第30話 ◇第五鬼門

 第四鬼門の最深部で牛頭鬼と馬頭鬼を討伐した5日後に、第五鬼門へとやってきた。


「今度は荒野か……」


 第五鬼門。

 此処は夕方の荒野地帯だった。


 荒れ果てた野原と乾いた地面が辺り一面に広がっていた。この光景を見ていると、第一鬼門の枯れ果てた森の環境を思い出す。


 どちらも、果てた環境だからだ。


 この果てた環境を見ていると餓鬼を思い出し、頭の中にある言葉が思い浮かぶ。


 末路。


 俺も今後の行い次第では、餓鬼のような醜い末路が待っているのかもしれないと。


 それは人生を諦めた人間の末路を身をもって知る俺でも、強い抵抗感を覚える。


 俺はあんな末路は嫌だし今世こそは幸せな終焉を迎えたいと、そんなことを思いながら荒野地帯を進んでいく。


「ローグ、あそこに欲鬼がいるぞ」


「あれが欲鬼か……まるで、欲の煩悩を体現化したかのような見た目だね」


 欲鬼よくき

 赤色の肌をした太った鬼。


 その姿は見るからに己の欲望を忠実に満たすため、欲のすべてを貪ってきたのだと想像できる。まるで、第三鬼門にいた純真無垢な小鬼が欲の煩悩に飲み込まれ、醜く変貌してしまったかのように。


 そんな欲鬼を見た感想は、餓鬼とは違った方向の末路に思えてしまう。


「《剣召喚》」


「ウッ、ウガァァーーッ!」 


「なんだ? 俺を食おうってか」



 俺の存在に気づいた欲鬼は挨拶代わりに威嚇をし、口元に垂れた汚いよだれをじゅるりと吸い上げた。


 まるで、ご馳走でも見つけたかのように。


 俺は食い物認定されたことに強い不快感を抱き、ふざけるなよという気持ちを込めて剣先を欲鬼へと向けた。



「欲鬼、お前の醜い欲望で生み出された脂肪をすべて剥ぎ取ってやるよ。嫌なら俺の速さに抗ってみ――なッ」


「ガアァ、ヴッ!? ヴッー」


「遅い、遅いッ」


 俺の倍以上に背が高い欲鬼だが、身に纏った欲望という名の脂肪が体格差の利点を無にしている。


 欲鬼は俺の動きについて来れずに、一方的に剣で脂肪を切り刻まれる。

 戦況的にみれば、明らかに俺が有利な状況だけど問題もある。



「はぁはぁ、さすがは第五鬼門か。欲望の塊のくせに耐久力が高すぎるだろ……しょうがない、少しペースを落とすか」


「ガアァ、ヴッ、ガアァー」



 第四鬼門の牛頭鬼ならとっくに攻め落とせるくらいは切り刻んだ。

 それなのに、欲鬼は未だによだれを垂れ流しながらピンピンしてる。


 分厚い脂肪と筋肉。


 その二つが上手く機能して欲鬼は脂肪の要塞と化している。だから、俺は速攻で攻め落とすことを諦めて、焦らずにじっくりと戦うことにした。



「ヴッァぁ……」


「やっと、終わったか。こんなのがあと四鬼もいるのか。第五鬼門も侮れなッ――へぇ~このタイミングで新たな能力解放か」


 欲鬼討伐の余韻に浸っていると、死鬼霊剣の新たな能力が解放されたと認知する。


 ――――――――――――――――――――


【剣名】死鬼霊剣〈伍〉

【剣質】良質な黒鉄剣

【段階】伍

【解放】五


『能力一覧』 『進段状況』


――――――――――――――――――――



 欲鬼を討伐後に死鬼霊剣の【解放】は四から五へと変化した。

 新たに解放された五つ目の力は。


 ――――――――――――――――――――


『能力一覧』


〈初期能力〉

 ・能力 《剣召還》

 ・特殊能力 《解》


〈解放〉

 ・第一能力 《素材吸収》

 ・第二能力 《進段強化》

 ・第三能力 《剣技》

 ・第四能力 《剣技同身》

 ・第五能力 《五蓋共鳴》

 ・第六能力 《――》

 ――――――――――――――――――――

 


