第40話 ◇憑鬼双獣②

 憑鬼双獣。


 鬼の力を宿した双獣は互いの配下たちを差し出し、それぞれの亡骸から別種の煩悩を身に憑依させた。

 これにより憑鬼虎と憑鬼熊は短所をお互いの長所で補う形で強くなった。



「……クッ、慎重になり過ぎたか」



 油断しない。

 その事を意識し過ぎて、攻めるべき時にも慎重になり過ぎた。結果論になるが、多少のリスクを負ってでも憑鬼虎を仕留めにいくべきだった。


 そうすれば。

 こんな状況にならずに済んだ。


 後手、後手、後手。


 すべての事に対応しようとして自ら行動することはなかった。油断しないことは大切だが、だからと言ってリスクを全く負わないのは悪手だった。


 第六鬼門に来てからの俺は相手の行動をじっくりと観察し、ある程度の安全が確保できてから攻めに転じた。


 油断しない=保守的な行動ではない。


 そんな事も分からずに、今まで第六鬼門で戦っていたのか俺は……。


 そんな自分が許せなくて――



「ハハ、ハハハ、ハァッ!!!」


 ――《五蓋憑依》――



 俺は開き直る事にした。


 保守的な行動を止め、積極的に動く。

 だが、決して油断することはしない。


 俺はそんな決意と共に、すべての五蓋を自身に憑依させた。すると、初めて夜叉の洞窟入り口から五蓋道へと足を踏み入れた時のように、全身が冷えるような感覚に襲われた。


 だが何故か、それが心地良かった。


 一瞬ですべての感情が上書きされたような不思議な感覚と共に、俺の焦った気持ちが冷静となった。


「ふぅ~~」


 俺はその冷静さと共に一度だけ大きく深呼吸をし、現状を即座に見極めて打開の一手を考え始めた。


 災い転じて福となす。


 思考を加速させると前世のことわざが頭に浮かび、この状況にピッタリだなと思った。


 身に降りかかる災難を上手く利用し、自身の幸せの種になるように工夫すること。



 現状の災いとは、憑鬼双獣。

 正確に言えば二つの煩悩を宿した獣。


 では、俺にとっての幸せの種とは。

 それは間違いなく強くなる事だ。


 俺が強くなれば大切な家族を守ることができる。それが出来れば今世の俺は幸せを失わずに済むのだから。


 じゃあ、どうやって強くなる?

 そんなのは簡単だ!

 災いを転じればいい。


 俺のできない事を可能にした。

 双獣が災いとして目の前にいるのだから。


 俺は五蓋の力を得た後に、一度だけ煩悩の同時発動を試みたことがあった。精神的には問題なかったが、上手く身に纏わすことができずに断念した。


 その結果を得て、俺は煩悩の同時発動を身に付けるよりも、五蓋鬼狩りに集中した方が効率的に強くなれると判断を下した。


 それから煩悩の同時発動をしなければ勝てない敵と遭遇することもなく、覚えようとする機会がなかった。


 だけど、今。

 それが必要になった。

 目の前にいる双獣を狩る為に。


 だから、俺は双獣という災いから煩悩の同時発動を学ぶことにした。


 学ぶの原点とは、マネること。


 双獣は一つ目の煩悩をベースとし、二つ目の煩悩を牙や爪に憑依させた。つまり、二つ目の煩悩は部分的に発動すればいい。


 ――《乱疑憑依》――


 俺は憑鬼虎と同じように乱の煩悩をベースとし、両目に疑の煩悩を部分的に憑依させる事を試みた。



「愚かなミスなど成長に転じてしまえばいいだけの事。さあ、憑鬼の双獣よ。どちらの方が強くなったのか、答え合わせをしようじゃないかッ!!」


「ガァーーーーーーーー」


「やはり、お前からだな」


 ――《欲乱憑依》――


「ガァッ、ガァ、ガァッ」


 ――《乱疑憑依》――


「あぁ、幻覚によるアーマー状態か」



 俺が煩悩の同時発動を試みながら双獣へと近づくと、憑鬼虎が飛び掛かってきた。


 そんな憑鬼虎に対して、俺は欲の煩悩をベースに防御力を高めながら、両足へと乱の部分強化をして迎え撃った。


 憑鬼虎の左前足から繰り出された引っ搔き攻撃を剣で受け流しながら、すれ違いざまに反撃の一撃を加えた。


 すると、ダメージを受けたはずの憑鬼虎は何事もなかったかの様に、次の攻撃を繰り出してきた。


 これは幻覚による副作用だ。


 本来なら痛みを感じると仰け反るとかして一時的に動作が止まるのだが、幻覚状態にある憑鬼虎はダメージを受けたことすら気づいていない様子だ。


「なるほど、精神力だったか」


 どうして、幻熊があのような汚い切り札を使うのか。ずっと疑問に思っていたが、その答えがやっとわかった。


 煩悩に耐える為だ。


 双獣の精神力では、二つの煩悩を身に宿して耐え抜くことはできなかったのだろう。


 第六鬼門の双獣は鬼の力を宿して、鬼獣へと進化した。それが前座の乱虎と怒熊だ。


 そして、更にもう一段階進化を遂げた。


 憑鬼虎と憑鬼熊は二つの煩悩に耐えうる為に、幻覚作用へと依存している。

 

