第33話 ◆十歳式②
「なるほど、あの御方が噂に聞く東部の絶対君主サダン様なのか。世間から『植魔公』と恐れられるのも頷けるお方だ」
サダン・サラセニア。
現当主であり東部の絶対君主。
サラセニア公爵は四十手前くらいで深緑の短髪と、紅いの眼が特徴的な男だ。
その見た目だけなら少しダンディーなイケおじといった印象を受けるが、身に纏う雰囲気が有象無象の貴族たちとは別格だ。
絶対君主。
サラセニア公爵家を中心とした東部貴族の中にも、先ほどのブリュヘイム侯爵みたいな野心家はいるだろう。
しかし、東部貴族の場合は北部の貴族と違って野心を抱くことすらできない。
あの怪物がいる限り。
たった一歩、サラセニア公爵が広場に足を踏み入れただけで場の雰囲気は一変した。
それは噂好きの貴族たちが声を発することすらできない。
不思議な緊張感がこの場に広がる。
奇奇怪怪。
サラセニア公爵が起こした。
この現象は、決して常識などでは理解することができない。
不思議な支配力を保持していた。
恐らく、その原因となっているのはサラセニア公爵が身に纏う特異な宮廷服によるものだろう。
スキルによって造られた。
特異な宮廷服。
その宮廷服は深緑色を基調とし、赤い模様が描かれるタキシード。
一見、自身の髪と眼の色に合わせて作られた宮廷服にも見えるが、実際のところは植物と公爵の血液で造られたモノだ。
植物使い。
サラセニア公爵家の象徴であり、初代当主から代々継承されてきたスキルだ。
初代当主は植物使いのスキルで一匹のドラゴンを丸呑みにし、無残に竜を喰らったことで名を馳せた。
竜をも喰らう植物。
これが原点であり、サラセニア公爵家を象徴とする家紋となっている。
サラセニア公爵家の初代当主が竜を喰らう植物使いだとすれば、歴代最強の植物使いである現当主は領地をも喰らう植物使い。
現当主サダンは、サラセニア公爵家が治める広大な領地に存在する。
すべての植物を支配している。
まさに、植魔公といえる存在だ。
表向きは植物魔法を使う公爵だとされているが、実際のところは領地を植物で支配する魔王という意味で浸透している。
他国では、帝国の東部には魔王が住むとまで恐れられている。
そんな男も今回の十歳式では、娘を引き立てる一人の父親にすぎない。
「素晴らしい。サラセニア公爵様の後に続いても、全く引けを取らずに威風堂々と歩く姿が実に堪らない。やはり、同じ槍使いとして生まれた彼女を妻にしなくては……」
「俺たちなんかと違って、イザーク様ならば十分に可能性がお有りでしょう」
また、あの三人か。
子爵家の二人と伯爵家の一人。
ブリュヘイム侯爵家の入場時は、子爵家の子息が夢を見ていた。今回は俺と同じ伯爵家の奴がサラセニア家の公女に見入っていた。
あの家紋は、バロランス伯爵家か。
バロランス伯爵家は、帝国の槍術名家で風属性の槍術使いだったかな。確かに、公女と同じ槍使いかもしれないが……流石にそれは夢を見すぎだろ。
子爵家の子息二人は彼の取り巻きのようでイエスマンになっているけど、勇気を出して彼の為にも現実を教えてやろうぜ。
我が家よりも先に入場してたし、同じ伯爵家の中でもグラディウス家より帝国貴族内での序列が低いのだろう。
つまり、ただの伯爵家だ。
バロランス伯爵家は知っているが、一度も目立った噂を聞いたことがない。
という事は、俺の視界に映る彼も大した存在ではないのだろう。その程度の存在で帝国全土で噂となった天才、サラセニア公女を妻にするとか残念ながら無理だろうな。
噂の公女。
レイラ・サラセニア。
その見た目は、雷を連想させるような黄色い長髪と眼を持つ美少女だった。
注目すべき点は他の令嬢たちがドレスを着ているのに対し、彼女は黒い軍服のドレスを着こなしていた。
流石は変わり者で有名な公爵家だ。
まだ10歳の公女にも、しっかりと変わり者の片鱗が表れている。公女は長い髪を後ろで一本に結び、まるで自身が女騎士かのように威風堂々と歩く。
その様は、他の令嬢たちと比較することができないほどにかけ離れていた。
公女が身に纏う黒の軍服からは騎士のような勇敢さを放ち。軍服に描かれる金雷の模様と、見え隠れする紅のインナードレスからは貴族令嬢の上品さをも感じさせる。