 第五能力 《五蓋共鳴》だった。

 この能力は欲鬼の亡骸に剣を当てることで発動できるみたいだ。



「《五蓋共鳴》」



 すると、欲鬼の体から赤黒い靄が噴き出し死鬼霊剣へと吸収された。その靄は、五蓋道にあった赤黒くて禍々しい光を放っていた半球を思い出させる。



「ローグ、また新しい能力か?」


「うん、欲鬼を倒したら解放されたんだ。それで試しに使ってみたんだけど、まだ能力についてはよく分からないや」


 まだ断定することはできないが、恐らくあの赤黒い靄の正体は欲望の煩悩だろう。

 たった一回の吸収では特に変化を感じることはなく、第五能力を完全に把握するにはもう少し時間が掛かりそうだ。


 まあ、これで異常に増えた2.5万という討伐条件の数には納得がいった。要するに、あの数を狩らなければ第五能力の力が発揮できないのだろう。


 それにしても先が長いよな……。


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・欲鬼 (1 / 5000)

 ・怒鬼 (0 / 5000)

 ・怠鬼 (0 / 5000)

 ・乱鬼 (0 / 5000)

 ・疑鬼 (0 / 5000)


〈吸収素材〉

 ・黒鉄『吸収率100%』


〈熟練度〉

 ・剣技(755 / 800)


