飯食ったじゃないか・・・だめだって言ったじゃないか・・

つまらないことで事故りやがって・・・・こんなことに・・・・

なんだって馬鹿野郎なんだ・・・あんなに止めたのに・・・・

こんなことで命落としたら・・・なんにもなんないじゃないかあ・・・

N・・・エヌ・・・馬鹿なコイツは・・・こいつは・・・・俺だ』


「エイ、エイ、エイ、エイ、いち、に、さん、しっ!」

Nさんの顔には私の涙がポタポタと落ちていきます・・・


そして・・・何十人もの人が合唱でもするような

『お経』『歌』『呪文』『うめき声』が部屋中に響き聞こえてきました。


今思えば超常現象というのでしょうが、それどころではありませんでした・・・


【あーざー・・・じい・・ぜくしゃく・・たぁらぁー・さんばぁー・・・】

【イア イア オータイクナムラ イア ノンダルク アーナム イア マタイトナ・・・】

【あーーーうーーーあーーーうああああーーー】

【とーりゃんせ とーりゃんせえーーこーこは どーこのほそみちじゃあああー・・・・・・】


「おーい息してくれーっ!!!エヌーっ!!」

必死でマッサージしました。


「エイ、エイ、エイ、エイ、いち、に、さん、しっ!」


突然Nさんは声を上げました。

「うーーーーーっ!」


『助かった』と思ったその時、奥の部屋の窓がバンバン!と大きな音を立てました。


―ドバンッ!!バン!バン!バンバンバンバンバンバンッ!・・・


背後でも、まるで人が走り回るようなバタバタという音が地響きと共にしました。


―ズドン!ドスンドスン!ズドドドンッ!


「うーーーーーっ」

Nさんのうめき声と同時に部屋中で、さらに騒音がしてきました。


―ドカンッ!ズン、ズン、バンバンバンバンバンバンッ!


ガラス窓、壁、畳の床すべてがバンバンッ!と音を立てました。


『お経』『呪文』『歌』も大音響になっていました、まるで何十人もの人が居るかのように大合唱しています。

【あーざー・・・じい・・ぜくしゃく・・たぁらぁー・さんばぁー・・・】

【イーア サダル イーア マクダ イア!イア!・・・】

【いきはよいよい かえりは こ わ いーーーこわいながらも・・・】

私は周囲を見回しながら

「うるせぇ!うるせぇー!」と叫んでいました。


その時、救急車のサイレンが近いづいてきてドカドカと救急隊が入ってきました。


「こっちだぁー!」


怪異は・・・ピタリとみました。

「この方ですね」

「はいっ」

「うー、うー・・・・」

救命士さんはNさんを担架で、すばやく救急車に運びました。

「いいか?いち、にい、さんっ」


私のスマホは通話が切れていました。


外には真っ赤な光がくるくると回転しており


私は腰が抜けて、ぐちゃぐちゃの顔で、その場にへたり込みました。


次いでパトカーが到着しました。


『何か言ってる・・・』

警察の方が何事か言っていましたが私は放心状態でボーッとヘタリ込んでいました。


警察官と刑事らしい人は「署で詳しい話を聞きます」と言って

私は住居不法侵入と殺人未遂容疑者になり逃走防止のため

手錠をかけられた事に抗議して事態は悪化、警察署に連行されました。


「なんですかっ!ちょっと手錠なんて、やめてくださいよ、やめろーっ!」


『俺は悪いことはしていない生き方だって俺なりの信念がある、

離せ、はなせ、はなせーっ!なんだ、この手錠は!』

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