第36話 ◇親子の手合わせ

 少し離れたところで息子のローグが牛鬼を屠っている。俺はその姿を遠目に眺めながら昨夜の会話を思い出す。


「第五鬼門はもういいのか?」


「うん、目標は達成できたからね」


「そうか……」


 第六鬼門へ行きたい、と願う息子にとうとうこの時が来たのかと気が重くなる。

 なぜなら、俺の中で第六鬼門での出来事がトラウマとして残っているからだ。


 第六鬼門の怪物。


 かつての俺は第六鬼門の最深部にいる怪物に敗れ、強くなることを諦めた。


 あの怪物ともう一度戦えば勝てるかもしれない、そんな想いと期待が俺の中にはあったが挑戦できない理由がある。


 それはルシアの存在だ。


 あの怪物と再戦すればまたルシアに大きな負担を強いることになる、そう考えたら俺は選ばずにはいられなかった。


 彼女を諦めて、強さを求める道と。

 怪物への挑戦を諦め、彼女と歩む道。


 そして、俺は彼女を選んだ。


 それと同時にあの怪物は俺の中でトラウマとなった。そんな怪物と息子が対峙することを考えると、どうしても気が重くなる。


 ローグの実力を考えれば第六鬼門へ挑戦する資格は十分にあるだろう。


 客観的に、判断すればそうなるのだが……家族として父親としての俺は実際に手合わせをし、ローグの実力をこの目で確かめるまでは第六鬼門へ行くことは許可できない。


「父さん、ダメかな?」


「いいだろう。ただし、父さんにそれ相応の実力があると手合わせで証明できた場合だ」


「手合わせか、よく考えたら父さんとするのは初めてだね。ちょうど今の実力がどの程度なのか、確かめたかったから嬉しいよ」



 昨夜にそんな会話を息子と交わし、これから親子で手合わせを行うことになった。

 現在のローグは、それなりの実力を有しているから村で戦うことはできない。


 だから、此処。

 第二鬼門の最深部で手合わせを行う。


 そうなると、牛鬼の存在が邪魔になる。

 だから、ローグが端の方へと牛鬼をおびき寄せ討伐することになった。



「父さん、お待たせ。これで準備は整ったことだし、早速はじめようよ」


「あぁ、どこからでも掛かってこい」



 戻ってきたローグはやる気満々の様子で自身の剣を構えている。そんな息子に応えるように俺も黒剣を構えて対峙する。



「それじゃあ、父さんの胸を借りる気持ちで遠慮なく攻めさせてもらう――ッね」


「おぉ、随分と成長したな」


 剣と剣が触れた衝撃から息子の成長を感じ取り、思わず歓喜の声が漏れる。それと同時にローグが産まれた時の事が蘇ってきた。


 泣かない子。


 それがローグの第一印象だった。

 初めての我が子は産まれた時も、その後も泣くことがなかった。それどころか表情の変化もなく、ただボーッと一点を見つめるだけだった。


 本当に生きているのか、と。

 心配になるほどだ。


 そんな姿を見ていると、数年前に生まれたフリードの息子たちと比べてしまう。


 彼らは感情の起伏が激しく。

 よく泣き、よく笑う子たちだった。


 親友の息子たちを見た影響も強く。

 俺の中で赤ちゃんというものは感情の起伏が激しいイメージを持っていた。だから当然のように、我が子も泣いたり笑ったりするものだと思っていた。


 しかし、現実は違った。


 その事が俺の中で大きな不安の種となり、良くない事だと分かっていても思わずルシアに聞いてしまった。



「なぁ、俺たちの息子は……大丈夫か?」


「クロード! どんな子であっても私たちの大切な息子よ。だから、見守りましょう」


 不安から我が子を信じ切れずにいる父親の俺とは違い、母親のルシアはとても頼もしかった。


 俺も心の底から我が子を愛していた。

 だけど、ルシアのように。


 何も疑わず、恐れることなく。


 ただ純粋な愛情だけを注ぎ、我が子を見守ることが出来なかった。その出来事が初めて俺に女性の強さを、子を持つ母親の強さを教えてくれた。


 それからの俺は、我が子とルシアを信じて日々の生活を過ごしていった。その間、俺は時が流れるにつれて少しずつ感情を表すようになる我が子に喜びを感じていた。


 そんな息子のローグは他の子どもたちと比べて感情の表現が苦手だった。その代わり、とても賢い子に育っていった。


 だから、それがローグの性格なんだと。

 俺は受け入れることにした。


 そんな息子が今、純粋な笑顔を俺へと向けて楽しそうに剣を振っている。


 どこが、感情表現の苦手な子だよ?