 ――――――――――――――――――――



 条件達成まであと24999鬼か。


 新たな能力に期待を持ちながら、終わりの見えない五蓋鬼狩りを頑張るしかないな。


「どうした、暗い顔をしてるが何か良くないことでもあったのか?」


「さっき見せた能力の為にあと二万以上も狩らないといけないんだ。その先の見えない道のりを考えてたからね」


「そ、そうか……まぁ、無理せず気長にやれば何とかなるだろうよ」



 落ちた気持ちを一度切り替え、俺は残りの四蓋鬼を探すために先へと進む。



「ウガァァーーーッ!!」


「怒鬼は名の通りお怒りの様子だな」



 怒鬼どき

 青色の肌を持つ強靭な鬼。


 その姿は欲鬼のだらしない体と違ってしっかりと鍛え上げられた肉体だった。こっちは怒りの煩悩に飲み込まれて変貌してしまったようだ。


 怒鬼の表情から怒りや恨みなどの憎悪を強く感じる。この鬼は、いったい何に怒っているのだろうか。



「ヴッアァぁ……」


「その強靭な見た目に反して欲鬼よりも弱いのかよ……まあ、いいや次を探すか」


 見た目的には、欲鬼よりも強そうだった怒鬼は弱かった。力強い攻撃は脅威だったけど、怒りで我を失っているから隙が多い。


 そんな怒鬼は欲鬼よりも耐久面が劣るのだから弱く感じて当然だ。



「ぶァ~あぁ」


「せめて、起き上がれよな……」



 怠鬼たいき

 緑色の肌でたるんだ体を持つ鬼。


 その姿は欲鬼と同じくだらしない肉体を持ち、敵を目の前にしても地面であくびをしながら横たわっている。まさに、怠惰の煩悩に飲み込まれてやる気を失った鬼。



「ヴッ、ぶァ~あぁ、ヴッぶァ~ぁ」


「コイツはなんなんだよ。いくら切り刻んでも反撃する気配すらないし、異常な治癒力ですぐに回復する……仕方ない。これだと埒が明かないからペース上げるか」



 防御特化の欲鬼、攻撃特化の怒鬼。

 それで今回は回復特化の怠鬼か。


 俺は剣で何度も横たわる怠鬼を斬ったが、その反応は一瞬だけ痛がる素振りをした後にあくびをするだけ。


 こっちまでやる気がなくなってくる。


 最初は首を刎ねようかと思ったが、怠鬼の首をよく見ると白い物体が巻き付いていた。それを枕代わりにして地べたで寛いでいる。


 試しに何度かその白い枕のようなモノを斬ってみたが、フワフワとした弾力を感じるだけで傷付けることすら不可能だった。


 次に怠鬼の顔を狙うも白い枕が素早く動いて邪魔をする。だから、仕方なく首から下を攻撃すると白い枕は無反応だった。


 そういった理由で怠鬼の首から下を切り刻んでいるんだが、驚異的な回復力のせいでなかなか討伐できずにいた。



「ヴぶァッアァぁ……」


「気持ちよく眠るようにイキやがって、必死に攻撃していた俺が哀れになるだろ」



 怠鬼の討伐はギアを上げたことで終わったが、精神的なダメージを負った。

 動かない怠鬼を必死で攻撃し続けたことで負った心の傷。ある意味で今回の討伐は過去一番にキツい討伐だった。



「ウカぁァーー」 


「他の五蓋鬼と比べて華奢だな」



 乱鬼らんき

 黄色の肌を持つ細身な鬼。


 その姿はこれまでの三鬼と比べて細身で華奢な肉体を持つ鬼だった。

 一番の特徴としては、挙動不審で変化の激しい情緒不安な表情だ。


 四鬼目の乱鬼は、その感情の浮き沈みから乱れの煩悩に支配された鬼だとわかる。



「ガアぁッ、カアぁガッ」


「なッ!? そんな体で馬頭鬼よりも速く動けるのか――ッよ」


 防御の欲鬼、攻撃の怒鬼、回復の怠鬼ときて今回は素早さの乱鬼だった。前の三鬼は牛頭鬼みたいに鈍足だったけど、四鬼目の乱鬼は馬頭鬼と似た俊敏さを持っていた。


「ゔッァぁ……」


「乱鬼の速さには少し驚いたけど、これまでの三鬼と比べれば断トツで狩りやすいな」



 瞬発的な強さはあったが乱鬼の華奢な体はダメージが与えやすく、これまでの無駄に耐久力があった三鬼より楽だと感じた。



「……」


「最後は特徴のない沈黙の鬼か」



 疑鬼ぎき

 黒色の肌をした普通の鬼。


 これまでの四鬼は細かったり太っていたりと体型的な特徴があったけど、今回の疑鬼は第三鬼門の小鬼をそのまま大きくしたような体格をしていた。


 そんな標準体型の黒い鬼は出合い頭に威嚇をすることもなく、ただジッとこちらの様子を観察している。



「来ないなら、こっちから行くぞ」


「………………………」


「はぁはぁ、どういう事だよ。攻撃がぜんぜん当たらない。未来予知でもしてるのか?」



 俺は未知の体験に困惑していた。

 こちらが攻撃の行動に移るよりも、一手はやく疑鬼は動き出す。俺の行動すべてを予測したと言わんばかりに、疑鬼は攻撃を無駄なく回避してくる。


 こちらを見る疑鬼の眼差しは、俺のすべてが見透かされているような未知の恐怖が感じられるものだった。



「…………」


「なるほどな、俺の予備動作を見て動いていたのかよ。最後は洞察力の怪物だったか」



 疑鬼は洞察の鬼だった。

 つまり、今まで戦ってきた鬼達とは比べ物にならないほどの知能を持っている。

 まさか、このような形で鬼相手に上手を取られるとは思ってもいなかった。


 予想外の一言に尽きる。


 まあ出鼻は挫かれたが、疑鬼の未来予知が予備動作から得られるものだと分かった。

 攻撃が当たらないタネさえわかれば必要以上に恐れる必要はない。


 予測なんて、力でねじ伏せればいい。


 疑鬼は五蓋鬼の中でバランスタイプに該当する身体能力を保持している。

 それはある程度までは何にでも対応できる利点がある一方で、特化型の一点集中による攻撃には滅法弱い。



「好きに予測するがいい。わかったところで疑鬼の能力じゃ対応できないからな」


「……」


「最後まで一貫して無言かよ」



 こうして、俺は第五鬼門で五蓋鬼の討伐を終えるのだった。

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