第23話 ◇牛鬼
第二鬼門で狩りを始めて半月ほどで毒蜘蛛の討伐条件を達成した。
残す条件は牛鬼だけとなった。
今日は牛鬼との戦いに備えて、俺は万全の状態で第二鬼門の最奥へとやってきた。
しかし、そこに牛鬼の姿はない。
あるのは小さな鬼門だけだ。
中鬼門。
これは第二鬼門内の別所へと移動する為にある小さな鳥居。小さいと言っても5メートルくらいの高さがある。
その中鬼門をくぐれば、牛鬼が待ち構えている場所へと繋がっている。
中鬼門を抜けた先。
まず視界に映ったのは鳥居だった。
目と鼻の先にある新たな鬼門は、たった今くぐり抜けてきた中鬼門と区別が付かないほどに似ていた。
見た目は酷似しているが、その繋がる先は違い第三鬼門の入り口だ。そういった意味では、この場所を第二鬼門の最深部と言ってもいいだろう。
鬼門と鬼門の間には、浅い水面が広がっていた。その水面はくるぶしの辺りまで高さがあり、歩けばピチャピチャと音を立てる。
俺は牙猪戦後からいろんな足場への対策をしたつもりだったが、浅い水面の上で戦うことを想定したことはなかった。
そんな一抹の不安を俺に感じさせた。
今回の環境は、森の滝壺だった。
二つの滝。
鬼門と鬼門のちょうど中間地点の左右には滝があった。滝と滝の距離は大体30メートル離れていて、ちょうど鬼門から鬼門までの距離と同じくらいだ。
二つの滝は10メートル程の高さから水が流れていて、どちらも水が落ちる先に大きな岩があった。
その大岩が滝を二つに裂き、二筋の川を作り出している。計四本の川はそれぞれ鬼門の外側を通るように流れていく。
ひし形の闘技場。
滝から流れる四本の川が闘技場の柵みたいに囲いを作っている。
まさに、ボス部屋。
第二鬼門の最深部は、ダンジョンでいう所のボス部屋に該当する場所だ。当然、部屋の中心にはボスと呼ばれる存在がいる。
牛鬼。
この空間の支配者は侵入者たちを出口の方へは行かせない、と。門番のようにひし形の中心で立ちふさがっていた。
「デカいな……」
「なんだ、怖気づいたか?」
「いや、牛鬼の大きさに驚いただけだよ」
毒蜘蛛の二倍以上はある大きさに驚きながらも、俺は牛鬼の姿を観察していた。
その見た目は、牛の頭を持つ大蜘蛛。
全体的に黒い巨大な怪物。
太った牛のような顔で鼻の穴は大きく、口からは上下二本ずつ牙がはみ出している。
頭には二本の銀角を持ち、血のように赤い二つの瞳がこちらへと向けられていた。
視線を牛鬼の顔から外し、全身を観察すると蜘蛛のように生えた六本の脚がある。その中で注目すべき点は、前足の二本に鋭い銀爪が鎌みたいな型で生えていること。
あんなかぎ爪で攻撃をされたら間違いなく、一発くらうだけでも致命傷になる。
そう思うと、自然と警戒のレベルも引き上がる。俺は一通り観察を終えて、ゆっくりと牛鬼が待つ方へと近づいていく。
「ブオォーー!!」
「《剣召喚》」
牛鬼のテリトリーに俺が入ると、ほら貝を吹いたような鳴き声で威嚇をしてきた。
これを開戦の合図として俺は剣を召喚しながら牛鬼の前方へと急接近した。すると、俺から見て左側のかぎ爪で牛鬼はなぎ払い攻撃を仕掛けてきた。
そのなぎ払い攻撃を脇の下へと潜り込むように回避し、そのまま俺は突き進む。
その時、攻撃に使われたかぎ爪の後ろ側にある。二本の脚を注意深く見ながら、脚の間を走り抜ける。
もちろん、攻撃を加えながらだ。
牛鬼の中脚を左下から斬り上げ、後脚を右上から斬り下げる。走りながらの攻撃だったから大したダメージではない。
「ブオォー!」
「一応、効いてはいるか……」
それでも、牛鬼が嫌がるくらいのダメージを与えることができた。脚を斬ってみた感覚だと、肉質はそれほど硬くはなかった。