 ちゃんと喜怒哀楽しているじゃねぇかよ。

 ほんと、ルシアの言う通りだったな。



「どうした、ローグ! そんなもんじゃないんだろ? 父さんに成長した息子の姿をもっと見せてくれ」


「うん、わかったよ――《乱纏》」


「ッ!?」



 ローグの持つ特殊な剣から黄色い稲妻のようなものが走った。すると、ローグの動きが一段階速くなる。



「ほう、そんな力を隠していたのか」


「父さんに見せる機会がなかっただけだ――ッよ」



 ローグの動きは速くなりそれに比例するように剣撃も重くなる。しかし、この程度では第六鬼門で戦い抜くには厳しい。


「なかなかの速さだが、その程度じゃ第六鬼門では通用しないぞ」


「そうだよね。じゃあ、そろそろもう一段階上げようかな――《乱感》」


「やはり、まだ実力を隠していたか」



 ローグの全身に走る稲妻がより激しく動きだし、さらに速度が上がっていく。

 そんな姿に驚きながらも俺は息子の成長をある程度まで確認することができた。


 だから、俺も力の一部を解放して応戦することにした。



「《黒炎魔装》」


「ッ!? 剣以外でもできるんだね」


「父さんにだって、これくらいの芸はあるんだよ」



 俺の顔から下は全身が黒炎で覆われ、それに伴い身体能力も上がっていく。



「父さんがそう来るのなら、こっちもとっておきでいくね――《五蓋装衣》」


「なッ!? まだ隠し玉があったのか」


「流石にこれで最後だけどね」



 ローグはニヤリと笑ってから俺のマネをするかのように切り札を出してきた。

 すると、技能で作られた剣から漆黒の靄が現れローグの全身を覆っていく。


 性質の異なる二つの黒鎧。


 俺の黒炎に対して、ローグの黒鎧は既視感のある禍々しい闇のようなモノで形成されていた。



「ほぉ、それは五蓋の煩悩で作られた鎧か。本当にローグの技能は夜叉の洞窟と深い関係にあるようだな」


「そうなんだ。不吉な感じがするのが欠点なんだけど、父さんの黒炎の鎧と負けず劣らずにカッコいいでしょ」


「見た目に関してはそうだが、能力の方は戦闘に役立ちそうか?」


「うん、見ての通りで防御面がだいぶ強化されたと思うよ」


「それは楽しみだな。それじゃあ、今からは防御面での実力を試させてもらおうか」



 俺は剣を一振りし、ローグに向けて無数の黒炎を放った。一つ一つの黒炎は小さく、たとえローグに直撃したとしても問題のない火力だ。



「へぇ~、父さんの剣に纏った黒炎は飛ばせるんだね。でも、この程度じゃ……今の実力を見せることが出来ないよ」


「流石に手を抜き過ぎたか」



 遠距離攻撃への対応を見極める為に、手加減したとはいえ……まさか、埃でも払うかのように軽々と対処するとは思わなかった。


 そんな息子の成長を嬉しく思う反面で、近い将来に息子が俺を越えていく事への複雑な気持ちが沸き上がる。


 その沸き上がる気持ちを黒炎に乗せ、徐々に放たれる黒炎の威力が増していく。

 それでも俺の息子は冷静に黒炎を剣で受け流し対処していく。その姿を見た俺は、ここまで出来ればもう十分だろう、と思い最後の一撃を放つと決めた。



「ローグ、次で最後だ。この攻撃を受け止めることができれば、第六鬼門への挑戦を許可しよう――いくぞッ!!」


「父さん、受けて立つよ――《欲憑》」



 俺は最後の一撃にローグを丸呑みにするほどの大きさで黒炎の球を放った。

 それ対して、ローグは黒炎の球に正面から立ち向かい直撃する瞬間に、身に纏った黒鎧から荒れ狂う暗赤の稲妻が走り出す。

 その行動によって。



「流石に正面から受け止めたら無傷で乗り切るのは無理だったよ――《怠感》」



 黒炎が消えると、平然とした態度で黒炎の感想をこぼすローグの姿があった。


 そんな姿に俺は驚きながらあの一撃を正面から受け止めたのなら、第六鬼門への挑戦は問題ないだろうと判断を下した。


 これならば。


 第六鬼門の双獣は問題ないだろうし、あの怪物には勝てなくても……最悪、過去の俺と同じように一度死ぬだけで完全に死ぬことはないだろう。


 あぁ、また。

 ルシアに大きな負担を強いるのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る