第37話 ◇第六鬼門

 第六鬼門。

 此処は既視感があるというか……つい先ほどまで父さんと手合わせをしていた第二鬼門の最深部と似たような空間が広がっていた。


 森の滝壺。


 第二鬼門の最深部と同じように浅い水面が広がっていて、正面には大きな滝があった。


 第二鬼門の最深部には二つの滝が流れひし形の闘技場を作り出していた。一方で、第六鬼門の方は第二鬼門のよりも大きな滝が一つだけ流れていた。


 その大きな滝は第六鬼門入り口の前方にあり、第二鬼門と同様に大岩によって二つの川へと枝分かれしていた。


 こちらの方は扇形の闘技場だ。


 他にも違いがあり、滝の流れを妨害している大岩には洞窟へと繋がる穴が空いてた。


 第六鬼門の攻略をするには、大岩に空いた穴から洞窟の内部へと進む必要があった。


 問題は第六鬼門の入り口から滝の洞窟へと向かう中間地点に、これまた既視感のある怪物が目に映り込むことだ。


 牛鬼。


 滝と同様に、牛鬼も第二鬼門の時より大きく倍ほどの大きさがあった。


 洞窟を塞ぐ牛鬼。


 第二鬼門ではボスという大役を務めていた牛鬼も、ここ第六鬼門では入り口を守るただの雑魚敵へとなり下がっていた。


 そんな牛鬼の存在を知ったのは、俺が五蓋鬼討伐を終えた時だった。なぜなら、新たに必要な強化素材の持ち主だったから。


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・欲鬼 (5000 / 5000)

 ・怒鬼 (5000 / 5000)

 ・怠鬼 (5000 / 5000)

 ・乱鬼 (5000 / 5000)

 ・疑鬼 (5000 / 5000)


〈吸収素材〉

 ・黒鉄『吸収率100%』

〈強化素材〉

 ・牛鬼の鋼爪


〈熟練度〉

 ・剣技(800 / 800)


 ――――――――――――――――――――



 牛鬼の鋼爪。


 牛鬼の爪が死鬼霊剣の強化素材となるのは今回で二度目だ。俺の視界に映り込む牛鬼はその大きさだけでなく、自慢のカギ爪まで鉄から鋼へと強化されていた。


 それらの変化から第二鬼門の方は幼体の姿で、第六鬼門の牛鬼が成体の姿なのだろうと推測できる。



「《剣召喚》」


「ブオォーーーーッ!!」



 全長5メートルはあるだろう巨大な怪物は、己のテリトリーへと侵入した俺を強烈な咆哮で威嚇する。

 その咆哮は狩りを始めた頃なら立っていることすら出来ずに、俺は水面を転がりながら吹き飛ばされていたかもしれない。


 それほどの威力があった。


 成体牛鬼の咆哮を受けた俺は咆哮に対する驚きがありながらも、それ以上に自身の成長へと意識が向く。それは俺の中で牛鬼という存在が成長を実感させてくれるモノとなっていたからだ。


 過去の自分と現在の自分を比べる事で優越感に浸るのも心地がよいものが、いつまでもその快楽を味わっている訳にはいかない。


 だから、目の前の素材へと意識を戻す。



「牛鬼が幼体だろうが、成体だろうがそんな事は関係ない。俺にとって大事なのは牛鬼の爪という素材だけなんだからな。さあ、その鋼の爪を献上してもらおうか」



 俺は牛鬼という存在を素材として見下しながらも、油断をすることなく慎重に近づいていく。


 ――《五蓋装衣》―《疑鳴》


 同じ牛鬼でも幼体の時と行動パターンが同じとは限らない。俺は第四鬼門の最深部で学んだこと活かし、牛鬼を初見の相手だと思うようにした。


 だから、牛鬼が相手でも万全を期すために俺は全身に五蓋の装衣を纏う。

 そのうえで、疑の煩悩へと共鳴することで洞察力も高めていく。


「……」


 俺がゆっくりと油断する事なく近づくのに対して、牛鬼の様子は不気味なほどに大人しかった。さっきの咆哮で威嚇する姿が嘘のように、ただジッと俺の姿を見つめている。


 訳もなく。


 攻撃の機会を窺っているのだと、牛鬼の姿から察することができる。疑の煩悩で高められた洞察の力は牛鬼の口元が不自然な動きをしている、と自身に警告を促してくる。


 その警告へと素直に従い――



「――《貪憑》」

 

