第34話 ◆十歳式③

 皇女の開幕スピーチが終わると、大人たちは皇帝が待つ玉座の間へと移動した。

 これは子どもたちと大人たちを分けることで緊張を緩和し、より一層親睦を深められるようにと配慮したものだ。


 子どもたちは貴族学院で共に学ぶ未来の学友と、大人たちにとっては同じ歳の子を持つ親同士として。


 このように十歳式は子どもたちのお祝い行事を良い機会として、貴族間の親睦を深めるという面でも重要視される行事だ。


 そういった意図により広間から玉座の間へと大人たちは場所を移した。


 玉座の間。


 そこは、皇帝が己の権威を誇示するために公的な場所で使用する玉座がある部屋。

 玉座は、入り口から一番遠いところにある高台に設置されている。


 部屋の一番奥や少し高い位置にいる者は決まって最高権力者となる。この部屋ならば皇女、玉座の間であれば皇帝だ。


 本来であれば、十歳式は玉座の間で始まり皇帝陛下から祝辞と激励を頂く。

 その後、子どもたちはこの広間へと移動する流れとなっていた。


 今年の場合は皇女が十歳式に参加し、皇族として皇帝の代役を務めている。

 これは皇族が同年代の者たちを先導していく為に、行う一種のパフォーマンスだ。



「ほんと、学院生活が楽しみだよな」


「そうだよね。僕らの学年は皇太子殿下様の時と同等かそれ以上に大物が集まるからね。是非とも、弱小貴族の僕はお近づきになって少しでもおこぼれをもらいたいよ」


「お前は相変わらず真面目でつまらない男だな……違うだろ? そんな事よりも同じ歳に三大美女がいるんだぞ! 男として生まれたのならそこを目指さなくてどうするんだよ」


「君も相変わらずだけどね」



 現在、広間にいる他の子どもたちは知人や新たな友たちと楽しく会話を弾ませいる。


 そんな中、俺は一人で用意されたご馳走を軽く食しながら気楽に過ごしていた。


 特にゼクスの将来についてはあまり考えていないが、恐らくは冒険者などのように自由気ままに生活することを選ぶだろう。


 だから、俺は貴族の子どもたちと必要以上に交流を深める気にはなれないし、そもそも精神年齢の差や価値観の違いから俺とは合わないだろう。


 まあ、そんな感じで俺は話しかけるなよ、オーラを軽く纏いながら一人でご馳走を嗜んでいる。本音を言えば軽くではなくガッツリと食事を楽しみたいところだが、この十歳式では残念ながらそうはいかない。


 なぜなら主催者への挨拶があるからだ。

 もちろん、その相手は第一皇女。


 この部屋と同様に、玉座の間でも貴族たちが順番に皇帝の元へと行き挨拶をしている。


 招かれた者たちが主催者に感謝を伝えるという一般的な流れ。


 問題となるのは、我が家の爵位だ。


 基本的に主催者への挨拶は身分が高い者から順番に行う。今回の十歳式であればサラセニアの公女から始まり、侯爵家、伯爵家、子爵家……という順番になる。


 同じ爵位の場合だと、広場への入場が遅かった者から順にする。そうなると、俺の順番はブリュヘイム侯爵家の令嬢の後に挨拶をすることになる。


 そのせいで、食事を頬張りながらも挨拶のタイミングを伺い、唯一の楽しみである食事をしなければならない。

 という訳で現在の俺は食事をつまみながら挨拶の順番待ちをしていた。


「おい、気合い入れるぞ」


「どうし――ッ!?」


 俺の近くにいる子息たちの様子がおかしくなったので、興味本位で軽く目を向けてみると……彼らはチラチラと三人の令嬢が近づいてくるのを確認していた。


「どういう事だ……」


 令嬢たちに興味がない俺も、予想外の人物に僅かながらの困惑を覚える。


 ソフィア・ブリュヘイム。


 彼女が二人の取り巻きを引き連れ、こちらの方へと優雅に歩いてきたのだ。


「初めまして、ソフィア・ブリュヘイムよ。あなたはグラディウス伯爵家の次男よね?」


 ブリュヘイムの御令嬢様には、俺が纏っていたオーラは機能しなかった。


「えぇ、自分がグラディウス家次男ゼクス・グラディウスですが……お時間の方はよろしいのですか?」


 話しかけられた事にも驚いたが、それ以上にタイミングがあり得ない。なぜなら、次に皇女へと挨拶をするはずの御令嬢が目の前にいるのだから。


 俺は疑問を彼女に投げかける為に、皇女と公女がいる場所へと軽く視線を送った。



「ご心配なく。用があるのは私ではなく、こちらにいるアロマンス子爵家のレベッカなのよ。私のとても親しい友人なので、彼女のことは宜しく頼むわ」


 ブリュヘイムの御令嬢様は俺に用件だけを伝え、皇女の方へと去っていった。


「はじめまして、ソフィア様に紹介して頂いたレベッカ・アロマンスです」


「ゼクス様、お初にお目にかかります。私はブランデン子爵家のハンナと申します」


「お二人とも初めまして」



 何となく嫌な予感を抱きながら、俺は二人の令嬢と適当に会話を始める。


「ゼクス様にこのような事をお願いするのは大変申し訳なく思うのですが……へクス様との顔繫ぎを頼めないでしょうか」


 やはり、そうだったか。

 へクスがスキルを開花させて以降、こういった面倒くさい出来事は何度かあった。


 俺は少し考えるフリをしながら沈黙となり、それからこの面倒な会話を終わらせるために返事をする。


「なるほど、レベッカ令嬢もへクスに興味がお有りなのですね。弟は誇らしいことに御令嬢方から人気が有りますからね。もちろん、良い機会があれば弟を紹介しますよ」


「ぜひ、お願いいたしますわ」



 押し付けられた令嬢たちとの会話は適当なところで切り上げ、俺は逃げる様に皇女の元へと挨拶に向かった。



「カーミラ皇女殿下、ご挨拶に伺いました」


「……」



 皇女に声を掛けるも反応がないので、俺はそのまま自己紹介をする事にした。



「グラディウス伯爵家シリウスの息子ゼクスと申します。こうして、十歳式というお目出度い場でカーミラ皇女殿下のお目にかかることができ、光栄です」


「貴方は結構です」


「……はいッ!?」



 形式的な挨拶が終わると、反応の悪かった皇女から想定外の言葉が放たれた。その返答が理解出来なかった俺は、反射的に少し間の抜けた声で聞き返してしまった。

 すると。



「だから、貴方の挨拶は結構ですッ!!」


「……」



 皇女は声を少し荒げながら俺に対する拒絶の意思を示した。言葉の意味は理解できるが状況的には理解が追いつかない。


 なぜ初対面の皇女から形式的な挨拶をしただけで、ここまで拒絶されるのだろうか?


 そんな俺の疑問に対して。



「申し訳ないけど……貴方を見ていると何故か不愉快なのよ。今後一切、貴方が私に関わることはご遠慮下さいませ」


「……」



 皇女から理不尽な拒絶の理由が語られ俺は返す言葉が思い浮かばなかった。対応に困った俺はとりあえず一礼だけし、その場を無言で立ち去る事にした。


 こうして、十歳式の出来事がゼクスの立場をより一層悪くするのだった。

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