 未熟な精神力。

 それが双獣の弱点だった。


「まるで俺とは、反対だな」


 俺には前世で鍛えられた強靭な精神力があるけど、肉体に関しては未発達な体だ。対称に、双獣の方は強靭な肉体はあるが、未熟な精神力で幻覚へと依存している。


「なんだ、牛頭馬頭より楽じゃん」


 幻覚状態にある双獣は、第四鬼門の最深部で戦った牛頭馬頭の様に連携攻撃を仕掛けて来ない。


 脅威は速さと力が合わさった破壊だけ。

 それを証明するかの様に――



「グァッーーーー!! グァッ、グァッ」



 俺と憑鬼虎が戦う中。

 別行動をしていた憑鬼熊から砕けた岩柱が乱雑に飛ばされてきた。


 幻熊の時と同じように、憑鬼熊は俺たちの周りを奇行に走り出して辺りの岩柱を破壊し尽していた。


 そして、砕けた岩柱を腕で救い上げるように飛ばして攻撃を仕掛けてくる。幻熊と違いがあるとすれば、体が二倍ほどの大きさとなり、二つの煩悩を身に宿している事だ。



「グァッ! グァッ、グァッ!」


「ガァッ、ガァ、ガァッ」



 近距離の憑鬼虎、遠距離の憑鬼熊。

 一見、双獣の猛攻で手詰まりになりそうな状況だが、むしろ良い。


「さあ、鬼ごっこを始めようか」


 ――《乱怒憑依》――


「ガァーーーーーーーー」


「グァッ、グァッ!」


 ――《乱疑憑依》――


 中央で憑鬼虎と戦う俺に向けて、憑鬼熊は破壊した岩柱の欠片を何度も飛ばしてくる。


 そんな遠距離攻撃に対して、俺は岩柱の欠片に向かって走り出した。すると、走り出した俺を追いかけるように憑鬼虎が後を追う。


 鬼ごっこだ。


 俺は鬼ごっこをしながら、飛んでくる岩柱の欠片と憑鬼虎の位置を疑の煩悩で高められた洞察力でより正確に把握した。


 そして、俺に岩柱の欠片が当たる瞬間。


 ――《乱怒憑依》――


「ハッ、ハッ!」


 即座に二つ目の煩悩を疑から怒へと切り替え、岩柱の欠片を壊さないように剣で後方へと受け流した。


 すると、俺の狙い通りに。

 無我夢中で俺を追いかけてくる憑鬼虎へと岩柱の欠片が命中した。


「ガッ、ガゥッ、ガァーーーー」


「グァッ! グァッ、グァッ!」


「ハッ! ハッ、ハッ!」


 俺はそんな鬼ごっこを続けながら、乱雑に遠距離攻撃を仕掛けてくる憑鬼熊へと距離を詰めていき――


「ハァッ!!」


 ――《怒乱憑依》――


「グァッ!? グァッ、グァッ!」


 岩柱を救い上げようとする右腕を少し強引な形で刎ね飛ばした。それでも、幻覚状態にある憑鬼熊は気づいていないのか……近くにある物を救い上げようとしていた。


 そんな憑鬼熊とは対称に。


 俺は全身の筋肉や筋がズキンと痛むのを感じながら、後に続いてきた憑鬼虎への対応に追われていた。


 その間。


 俺は怒りの憑依化による痛みを感じながら、十歳式翌日の事を思い出していた。


 あの時は怒りの感情に身を委ねて、乱暴に剣を振るったことで筋肉や筋を痛めた。


 今回は長時間の憑依化状態でも、しっかりと剣術を意識しながら剣を振るっていたから大丈夫だった。

 しかし、さっきみたいに少しでも強引な攻撃を仕掛ければ体を痛めてしまう。


 さあ、どうするか。


 このまま削っていけば、いずれは双獣を討伐することはできるが……果たしてそれでいいのだろうか。


 ――成長。


 そんな事を悩んでいると、頭の中で成長という言葉が浮かび上がってきた。


 更なる高み。


 それはすなわち、三つの煩悩を同時に憑依する事だ。俺はあの双獣と違って、まだまだ精神力には自信がある。

 十歳式の後みたいに、精神力の壁を無くして煩悩に呑まれることもできるが、抗うこともまだできる。


 感情が憑依することで煩悩と一体化はするが、精神力の壁がある限りは制御が効く。


 問題は反発する異なる煩悩を同時に発動することだった。

 これも双獣の部分的に発動する技術を真似したことで解決策を身に出した。


 つまり、俺の元には既に。

 成長に必要なピースが揃っている。


「じゃあ、強引に力でねじ失せるか」


 ――《怒乱憑依》×《欲鳴》――


 俺は怒りの煩悩をベースにして、両手足に乱の力を憑依化させた。そのあとに全身の筋肉や筋へと欲の煩悩を共鳴させることで、怒と乱の力による衝撃に耐えられるように耐久面を強化した。


 三つの煩悩が合わされば――


「ガッ、ガ――」


「――遅いッ!」


 憑鬼虎すら、剣一振りで斬りふせられる。


 右左の前足で引っ搔き攻撃を連続で仕掛けてきた憑鬼虎に対し、一発目の攻撃は躱して二発目の予備動作へと移るタイミングで反撃へと移った。


 憑鬼虎の左前足が上がる瞬間に俺は一気に距離を詰め、前足が振り下ろされるよりも速く懐へと潜り込んだ。


 それから憑鬼虎の脇から心臓の方へと向け、俺は両手に持った剣を振るった。


 剣を振るった俺の手に。


 憑鬼虎の肉を切り裂く感触が伝わってから何本かのあばら骨による抵抗を感じ取りながらも、その先にある虎の心臓を容赦なく半分ほど切り裂いた。


 すると、幻覚状態にあった憑鬼虎の動きが止まって体の力が徐々に抜けていった。


 俺はそんな姿を横目に。


 残る隻腕の熊へと駆けていくのだった。







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