「ボワッ!!」



 牛鬼の攻撃へと備える為に貪の煩悩を全力で憑依させた。すると、不自然な動きをしていた牛鬼の口から紫色の液体が勢いよく吐き出された。


 毒吐き攻撃。


 俺はその攻撃に対して顔を守るように剣を一振りし、一部の毒を剣圧で弾き返した。


 その行動によって視界が毒に塞がれることなく、牛鬼の姿を正確にとらえたまま接近することができた。


 幼体の時にはなかった牛鬼の毒吐き攻撃を装衣の守りと剣圧によって強引に突破し、今度はこちらから奇襲攻撃を仕掛ける。


 守りを解き、攻撃へと転じる。


 ――《怒憑》


「隙ありッ!!」


「ブオォーーッ!」


 今までの牛鬼戦と同じように、まずは牛鬼の右前脚から切断する為に剣を振るった。

 たとえ牛鬼が成体であろうと、怒りの憑依化状態なら今までのように前脚を切り飛ばすことも容易い。


 ――《乱鳴》


 牛鬼の右前脚を切り飛ばしてから怒りの憑依化を解き、乱へと共鳴させながらもう片方の前脚を切断する為に、牛鬼の前方を素早く移動する。


「ついでに――ッ!」


「ブオォー! ブオォー!」


 俺はただ目の前を横切るのではなく、ついでに牛鬼の赤い瞳を二つとも軽く切り裂いて視界を奪う。

 そして。


 ――《怒憑》


「ブオォーーッ!」



 もう片方の前脚も容赦なく斬り飛ばし、牛鬼の驚異的なかぎ爪を無力化した。

 それから痛みに苦しむ牛鬼の姿を横目に見ながら――


「《進段強化》《進段強化》」



 死鬼霊剣を黒鉄から鋼へと進化をさせた。



「強化素材を提供してくれた感謝の気持ちを込めて、この鋼剣で討伐してやるよ」


「ブオォーーーッ!!」



 俺からの殺気を感じ取ったのか、牛鬼は咆哮による無意味な威嚇をしてくるが……開幕と比べて明らかに迫力がない。


 そんな牛鬼の咆哮に対し、俺は涼しい顔をしながら嘲笑うかのように近づき、だらしなく太った牛頭へと飛び乗った。



「さあ、鋼剣の切れ味は如何にッ!」


「ブオォー! ブオォー!」



 文字通りの意味で必死に暴れて抵抗してくる牛鬼の上を移動しながら、俺は気が済むまで鋼剣の試し斬りを続けていく事にした。




 ◇◇◇




「父さん、手合わせの時に遠距離攻撃の対応を最後に見てたけど……もしかして、牛鬼の毒吐き攻撃を意識してだったの?」


「確かに、牛鬼も一応は遠距離攻撃を使ってはくるが……それよりもこれから戦う獣たちの事を考えてだな」



 牛鬼で鋼剣の試し斬りを終えたあと、俺は死鬼霊剣へと意識を向けながら父さんと会話をしていた。



 ――――――――――――――――――――


【剣名】死鬼霊剣〈陸〉

【剣質】粗悪な鋼剣

【段階】陸

【解放】五


『能力一覧』 『進段状況』


 ――――――――――――――――――――



 第二鬼門で死鬼霊剣に牛鬼の鉄爪を吸収させた時と同じで、かぎ爪二本を吸収させた剣の【剣質】は粗悪な鋼剣だった。


 次に【段階】の方は伍→陸へと変化して剣が六回目の進化を遂げた事を認識した。

 いつも通りの結果があるだけで、特に気になる点はなかった。



「獣たち?」


「ローグの技能なら分かるだろ」


「あ、そうだったね」


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・憑鬼虎 (0 / 1)

 ・憑鬼熊 (0 / 1)


〈吸収素材〉

 ・鋼『吸収率13%』


〈熟練度〉

 ・剣技(850 / 850)


 ――――――――――――――――――――



 父さんが言う獣たちが気になった俺は新たな討伐対象へと意識を向けた。


 憑鬼虎ひょうきとら憑鬼熊ひょうきぐま


 現時点で分かることは虎と熊の名前だけで、その名前から鬼が憑依した虎と熊なのではないかと思っている。


 討伐対象も気になるがそれ以上に討伐条件に必要な数。どちらもたったの一回討伐するだけで条件が達成される。


 五蓋鬼の討伐数と比べたら1万倍もの差があるし、討伐数の少なさから討伐の難易度が高いことが伺える。


「虎と熊か……」


 虎と熊の存在が気になるが念の為、万全の準備をしてから挑むべきだろう。そういった考えで今日は鋼の吸収作業を終わらせる為に牛鬼を周回し、明日から滝の洞窟内を攻略していくと決めるのだった。


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