第28話 ◇牛頭と馬頭①

 第四鬼門の最深部。


 此処は周囲が高い岩壁に囲まれた火山の噴火口みたいな空間が広がり、円形にくぼんだクレーターの地形をしていた。


 円形の闘技場。


 第二鬼門がひし形の闘技場だったのに対して、第四鬼門の方は円形の闘技場。


 当然、第四鬼門の最深部にも。

 ボスのような存在がいる。


 牛頭鬼と馬頭鬼だ。


 すでに牛頭鬼と馬頭鬼の討伐条件を達成しているが、これから戦う二鬼は別物。


 何故なら。


 第四鬼門の最深部にいる牛頭鬼と馬頭鬼の手には、武器が握られているからだ。


 武装した二匹の鬼。

 それが第四鬼門のボスだった。


 牛頭鬼と馬頭鬼が持つ武器は戦闘をする上でかなりの脅威になるが、それ以上に二鬼が持つ武器を俺は欲している。


 欲する理由。


 それは死鬼霊剣の進化に必要な二つの強化素材だからだ。昨日、俺は討伐と剣技の熟練度上げを終えると、いつものように強化素材の確認をした。


 すると。


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・小鬼  (300 / 300)

 ・牛頭鬼 (30 / 30)

 ・馬頭鬼 (30 / 30)   


〈吸収素材〉

 ・鉄『吸収率100%』

〈強化素材〉

 ・牛頭の獄両斧

 ・馬頭の獄槍斧


〈熟練度〉

 ・剣技(750 / 750)


