第26話 ◆予言の悪魔
私が剣術を指導する。
教え子のゼクス・グラディウス。
彼の剣がまた歪な形で変化していた。
私がグラディウス伯爵から彼の指導役として、任命されたのは二年以上前の事。
当時、7歳だった彼はスキル開花の試みが上手くいかずに剣術の指導が始まった。
私が彼に剣術を教え始めた頃は、特に突出した才能もない凡人の教え子。
下手でもなければ、上手くもない。
上達の速さも至って平凡。
私の期待とは裏腹に。
彼の第一印象は平凡だった。
そんな彼に変化が現れたのは意外にも早かった。最初にそれを感じたのは私が彼の剣を受けている時だった。
彼の剣がいつもより乱れていたことに些細な違和感を覚えた。そういった状況が何度も続けば、指導役の私が正さなければと思い指導分析を始めた。
すると、ある事に気づく。
彼が目指す剣が何なのか、と。
騎士のように規則的な剣ではなく。
冒険者たちに多い自由な剣。
騎士と冒険者では。
目指す剣の方向性は全くの別物。
騎士は対人を得意とし、冒険者はモンスターの狩りを得意とする。
その常識に当てはめれば、彼の剣が規則的な動きから冒険者のような自由度の高い剣へと変化している。
その事は理解できた。
しかし、なぜ彼の剣は実際に狩りを経験したかのように変化したのか。私の知る限りでは、そのような経験はしていないはずだ。
それが最初の違和感だった。
私は彼が目指す方向性を理解し、そのまま静観して指導を続けていた。すると、またしても彼に変化が訪れた。
剣の上達速度が加速した。
凡人の教え子は、秀才となった。
こういった変化を私は知っていた。
スキル以外の何物でもない。
だから、私はあの時。
彼に剣士系統のスキルが開花したのだと、一時的に判断して理解することにした。
あれから二年以上の時が過ぎた現在でも、彼は周囲にスキル開花の事実を打ち明けることはなかった。
その行動によって。
他の兄弟たちと比較され、グラディウス伯爵家内での立場が悪くなろうと、彼はその事を気にすることなく過ごしていた。
そんな彼の行動は、私にとって。
この上なく好ましかった。
そうでなければ。
この私がグラディウス伯爵家程度のところへ来た意味がなくなってしまう。
私が此処で働く理由。
それはただの好奇心だった。
私は大商人の家で生まれ育ち、何の不自由もなく生活を送っていた。そんな私の人生はスキルの開花によって徐々に退屈なものへと変わっていった。
スキルには、遺伝の法則がある。
グラディウス伯爵家であれば、剣士や魔剣士に関連したスキルが遺伝子によって開花しやすくなる。
この現象を継承開花という。
一説によると、原初の人類にはスキルがなかったと言われている。そんな無力な人類は努力によって、子孫たちに特別な力を授けることができた。
それがスキルだ。
原初の人類が剣で努力をすると、その者の子は剣のスキルを開花させるようになった。
そういった遺伝による能力の継承を何度も繰り返し、現在のような優れたスキルが出来上がった。
という説だ。
この説に当てはめると、商人は話術や記憶力に関連したスキルが開花しやすい。
実際に、私が開花させたスキルは記憶系統のモノだった。
私の父も記憶系統のスキルを持ち、一度でも何かを見聞きすれば記憶として残る。
父の場合は、それに加えて記憶した動作なども再現することができる。
まさに、記憶の再現者だ。
この能力に関して知るのはごく一部の者だけなので、あまり知られていない。
そんな父の息子として生まれた。
私も同じようなスキルを開花させた。
それは父の上位互換スキルだった。
私の場合は動作に限らず、相手のスキルまでも再現することができる。
もちろん、相手のスキルが私よりも優れていれば再現できない。
それでもAランク冒険者のスキル程度までなら、問題なく再現できる。
この優れたスキルが私を退屈にさせた。
だから、私は刺激を求めて家を飛び出し大陸中を転々とし始めた。
そして、私は一人の老爺に出会った。
その老爺は、周囲から気が狂った老人だと煙たがられていた。私の目から見ても、老爺は加齢による影響で認知機能が大きく低下しているように思えた。
そんな状態で老爺が突拍子もない事や陰謀論などを語っていたら、周囲は妄想による虚言だと決めつけてもおかしくはない。
しかし、私は一つの可能性を疑った。
未来予知や予言に関連した。
スキルの存在を。
その事を確かめる為に、私は老爺へと接触し会話を始めた。その会話の中に私の好奇心をそそる予言があった。
『帝国に生まれし悪魔が人類を……』
老爺との会話を終えた後も、私の頭にその予言が残り続けた。だから、私は暇つぶし程度にその信憑性を調査することにした。
その結果。
私はリユニオン帝国のグラディウス伯爵家に予言の悪魔が生まれると期待し、グラディウス伯爵家の騎士となった。
そして、現在の私は予言の悪魔が教え子の彼である可能性が極めて高いと思っている。
「ゼクス様、脳内でのイメージと実際の動きにズレが生じているようですよ」
「やっぱり、アルフレッドもそう思うか……頭では分かっているんだけどね」
やはり私の指摘に対する彼の返答から自身に起こっている歪な変化の原因に心当たりがあるようだった。
少し前から彼の剣はおかしくなった。
例えるなら。
ベテランの騎士や冒険者が怪我や何らかの事情で実践から長期的に離脱し、スランプに陥ったかのような変化。
そういった場合は離脱前の動きをしようとしてしまい、復帰直後の体がそれについて行けずにズレが生じる。
現在の彼はその状態に近い。
体はⅮランクになりたての冒険者の動きをし、脳内のイメージではBランク冒険者レベルの動きをしようとしている。
まるで、自分がBランク冒険者の動きを経験でもしてきたような。
歪な変化が彼に起こっている。
仮に、彼がBランク冒険者に匹敵するほどの実力を密かに身に付けていたとしよう。
そうだとすれば、噂の公女と並ぶ力を手にする可能性もありえる。
その仮説が正しければ、彼が予言の悪魔であっても驚きはしない。
彼は一体。
どんなスキルを開花させたのだろうか。
現在は何かしらの思惑で隠しているようだが、遅くても彼が開花の儀を迎えればスキルの存在を公にするだろう。
ゼクス・グラディウス。
どうかこの退屈な人生に新たな刺激を与えて欲しいものだ。その為に、私は此処で騎士として働いているのだから。
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