問題は脚の厚みだ。
今の俺だと、しっかりとした攻撃でも切断するのに数回は斬る必要がある。
さっきのような走りながらの素早い攻撃なら、十数回は斬り込まないと無理。
そう考えると、脚への攻撃は切断を目的とせずに機能低下を狙った方が効果的だ。
本当は顔や頭を攻撃したいけど、あの二本のかぎ爪があるから簡単にはいかない。
大牙猪の時みたいに頭上に乗って眉間とかを攻撃すれば、間違いなくあのかぎ爪が邪魔をしてくる。
不安定な足場であのかぎ爪を避けきる自信はない。そうなると、後ろの四本脚をじわじわと攻撃していくのがいいだろう。
「ブオォー! ブオォー!」
俺は牛鬼の背後を取りながら、攻撃よりも避けることを優先して動いた。
その間、牛鬼は四本の脚による踏みつけ攻撃で応戦してきた。
数分間の応戦により俺は徐々に牛鬼の弱点が掴めてきた。牛鬼は巨大な怪物で恐ろしい存在だが、幸いにもその動きは遅かった。
動きの遅さと肉質の柔らかさ。
その二つが牛鬼の弱点だ。
それでも、牛鬼の耐久力と二本のかぎ爪が厄介で討伐の難しさを実感する。
長期戦。
俺の中で一つの不安が生じる。
今までの狩りはだいたい長くても5分前後で決着がついた。しかし今回の牛鬼を討伐するには、少なく見積もっても10分はかかる。
それまで俺の体力は持つのか。
日課の朝練とランニングにより体力をつけてきたが、精神がすり減る戦闘の中でもその体力は持つだろうか。
そんな不安が頭をよぎる。
それならリスクを背負ってでも、牛鬼の顔を攻撃した方がいいのかもしれない。
「いや、それはダメだ」
俺は一瞬の思いつきを拒絶した。
牛鬼を倒す為だけに、そんなリスクを背負う覚悟は持てない。
怖いからではない。
大切な家族を苦しませたく。
ないからだ。
これがゼクスの体なら迷うことなく危険を背負ってでも挑戦した。だけど、ローグの体では無謀なことは極力避けたい。
心配してくれる家族がいるから。
俺は体力が尽きて、牛鬼に負けるかもしれない未来を恐れた。
それは負けたくないという。
俺の傲慢な自尊心からきたものだ。
大切な家族がいるのにちっぽけなプライドなんかを優先することはできない。
無理なら諦める。
それが最善の策だ。
俺は迷いを捨て、安全を最優先とした持久戦を続けることを決めた。もしも俺の体力が尽きたら、恥ずかしがらずに父さんへ助けを求めて敗北を認めよう。
「一方的に切り刻んでやるよ」
牛鬼の遅い攻撃なんて一度も受けることなく、俺だけが一方的に攻め込んで終わらせてやると宣言した。
そんな意気込みを持ちながら牛鬼の四本脚を何度も斬っていく。
武士道なんていらない、と。
勝利だけを求めた剣。
俺は時間を気にすることなく、無我夢中でただひたすらに剣を振るい続けた。
そして、大きな水しぶきが上がる。
水面へと倒れ込む牛鬼の姿を目にしたことで、俺はやっと四本の脚が機能しなくなったのだと理解する。
身動きが取れない牛鬼。
こうなれば、あとは牛鬼の背後から強烈な攻撃を加えていけば終わる。
「俺は幸せを手にする為になら、鬼にだって悪魔にだってなってやるさ」
この言葉は牛鬼との正面対決を避け、卑怯な戦い方をした自分へと向けたもの。
牛鬼戦を終えると、闘いには勝ったが……勝負に負けたような後味だった。
今回の牛鬼戦で自分の無力さを痛感させられる事になった。この経験により俺は今まで以上に、力への欲望が膨れ上がった。
もっと強くなりたい、と。
そんな気持ちで俺は水面に映る赤錆色の空と自分の顔を見ながら、次に牛鬼と戦う時は必ず強くなって戻ってこようと。
決意を決めるのだった。
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