 ――――――――――――――――――――



 今回の強化素材には、牛頭の獄両斧と馬頭の獄槍斧が必要だと発覚した。


 これから戦う牛頭鬼と馬頭鬼は武器の所持以外にも、警戒すべき点があった。

 それは牛頭鬼と馬頭鬼の体格がこれまでと比べて1.5倍ほどの大きさがあること。


 この姿こそが。

 真の牛頭鬼と馬頭鬼なのだろう。


 つまり、これまで第四鬼門で狩っていたのは二鬼の弱体化版に過ぎなかったのだ。


「《剣召喚》」


 俺はいつも以上に気を引き締め、剣を召喚してから牛頭鬼と馬頭鬼へと近づく。


「モォォーーーッ!!」


「ヒヒーーンッ!!」


「威嚇からしても前とは別格だな」



 牛頭鬼と馬頭鬼のテリトリーに入ると盛大な威嚇で俺を出迎えてくれた。二鬼は俺から見て左側に牛頭鬼、右側に馬頭鬼が第五鬼門へと繋がる鳥居を塞ぐようにいた。


 そんな牛頭鬼と馬頭鬼の間には、それぞれの黒灰色をした武器が重なってクロスの形を作っていた。


 その姿はまるで。


 此処から先には一歩も通さない、と言わんばかりに二鬼が立ち塞がる。



「しかし、そんな大きくておっかない武器を何処から拾ってくるんだよ」


「ムゥッ、ムゥッ、ムゥーッ!」


「その両斧はかなり重そうに見えるが、牛頭鬼は軽々と振り回すんだな」



 牛頭の獄両斧。

 両刃型の斧でポールの部分までしっかりとした金属で作られた武器だった。そのポール部分は、金棒のように太くて真ん中の辺りはなぜか窪んだ形となっていた。


 そんな獄両斧は片刃よりも重心が安定しやすく、力自慢の牛頭鬼と相性の良い武器だと言えるだろう。


 その厄介な武器で開始早々から牛頭鬼は殴るように俺を攻撃してきた。

 牛頭鬼の動き自体は以前と変わらなく遅いが、両斧を振り回すたびにこちらを威圧するような風圧も襲ってくる。



「ヒヒーン、ヒッ、ヒッ」


「お前まで厄介な武器を拾ってきやがって」



 馬頭の獄槍斧。

 槍と斧が合体した武器だ。

 こちらも、牛頭の獄両斧と同じくポールの部分まで金属で作られている。


 ゼクス側で予習してきた知識によれば別名ハルバードとも呼ばれ、一般的には歩兵用の武器として活躍するそうだ。


 つまり、連続蹴りを得意としていた馬は歩兵へと進化したようだ。馬頭鬼の素早い動きに槍斧のリーチも加わり、以前よりも格段に相手がしづらい。


「ムゥッ、ムゥーッ!」


「ヒッ、ヒッ、ヒヒーン」


「お前ら連携もばっちりかよ」



 牛頭鬼の両斧攻撃は威力が凄いけど以前のように隙が大きい。俺はその隙を攻めていきたいが、馬頭鬼の槍斧による素早い突き攻撃に妨害されてしまう。


 二鬼の連携攻撃によって。

 俺は防戦一方となる。


 だから、俺はそんな状況を打開すべく連携攻撃を避けながら思考した。


 そして、一つの案を思いつく。


 俺はこのまま攻撃を避け続けて、その間に牛頭鬼と馬頭鬼の動線が被るように動く。


 そうすれば、牛頭鬼と馬頭鬼の連携攻撃にも隙が生じるはずだ。



「ムゥッ、ムゥッ、ムゥーッ!」


「――ヒヒーン、ヒッ、ヒッ」


「チッ、前はバカ馬だったくせに知能まで強化されてるのかよ……お前のせいで俺の作戦がパーなんだよ、全く」



 弱体化版の馬頭鬼はまともにスタミナ計算すらできなかったが、目の前の馬頭鬼は攻撃のテンポを敢えてズラしてきた。


 牛頭鬼に自身が繰り出す。

 突き攻撃が被弾しないように、と。


 そんな馬頭鬼の予想を外れた行動により、俺が考えた動線被せの作戦は水の泡となって消え去った。


 俺はその事に衝撃を受けながらも気持ちを切り替えて、新たな作戦を思考する。


 まずは認識の修正からだ。


 馬頭鬼が先ほど見せた攻撃のテンポを敢えてズラした行動によって、牛頭鬼と馬頭鬼は知能も強化されていると把握できた。


 そうなれば、次の作戦は分断だ。


 この作戦は、馬頭鬼の高い敏捷能力を逆手に取ったものだ。馬頭鬼と戦いながら、俺らよりも鈍足な牛頭鬼と徐々に距離を空けていき分断する。



「お前ならこのペースでも平気でついて来れるだろ? ほら、こっちだ」


「ヒッ、ヒヒーン、ヒッ、ヒッ」


「いいぞ。その調子でついてこ――」


「――モォォーーーーッ!!」


「――マジかよ、その窪みは四つん這いの為にあったのか。バカ馬に続いて、暴れ牛まで俺の作戦を……」



 俺と馬頭鬼が戦闘のペースを上げた事により、牛頭鬼との距離が空いてきた。


 だから、俺はそろそろ馬頭鬼に反撃をしようかと狙いを定めていた。

 今回も機動力を削ぐために太ももや脹脛を狙っていたのだが、牛頭鬼の行動によってまたしても作戦が失敗した。


