第38話 ◇虎と熊
第六鬼門、滝の洞窟内。
そこは予想以上に広く明るい場所だった。
入り口から扇状のような形で広がる空間が続き、各所に大きさの違う岩があった。
そんな空間を少し進んだ先には、岩の上で偉そうに横たわっている一匹の虎がいた。
その体長は2メートル以上あり、黄色と黒の虎模様に所々白い毛が生えた虎だった。
「流石に……あれは違うよね」
「あれはただの猛虎だな。大して強くはないが、憑鬼虎と行動は似ているから戦いの参考にするといい」
「うん、そうするよ」
滝の洞窟内で最初に遭遇した虎は、予想と反して至って普通の虎だった。俺は父さんの助言に従い、憑鬼虎戦を見据えて猛虎と戦うことにした。
「《剣召喚》」
「ガオーーッ!」
「ん〜、少し速いだけかな」
臨戦態勢に入った猛虎は俺に威嚇をしてから飛び掛かってきた。その後は素早い動きで俺の周囲を走り回り、隙を見つけては鋭い爪や牙で攻撃を仕掛けてきた。
現状で把握する限りだと猛虎の強さは弱体化版の牛頭馬頭よりは強く、五蓋鬼たちよりは弱いといった感じだった。
このレベルなら、五蓋の力を使わなくても余裕で狩れそうだ。
「ガァッ、ガァ、ガーー」
「もう完全に見切ったし、そろそろ反撃しても良さそうだな」
「ガッ! ガッ! ギャッ」
反撃を開始した俺は猛虎の繰り出す爪や牙の攻撃に対して、カウンターのような形で剣を軽く振るっていく。
すぐに仕留めてもいいが憑鬼虎戦を見据えてじわじわと弱らせていく。猛虎を追い詰めればまだ見せていない行動があるかもしれない、と。
そんな、俺の期待に応えるように――
「ん? 小さくなった……ッ!」
「ガァーーーーーーーー」
「今までの動きと比べれば速いじゃないか。まあ、速くなったところで行動が事前にわかっていれば、特に問題はないかな」
猛虎は奥の手を使ってきた。
一時的に動きを止めた猛虎は、全身の筋肉を肥大化させた後にシュッと一回り小さくなった。すると、体を縮小化させた猛虎の動きが速くなった。
そんな猛虎の行動には驚いたものの、速くなったところで危機感はなかった。
だが、きっと。
この行動を憑鬼虎が使えば脅威になるだろうと、俺は気を引き締めてから猛虎を仕留めにいく。
◇◇◇
「グァーーーーーッ!」
「今度は、お腹が膨らんだ青い熊か」
俺が近づくまで地面にどっしりと座りながら寛いでいた熊は、起き上がると両手をあげてこちらを威嚇してきた。
全体的な大きさは先に狩った猛虎と同じくらいだが、熊の方は二本足で立っているのでより大きく感じる。
そんな熊の特徴は大きく膨らんだお腹と全身を覆う濃紺色の毛並みに加え、獣の爪で引っ搔かれたような無数の傷跡があった。
恐らく、その傷跡を刻んだのは滝の洞窟で一緒に生活を共にする猛虎だろうな。皮肉なことに猛虎が付けただろうその傷跡は虎模様みたいに刻まれていた。
「クハ、クハ、クハッ」
「パワーは猛虎よりもあるみたいだけど動きが遅いな。特に警戒するところはなさそうだし……そろそろ反撃するかな」
「クハッ、グッ! クハ、グッ!」
今のところ猛虎と同じで警戒するような攻撃も行動も特にない。一通りの観察を終えたから猛虎が付けた傷跡を目印に反撃を加えていき、徐々に熊を弱らせるようにダメージを与えていった。
もちろん、その目的は――
「グッ――ハーーーーーーーッ!」
――熊の切り札を見る為だった。
「ッ!」
――《乱鳴》
「おいおい、切り札が屁かよ」
熊がグッと全身に力を入れたので、何かがくると期待して身構えるも……その行動は屁をする予備動作に過ぎなかった。
俺はそんな熊の呆れた行動にガッカリとしながらも、熊のケツから広がっていく。汚い靄を回避するために、乱の力を無駄遣いして距離を取った。
