第32話 ◆十歳式①
ゼクスの俺は現在。
十歳式の行事に参加する為に、領地を離れて帝都へと来ている。
式が開催される目的は、5歳の時に我が家で行ったお披露目パーティーと同じ。
一言でいえば、顔見せだ。
5歳の時はグラディウス伯爵家と関係の深い貴族たちを中心に我が家へと招待し、俺という存在を公表した。
今回はあの時とは規模が違う。
一家門の屋敷で行われるだけではなく。
帝国全土から貴族の子どもたちが十歳式へと参加する。
これは同世代の子どもたちを一ヵ所に集めて、顔合わせさせるのが主な目的だ。そうなると、十歳式の開催地は必然的に帝国の都である帝都となる。
そんな十歳式の開催は毎年。
12月10日に帝国城内で行われる。
そういった理由で今年は一か月ほど前から領地を離れ、帝都の別邸で生活をしていた。
グラディウス家の別邸に来てから俺は式での礼儀作法だったり、十歳式で着る宮廷服作りなどでいつもとは違う忙しい日々を過ごしていた。
そして、今日。
十歳式の開催日を迎えた。
現在の俺は父上と一緒に十歳式が行われる広間の入り口前で待機していた。
広間入り口の両脇には、城内で働く騎士が一人ずつ立っていた。彼らは貴族名簿の確認と入場案内を担当している者たちだ。
「グラディウス伯爵様及び、ゼクス・グラディウス様のご来場です」
騎士の声と共に父上が広間へと歩みを進め、その後に少し遅れて俺が続く。
「あの者が二人目の息子か」
「いくら剣聖の子とはいえ……未だにスキルが開花していないのだろう」
「姿だけなら剣聖様に一番近いのかもしれぬが、才能の方は遺伝しなかったようだな」
貴族どもが、丸聞こえなんだよ。
好き勝手に話すならせめて聞こえないように配慮しろよな。
爵位的にもお前らの方が低いだろ。
十歳式が行われる広面には、爵位が低い順から入場していく。つまり、俺たちを見ながら楽しそうに噂話をする貴族たちのほとんどが伯爵以下。
騎士爵、男爵、子爵。
十歳式は同世代との交流が目的だと表面的にはされているが、それと同時に貴族間での上下関係を子どもたちに植え付ける。
裏の目的もある。
だからこそ爵位が低い者たちは先に式場へと入場し、自分たちよりも高位の貴族たちが入場してくるまでおとなしく待機する。
それは自分たちよりも遅れて入場してくる者たちがより特別な存在である。
と、分からせる為だ。
つまり、十歳式での入場パフォーマンスは子どもたちに貴族間での上下関係を植え付けて、保護者たちにはその事を再認識させる場ともなっている。
全くもって、貴族らしい文化だ。
そして、その事を分かった上であの貴族たちは俺の事を話している。実際に彼らが話す内容のほとんどは事実だが、それでも最低限の敬意は払って貰いたいものだ。
「ブリュヘイム侯爵様及び、ソフィア・ブリュヘイム様のご来場です」
ブリュヘイム侯爵家。
氷魔法を得意とする帝国の魔法名家として知られ、北部貴族のナンバー2だ。そんな家門を率いる侯爵は、氷のような青髪と冷酷無情といった雰囲気を纏う人物だった。
「あのお方が現在の帝国で最も勢いがあると知られる。ブリュヘイム侯爵様なのか」
「一時期は長女のレティシア様が皇太子妃となった事で北部の勢力図がガラりと変化するかもしれない、と噂が広がっていたからな」
俺もブリュヘイム侯爵家についての噂話は耳にしていた。もちろん、我が家の噂好きな騎士たちの会話からだがな。
ブリュヘイム侯爵は、長女が皇太子と婚約を結んだ事で、間違いなく内なる野心を膨らませている。
その事は、彼の態度にも表れていた。
この場にいるすべての者たちを見下すようなあの冷たい瞳と表情からヒシヒシと伝わってくる野心からだ。
「なんとお美しい。ソフィア様はまだ誰とも婚約を結んでいないのだから……」
「無理だ、諦めとけ。突出した才能もない子爵家の俺たちには、決して手の届かないお方なんだよ」
「夢くらいはいいだろ……」
大人たちがブリュヘイム侯爵の話で盛り上がる中、子どもたちはソフィア・ブリュヘイムという美少女について語り合う。
多くの男児どもは、叶いもしない夢を抱き熱い眼差しを歩く少女へと向けながら、己の願望を口にする。
彼らも心の底では叶わぬ夢だと分かっているのだろう。それでも、もしかしたら自分にも可能性があるかもしれない、と。
つい叶わぬ夢を見てしまう。
未来の同級生である彼女に。
貴族学院。
貴族などの特権階級の者たちだけが通う事を許される学校だ。そこで13歳になる年から三年間共に過ごす同級生のほとんどが、この十歳式へと参加している。
だから、彼らは貴族学院での生活の中で彼女に近づけるのではないか、と。
夢見てしまうのだ。
そんな貴族の男児どもから夢見られる。
美少女、ソフィア・ブリュヘイム。
彼女は帝国の極寒地帯に住む。
北部の女性に多い綺麗な白い肌と夜の雪景色のような暗い水色の長髪が特徴的だ。
また彼女の歩く姿は冷静沈着で10歳の少女とは思えぬほどにクールな美しさ持つ。
それが愚息どもを魅了している。
これほど注目を集めている彼女も、今回の十歳式ではただの脇役に過ぎない。
「サラセニア公爵様及び、レイラ・サラセニア様のご来場です」
「――ッ!」
「…………」
いよいよ、本日の主役。
サラセニア公爵家のご登場だ。
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