 牛頭鬼は、俺らのスピードに付いて来るのを諦めて怒りの咆哮をした。それから牛頭鬼は両斧のポール部分にある窪みをガブりと口で咥え込んだ。


 両斧のポールにある窪み。

 それは牛頭鬼の歯型だったのだ。


 そして、牛頭鬼は空いた両腕を地面へ勢いよく振り降ろし四足歩行の態勢となった。


 これはお決まりの合図だ。


 牛頭鬼が四足歩行になる時、それは暴れ牛のように突進攻撃を仕掛けてくる前兆。


 俺は油断していた。

 両斧の武器を握りしめている。

 牛頭鬼には突進攻撃ができない、と。


 しかし、現実は違って牛頭鬼が両斧を咥えたことのより突進攻撃は可能となった。この状況で牛頭鬼が二足歩行よりも、速く動ける突進をするのは。


 俺にとって好ましくない。


 なぜなら、牛頭鬼との戦いにおいては至近距離の方が良いからだ。


 そうすれば、遅い攻撃を避けるだけで突進攻撃を警戒しなくていい。仮に突進攻撃をされたとしても、助走距離のない突進は威力も速度もないからだ。


 俺の分断作戦は破られただけでなく。

 むしろ裏目に出てしまった。


 つまり、助走距離を確保した牛頭鬼の突進攻撃は非常にまずい状況だと言える。


 これが牛頭鬼の突進だけならいい。

 だけど、馬頭鬼が邪魔過ぎる。


 牛頭鬼の突進攻撃へと集中すれば、その隙を馬頭鬼が逃さずに槍斧で攻撃してくる。

 逆に馬頭鬼の方を意識し過ぎれば、牛頭鬼の突進攻撃を避けるのが困難になる。


 この状況を作り出したのは俺だ。

 まさに、策士策に溺れると言えるな。


 俺は急激な成長により驕っていたし、勝てるからと傲慢になっていた。この状況は牛頭鬼の鈍足を侮り、突進攻撃の可能性を警戒しなかったことで生まれた。


『強くなったからと油断しすぎるなよ』


 この言葉は第四鬼門で初め狩りをした日に父さんから言われた助言だった。追い詰められたことで助言の意味を痛烈に実感する。


 父さんは遅かれ早かれ俺がこういった状況に陥ると、見越しての事だったのか。

 それなのに、俺は……。


『それでも、気をつけて戦ってるから』


 父さんから助言をもらった時。

 俺はあまり深くは考えず、わかった気になっただけで真剣には聞き入れてなかった。



「ヒーンッ! ヒッ、ヒッ」


「驕りは捨てろ、傲慢になどなるな! 泥臭くてもいいんだ! 初心を思い出すんだ――よッ!!」



 俺は馬頭鬼の攻撃をいなしながら、自身へと語り掛けるように言葉を発した。


 牛鬼と戦った時の俺は力が足りなかった。

 それ以前の俺も身体的には弱かった。


 だけどもし、あの時の俺が今の力で牛頭鬼と馬頭鬼へ挑んでいたら、ここまで苦戦をすることはなかっただろう。


 なぜなら、あの時の俺は常に下剋上のつもりで挑んでいたからだ。


 それが力を手に入れた瞬間。


 俺の中でその気持ちがだんだんと薄れていき、今では戦闘中に驕りや傲慢といった不要なモノに惑わされている。


 ほんと、情けない。


 これじゃあ、せっかく強くなったのに。

 弱くなったみたいじゃないか。

 そんなのは御免だ。

 だから、戻らないといけない。


 己の中にあった不純物を認識し、それらを排出する為に初心へと帰る。


 牛頭鬼と馬頭鬼は格上だ。

 それなら手段を選ぶ必要なんてない。

 今からは泥臭く行こうじゃないか。


 俺は馬頭鬼が放つ三発目の突きをいなしながら、相手の重心が少しでも崩れるように精一杯の力を込めた。


「受け取りな!」


「ヒーンッ!」


 馬頭鬼の重心を崩してから俺は後方へと下がりながら、毒蜘蛛戦の時みたいに剣を勢いよく投擲した。


 馬頭鬼はそれを槍斧で軽々と弾き返した。

 一見、俺の行動は意味がないように見えるがこれでいい。


「ンンッ、ンンッ、ンン――ンッ!!」


「間に合えーーッ!!」


 馬頭鬼が剣を弾き返している間。

 俺は全力疾走で地面へと飛び込んだ。


 すぐ傍にまで接近してきた。

 牛頭鬼の突進攻撃を回避する為にだ。


「《剣召喚》」


「ヒーンッ! ヒッ、ヒッ」


 俺は地面から素早く起き上がり、一歩遅れて襲ってきた馬頭鬼の突き攻撃を召喚した剣で受け流していく。


「のんきに剣なんか弾いているから一歩遅れるんだよ」


「モォォーーーッ!!」


 一方で、突進攻撃が不発に終わった牛頭鬼は咥えていた武器を手に持ち直すと、怒りの咆哮を放った。


 そして、戦況は振り出しへと戻った。



「もう、お前らに油断なんかしない。今からは俺が戦況を支配する第二ラウンドと行こうじゃないか」



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