その後、俺はあまり気が進まないが屁には何らかの効果があると判断し、臭いを軽く嗅いでみた。
「この甘ったるい臭いを嗅ぐと……なるほど幻覚のようなモノを見るってわけか。そうなんだろ、
幻熊。
父さんから事前にその名前だけは聞いていた。だから、熊との戦闘中は何が幻なのかと警戒していた。
まさか、それが熊の腹にたっぷりと溜めこまれた汚い屁の事を指していたとは、全くの予想外だった。
甘いガス。
それを嗅いでみると、お酒に酔ったような感覚と似ていて少しだけ頭がボーっとした。
これを間近で嗅いでいる熊なら、幻覚作用を起こしていても不思議ではない。
「グァルアーーーーーッ!」
「しっかりとキマってるな。さあ、幻覚を見ると、どうなるのか楽しませてもらおうか」
甘いガスの靄が幻熊の咆哮により一気に拡散し、靄の中から幻覚作用状態の熊が姿を現した。その姿は表情が強張っていて口からは涎を垂れ流し、膨らんでいたお腹がスッキリとしていた。
そんな幻熊の変化を観察していると――
「クハッ、クハッ、クハッ」
「おいおい、どこ行くんだよ……そっちにあるのは岩だけだぞ」
突然、幻熊は岩がある方へと走り出した。
そんな幻熊の様子を幻覚症状による奇行だと思いながら見ている、と。
「グァッーー!! グァッ、グァッ」
「ッ!? へぇ〜ただの奇行かと思ったら、ちゃんと意味があったんだね」
走り出した幻熊は勢いそのままに岩へと突っ込み、体当たりでその岩を玉砕した。
その後、砕けた岩を自身の腕で救い上げるようにして、俺の方へと乱雑に岩の欠片を飛ばしてきた。
遠距離攻撃。
父さんが言っていたのは、これだ。
「岩を砕いて、飛ばす熊か……」
確かに、幻熊の予測不可能な攻撃には驚いたけど……何の為に幻覚状態に陥ったのかは不明だ。まあ、憑鬼熊戦の前に知っといて損はないだろう。
いくつかの疑問は残るが今は考えずに幻熊との戦いへと意識を戻して討伐しよう。
もう、見るもんは見た。
俺は用なしとなった幻熊の観察をやめ容赦なく、とどめを刺しに行く。
これで前準備は整った。
◇◇◇
第六鬼門。
滝の洞窟最深部前。
俺は猛虎と幻熊を一頭ずつ狩ったあとは無駄な戦闘を避け、体力を温存しながら滝の洞窟最深部を目指した。
入り口から徒歩で一時間ほど奥に進んだ辺りから空間が狭まっている事に気づき、そこから少し進んだところに入り口と同じような出口があった。
出口の付近には、猛虎と幻熊の姿が見当たらず異様な雰囲気が漂っていた。
憑鬼虎と憑鬼熊。
その姿を直接見なくても、目の前の出口を抜けた先で待ち構えているのだと自身の直感が告げてきた。その事を感じ取った俺は――
「《剣召喚》」
「……」
目に見えぬ双獣に対して最大の警戒心と共に戦闘態勢へと入った。もし、出口を抜けて最深部へと足を踏み入れた瞬間に襲われたとしても対応ができるようにだ。
そんな俺の姿を見た。
父さんは一瞬だけ視線をこちらへと向けて無言で行ってこい、と伝えてきた。
これは無駄に話しかけて、集中状態にある俺の気を削がない為の配慮だろう。
ほんの一瞬。
父さんと眼を合わせただけで安心感と共に勇気付けられた。
これが父と子であり、家族なんだ。
「……」
俺はそんな温かさを感じながらも、父さんに行ってくるよ、と頷き。
――《五蓋装衣》―《疑憑》
召喚した死鬼霊剣から全身を包み込むように漆黒の靄を放出させた。さらに、五蓋の鎧を身に纏った俺は疑の煩悩を憑依させ、完全武装の状態で歩みを進めた。
そんな俺の行動は――
「父さん、前座があるなら教えてよ」
視界に映り込んだ。
六頭の獣たちによって無意味となった。
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