第35話 ◇五蓋装衣

 ゼクスの十歳式を終えた俺はローグで目覚めてから家族との朝食を済ませ、夜叉の洞窟へと向かった。


 もちろん、その目的は第五鬼門で五蓋鬼を狩るためだ。五月頃から始まった五蓋鬼狩りは気づけば八か月の時が過ぎ、季節は春から冬へと変わっていた。


 本当は数週間前に五蓋鬼の討伐を終えることもできたが、そうしなかったのは過去の経験から十歳式では何かあるかもしれない。


 と、予感があったから。


 嫌な予感というのは当たるもので、初対面の令嬢から弟を紹介しろと頼まれたり、皇女からは訳もわからずに拒絶された。


 その事でゼクスは笑い者となった。


 こういった事がゼクスなら起こるかもしれない、と思っていたからこそ俺はあえて狩り応えのある欲鬼だけを少し残していた。


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・欲鬼 (4975 / 5000)

 ・怒鬼 (5000 / 5000)

 ・怠鬼 (5000 / 5000)

 ・乱鬼 (5000 / 5000)

 ・疑鬼 (5000 / 5000)


〈吸収素材〉

 ・黒鉄『吸収率100%』


〈熟練度〉

 ・剣技(800 / 800)


 ――――――――――――――――――――



 討伐条件の達成まで残り25鬼。

 一日で狩れる数だ。



「《剣召喚》」


「ウガァァーーッ!」 


「今日は何も考えることなくただ煩悩に酔いたい気分なんだ。だからさ、最初から全力で行かせてもらうね――《怒憑》」


「ヴッァぁ……」



 俺は十歳式の途中からずっと我慢していた怒りの感情を解き放ち、その感情と同じ怒りの煩悩を全身に憑依させた。


 心が熱く燃え上がる。


 そんな感覚と共に全身の血液が一気に熱くなり、その熱さがとても心地よい。


 怒りの感情。


 怒りの煩悩に飲まれ支配された俺の姿を外から見れば、醜いモノだろう。

 でも、でも、でも。



「この姿こそが人として、あるべき正しい姿の一つなんだッ! 怒りとは、醜くも美しい感情。これがッ、これがッ! 人として生きている――証なんだッ!! ハッハハァッ」



 俺は怒りの感情を剣に込め、欲鬼の太った腹へと強烈な一撃を放つ。

 すると、だらしなく膨らんだ欲鬼の腹からは無数の脂肪と血が飛び散る。その最中、俺は返り血を浴びながら笑い狂っていた。


 家族には、見せたくない姿だ。


 俺は酒に酔うような感覚で怒りの感情へと身を委ねた。感情が激しく暴れ狂い、それがとても心地よくて〝生〟を実感する。


 前世の俺は感情を失った。


 日常で感じることは、倦怠感や疲労による五感障害くらいだった。


 いつもより体が重い。

 今日の晩飯は味がしない。

 なんか視界がぼやけるな。


 こういった身体的な異常だけが俺の感情として表れ、日常生活の中で喜怒哀楽を感じることはなかった。


 だからこそ、怒りとは醜くも美しい。


 前世の俺は感情を失い。

 無色の世界で屍の様にただ生きていた。


 そんな無色の世界と比べれば、怒りの感情に身を委ねて見える景色は、醜くも色鮮やかでとても美しかった。



「イテッ、これが怒りか……」



 怒りという感情に酔いしれった俺は満足がいったところで憑依を解き我に返った。すると、怒りの感情で感じていなかった痛みが遅れて襲ってきた。


 怒りの力に任せて剣を振った代償で俺の筋肉や筋が悲鳴を上げていた。



「《怠感》」



 周囲を確認してから痛む体を治す為に、怠惰の能力を使いながらその場に座り込む。



「流石に無理があったか……」



 今までの戦闘では、煩悩の憑依化は使っても最後の一瞬だけに止めていた。

 強い力には、それ相応の反動があるとわかっていたからだ。


 今回は十歳式で溜まったストレスを発散する為に、リスクを承知で怒りの煩悩を拒むことなくすべて受け入れた。


 その結果、力の加減を無視した行動により肉体的なダメージを負った。ここまでは俺の想定通りだったが……予想に反して精神的なダメージに関しては皆無だった。


 それどころか。

 むしろ、清々しいくらいだ。


 今回の収穫は間違いなく、俺が思っていた煩悩に対するイメージを一変させたこと。

 ずっと怒りなどの煩悩には、何となく悪いイメージを抱いていた。


 しかし、実際に怒りに身を任せたことで違った視点で見る事ができた。



「負の感情も使い方次第か」



 怒りの感情は間違った方向で使えば視野が狭くなったり、大切な人たちや自分自身を傷つけてしまう。


 その一方で。


 怒りというエネルギーを正しい形で叛骨心や勇気といった、良い感情へと変換することができるのなら怒りも悪くはないだろう。



「さっさと残りの欲鬼も片付けるか」



 俺は怒りという感情への新たな理解を深めながら、残りの欲鬼を狩ることにした。




 ◇◇◇




「やはり、第五能力には先があったか」


 長かった五蓋鬼狩りを終え、討伐条件を達成した俺は真の第五能力に気づく。

 これが本来の姿――



「《五蓋装衣》」



 死鬼霊剣から漆黒の靄が現れると、俺の全身を包み込むように覆っていく。その正体はこれまでに狩ってきた2.5万にも及ぶ討伐してきた五蓋鬼たちだ。


 五蓋鬼から共鳴吸収した負の感情が漆黒の靄となり、その靄には討伐した五蓋の煩悩が込められている。



「《怒纏》――《怒感》――《怒鳴》」



 怒りの煩悩を使ってみると漆黒の靄に無数の暗青色をした稲妻が走る。その稲妻は煩悩浸食率を上げるごとに激しくなっていく。



「これなら第六鬼門も余裕かもな」



 身に纏った靄は俺が望んだ形で安定し、漆黒の鎧が俺の全身を覆う。


 死鬼霊剣の能力で鎧のようなモノが作れたことに歓喜し、俺は早く第六鬼門でこの力を存分に発揮したいと思った。



「帰ったら父さんに頼まないとな」



 こうして、俺は最後の第五能力を手にして足早に自宅へと帰るのだった。

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