第29話 ◇牛頭と馬頭②

「ムゥッ、ムゥッ、ムゥーッ!」


「ヒヒーン、ヒッ、ヒッ」


 戦況は振り出しへと戻った。

 牛頭鬼と馬頭鬼が連携攻撃を仕掛け、俺が防戦一方となる構図だ。この状況から抜け出すために、俺は動線被せと分断の作戦を試みるも失敗に終わった。


 じゃあ、俺はその事を踏まえて。

 次の行動は何をすべきなのか。


 このまま牛頭鬼と馬頭鬼を同時に相手するのは難しい。かと言って、また同じやり方で分断作戦を試みれば、また牛頭鬼の突進攻撃で戦況を崩されてしまう。



「ほんと、二鬼が揃うと厄介だな……」



 防戦一方で牛頭鬼と馬頭鬼の相手をし続ければ俺だけが不利益を被る。やはりこの状況から抜け出すためには牛頭鬼と馬頭鬼の分断が必要不可欠だ。


 だから、俺は再び。

 分断作戦を実行することにした。


 さっきの分断作戦は詰めが甘く、牛頭鬼の突進攻撃まで考慮しなかった。


 その結果、作戦は不発に終わった。


 それならば、牛頭鬼の突進攻撃も考慮して改良を加えればいいだけの話。


 どうせなら、あの突進も上手く使うかな。


 こちらにとって牛頭鬼の突進攻撃が最大の脅威だとしても、それを綺麗にひっくり返せれば必然的にこちらの決まり手にもなる。



「此処からはお前らを泥臭く追い詰めてやるからなッ! 人が驕りを捨てると、どうなるのか――篤と味わうがいいッ!!」



 作戦は決まった。 

 あとは俺が油断せずに実行するだけだ。



「ムゥッ、ムゥーッ! ムゥッ」


「ヒッ、ヒッ、ヒヒーン」


「バカ馬、またこっちで遊ぼう――ぜッ!」


 最初の行動は馬頭鬼を挑発し、また牛頭鬼との距離を開かせる。

 だが、今回は牛頭鬼が再び突進を仕掛けてこない距離をキープする。


 距離を離して、近づく。

 近づいたら、再び距離を離す。


 これを繰り返して、まずは馬頭鬼の方からじわじわと削っていく。そして、時がきたら牛頭鬼の突進を誘発して全ての盤面をこちらへとひっくり返す。



「ヒヒーン、ヒッ、ヒッ」


「お得意の連続攻撃か」


「ヒッ、ヒーーンッ!!」


 馬頭鬼の攻略方は変わらない。

 機動力を削ぐために太ももや脹脛を集中的に攻撃していく。ただ、今回の場合は牛頭鬼の行動も視野に入れて動く必要がある。


 だから、意識する。


 馬頭鬼の筋肉や筋をなるべく傷付けないように切り裂き、太ももや脹脛を覆う脂肪だけを削ぎ落すイメージで攻撃を加える。


 まだ、馬頭鬼の機動力は落とさない。

 機動力を一気に削げる準備をすればいい。



「ヒッ、ヒッ、ヒーーンッ!!」


「段々と効いてきただろ?」


「ヒッ、ヒーーンッ!!  ヒーーンッ!!」


 

 馬頭鬼の太ももと脹脛を見てそろそろ頃合いだと思い、俺は牛頭鬼の突進を誘発する為に動き出した。


 あとは牛頭鬼が俺たちを追いかけることを諦めて、怒りの咆哮をするだけだ。



「モォォーーーーッ!!」


「相方が増援に来てくれるみたいだぞ」


「ヒッ、ヒーーンッ!!  ヒーーンッ!!」



 俺は牛頭鬼の咆哮と同時に、馬頭鬼のむき出し状態になった両脹脛の筋肉組織を思いっきり剣で切り裂いた。


 俺は馬頭鬼の苦痛による悲鳴を聞くことで手応えを感じつつ、次に狙う太ももを攻撃するために動き出した。


 俺は股の下を潜り抜けて馬頭鬼の前方へと移動した。それから牛頭鬼の突進を意識しながら行動に移すタイミングを計る。


「今だッ!」


「ヒッ、ヒーーンッ!!」



 俺は狙ったタイミングで太ももを剣で切り裂き、馬頭鬼を片膝立ちのような状態にさせて跪かせる。態勢が低くなった馬頭鬼の膝を土台にして、俺は後方へとジャンプする。


「ンッ! ン――ンッ!!」


 牛頭鬼と俺の眼が重なり合う。

 俺は空中で突進攻撃を仕掛けてきた牛頭鬼の両目を横に切り裂いてから剣を消す。



 それから空中で体をひねりながら、牛頭鬼の横向きに生えた銀角の間を潜り抜ける。


 銀角の間を抜けた俺は突進中の牛頭鬼が悲鳴を上げるのを聞きながら、牛頭鬼の背中を転がり空中へと投げ出される。


「《剣召喚》」


 俺は空中で再び剣を召喚し、地面へと突き刺すように両手で剣を持ち両足と共に着地の衝撃を消していく。


「ンンッ、ンン――ンッ?!」


「ヒーーンッ!!」


「可哀そうに、その脚じゃ相方の突進を躱せないよな」


 一方の牛頭鬼と馬頭鬼はお互いにぶつかり合って地面へと転がる。


 脚を負傷した馬。

 盲目の暴れ牛。

 