勇猛と品位。
歩く公女の姿は、勇猛と品位という相容れぬはずの要素を合わせ持っていた。
サラセニア公爵家といえば植物使いだが、槍の使い手としても名を馳せている。
そういった意味ではサラセニア公爵家を代表するスキルは、植物という特殊な属性魔法と槍術を兼ね備えた。
魔槍士系統のスキルだ。
アルフレッドから聞いた話によると、公女の母親は雷魔法の使い手らしく。公女のスキルは、サラセニア公爵家の槍術と母親の雷魔法が合わせて継承されたモノ。
聖槍の雷姫とまで貴族たちから呼ばれるほどに、公女の所持するスキルには強力な能力が秘められている。
その自信によるものだろうか。
世間から恐れられる父親も含め、彼女にとっては大した存在ではないように思える。
そんな公女の瞳からは天才だけが感じ取ることが許させる。
独特な孤独感のようなものがあった。
そのせいなのか、俺の眼に映る公女の姿は想像していたよりも遥かに小さな存在に見えてしまった。
俺がそんな事を思っていると。
「リユニオン帝国、第一皇女であらせられる――カーミラ・リ・ユニオン様が只今、十歳式の会場へと参られました」
本日のもう一人の主役である。
第一皇女が入場してきた。
入場案内をしていた騎士の一人が大声で広間に集まる全員にそう告げた。その声と共に場が静まり返り、入り口から一人の少女と四人の騎士が現れた。
第一皇女と近衛騎士たちだ。
皇女が場に現れると、広間にいる全員が立ったまま頭を下げた。帝国貴族の礼儀作法では、公式の場で皇族を目にしたら頭を下げることで敬意を示す。
もしもこれが皇族の皇女ではなく皇帝陛下だったなら、その場で全員が跪き深々と頭を下げることになっていた。
登場した第一皇女はゆっくりと上品に歩きながら広間の奥へと進んでいく。そんな皇女の周囲は四人の近衛騎士たちによって厳重に警護されている。
近衛騎士。
皇帝の指示でのみ動く近衛騎士団という勢力に所属し、皇帝と皇族たちを護衛することが最優先とされる騎士たちのことだ。
近衛騎士団は騎士の中でも精鋭だけが所属することを許され、騎士の役職としては最も名誉がある。
近衛騎士は別名で名誉騎士とも言われ、その身に纏う白い鎧は所々に装飾として輝く金が使われている。
「帝国の皇女として――わたくしカーミラ・リ・ユニオンが代表となり、今年度の十歳式開幕を宣言しましょう」
第一皇女は広間の入り口から最も遠いところにある緩やかな階段を上り、1メートルほど高い位置にある場所から全員を見下げながら十歳式の開幕を告げた。
第一皇女。
カーミラ・リ・ユニオン。
白髪で黄金の瞳を持つ美少女。
皇女は白いドレスに金色の模様が描かれた衣装で今回の十歳式へと参加した。
帝国では、白と金が合わさった色合いが高貴で神秘的だと信じられている。
だからこそ、名誉騎士と呼ばれる近衛騎士は高貴の象徴である。
白と金色で作られた鎧を身に纏う。
それが名誉騎士としての誇りを持たせる。
「流石は『帝国の聖女』と言われるお方だ」
「第一皇女殿下のお噂は常々耳にはしていたが、これほどまでに神々しくお美しい姿だったとは……」
帝国の聖女。
第一皇女は帝国で高貴と神秘の象徴とされる白い髪と黄金の瞳を持っている。皇女のそういった容姿が大きく影響し、貴族たちから聖女と呼ばれるようになった。
聖女とは、四神八聖の称号である『聖』とは違って宗教的な意味での『聖』が使われる呼び名だ。
第一皇女の容姿は聖女と呼ばれるだけあって、高潔無比な少女といった感じの第一印象を強く受けた。
それは皇女の綺麗な白い長髪がシャンデリアの光に照らされることで放つ、白銀の輝きがそういった印象を与えるのだろう。
帝国の聖女、聖槍の雷姫。
今年の十歳式には、違った意味で『聖』の名を持つ二人の少女が主役となった。俺には関係のない話だが、二人の間には何かしらの強い機縁があるのかもしれないな。
そんな事を思いながら十歳式開幕のスピーチをする皇女の話を聞くのだった。
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