 これが俺の考えていた。

 牛頭鬼の突進を誘発することで全ての盤面をこちらへとひっくり返した状況だ。


 この好機をずっと待っていた。


 あとはダメージの大きい馬頭鬼の方から先に止めを刺す。そうすれば、あとは目が見えない牛頭鬼を狩るだけとなる。


 このまま素直に馬頭鬼へと駆け寄って息の根を止めるのもいいが、俺は念のため保険を打つことにした。



「ムゥッ!? ムゥーッ!」


「《剣召喚》」


「ムゥーーッ!! ムゥッ、ムゥッ」


「《剣召喚》」



 俺は剣を何度か地面へと投擲し、その度に剣を消してから再召喚を繰り返した。


 音による攪乱だ。


 それは盲目の牛頭鬼に剣と地面がぶつかり合う音を聞かせることで、そこに俺がいると誤認させて遠ざける為の行動だ。



「さあ、相方が剣と遊んでいる内にお別れしような」


「ヒッ、ヒーーンッ!!  ヒーーンッ!!」



 俺が牛頭鬼を撹乱している間に、馬頭鬼は起き上がっていた。背の高い馬頭鬼は狩りづらいので、脚の負傷箇所を重点的に攻撃するように剣を振るう。


 

「そうだ、その位置が理想的なんだよッ」


「ヒィッ……」


「モォォーーーーーッ!!」



 俺の度重なる攻撃に耐えられず、馬頭鬼の態勢が低くなる。そこでまた馬頭鬼の膝を土台にして飛び上がれば、ちょうど良い位置にある頭を刎ね飛ばすことができる。


 これで馬頭鬼は終わった。


 あとは馬頭鬼の断末魔を聞き、怒り狂って吠える暴れ牛を狩るだけだ。



「ムゥーッ! ムゥッ、ムゥーーッ!!」



「見当違いのところに自慢の両斧を振り回してもな……」



 牛頭鬼は怒りに任せて両斧を振り回す。

 しかし、俺の居場所がわからない牛頭鬼は見当違いのところでただ暴れているだけ。



「モォォーッ! ムゥッモーーッ!!」


「悪いけどさ、もう詰んでるんだよ」



 牛頭鬼は単独となり視界も奪われてただの暴れ牛へと成り下がった。あとはもう一方的にこちらが狩るだけで戦いは終わる。

 


「モーーッ!!」


「あの世で相方によろしく――なッ!」


「ムッゥッ、モッ……」




  ◇◇◇




 第四鬼門の最深部で牛頭鬼と馬頭鬼を討伐した夜、俺は今日の成果を確認していた。


 牛頭の獄両斧と馬頭の獄槍斧。


 苦労して入手した二つの強化素材を死鬼霊剣へと吸収させると、鉄剣から黒鉄剣へと姿を変え進化した。


 ――――――――――――――――――――


【剣名】死鬼霊剣〈伍〉

【剣質】良質な黒鉄剣

【段階】伍

【解放】四


『能力一覧』 『進段状況』


 ――――――――――――――――――――



 黒鉄剣の【剣質】は牛頭鬼と馬頭鬼の武器を計2本吸収し、一気に良質となった。


 まあ、5メートル弱の鬼が使っていた武器なら大きさ的に考えても、2本だけで吸収作業が終えても不思議ではないか。


 あとは死鬼霊剣の【段階】が肆→伍となり五回目の進化を遂げたので、いつものように進化条件を確認するために『進段状況』へと軽い気持ちで意識を向ける。

 すると――。


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・欲鬼 (0 / 5000)

 ・怒鬼 (0 / 5000)

 ・怠鬼 (0 / 5000)

 ・乱鬼 (0 / 5000)

 ・疑鬼 (0 / 5000)


〈吸収素材〉

 ・黒鉄『吸収率100%』


〈熟練度〉

 ・剣技(753 / 800)

 ――――――――――――――――――――


 ――25000鬼。


 俺は二年前に味わった剣技の達成条件をも越える衝撃と共に、膨大な討伐条件を突き付けられるのだった。

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