第22話 ◇第二鬼門

 餓鬼討伐の九日後。

 俺と父さんは第二鬼門にいた。


 あの日以来、夜叉の洞窟には一度も来ていなかったから今回が二回目となる。第一鬼門は狩りというよりも、餓鬼を見つけてただ首を刎ねるだけの作業討伐だった。


 そんなつまらない狩りだったけど一つだけ良い点もあった。それは鬼門内は外での狩りとは違って、獲物を探すことがとても簡単で一分もあればすぐに見つかる。


 そういった意味では、前世のゲームでいうダンジョンの攻略に似ている。だから鬼門内は効率よく強くなれ、その反面で危険も伴う場所だと理解している。


 第一鬼門が楽勝だったから、と。

 決して、油断できるような所ではない。


 前回は餓鬼の討伐条件を達成した後、続いて第二鬼門の方へも入った。それは継続して狩りをする為ではなく、第二鬼門へと繋がる鬼門をくぐる事が目的だった。


 なぜなら夜叉の洞窟内にある鬼門は一度でもくぐった場所ならば、任意で好きな所へと移動が可能だからだ。


 これもまたゲームと同じだと考えれば理解しやすかった。ダンジョンの階層移動に使われるゲートと鬼門は同じだと。


 そんな感じで第一鬼門を通る事なく、今日から第二鬼門での狩りが始まった。

 やっと、これから本格化的に夜叉の洞窟を攻略することができる。



 第二鬼門。



 そこは雨上がりの森みたいな環境が広がっていた。地面は苔生していてジメジメとした蒸し暑さを少し感じる。


 空を見上げると、第一鬼門と同じ赤錆色の不気味な景色がここにもあった。

 空は同じでも此処は第一鬼門と違い、昼間のように明るかった。


 この明るさは何処から来るのか、と。

 俺は疑問を抱いてしまう。

 そんな環境で今日は狩りを行う。



「父さん、狩ってくるね」


「行ってこい」



 俺は父さんに声をかけ、木に張り付いている毒蜘蛛の方へと近づいていく。


 全長1メートルくらいの大きな蜘蛛。


 第二鬼門内の環境はこの毒蜘蛛に合わせて創られたと想像できる。

 森の木々も大きく、毒蜘蛛が張り付いていても違和感がない。


 そう考えると、第一鬼門の枯れ果てた森という環境は餓鬼に合わせて創られたモノだったとも思える。


 これから討伐する毒蜘蛛は、全体的に黒くて背中に銀の模様が描かれている。


 それが怖い鬼の顔に見える。


 夜叉の洞窟がゲームでいうダンジョンだとすれば、此処は『鬼』をテーマにしたダンジョンとなるだろう。


 そんなダンジョンに現れた毒蜘蛛。


 その背中にまで鬼顔の銀模様を描くとは、此処を創った何者かは『鬼』というテーマへの拘りが強いのかもしれない。



「《剣召喚》」



 俺は召喚した剣で毒蜘蛛のふっくらとした柔らかい背中を左下から右上の方へと斬りつけた。攻撃は毒蜘蛛に当たったものの致命傷には程遠いダメージだった。


 その原因は、俺の身長だ。


 毒蜘蛛は攻撃が当たる場所にいたが、俺からしてみると少し高い位置にいた。

 だから、少し背伸びをしたような形で力の入らない攻撃となった。


 それでも問題はない。


 毒蜘蛛の位置が悪ければ、こうなると予想した上での攻撃だった。俺はそういった場合に備えて必要な練習もしてきた。


 だから、予定通りに進んでいる。


 一方の攻撃を受けた毒蜘蛛は追撃されないように少し高い位置へと移動し、頭をこちらの方へと向けてくる。


 俺はその行動に合わせて剣を投げた。


 すると、投げた剣には白っぽい銀色の糸が巻き付いていく。俺は剣を投げる時、毒蜘蛛の口を注意深く観察していた。


 それは毒蜘蛛が得意とする糸を吐く攻撃の予備動作を確認する為だ。糸を吐かれたとしても避けれるが、そのあとに攻撃へと繋げる動きは難しくなる。


 だから、剣を投擲した。



 これは毒蜘蛛の糸吐き攻撃が一度に複数の的を狙うことができない、という弱点を突いての行動だ。


 その為、毒蜘蛛の糸吐き攻撃が投げた剣へと向くように誘導した。


 そうすれば、隙ができる。


 この一連の流れが毒蜘蛛戦で不利な状況になった時のために用意してきた策だ。


 この策に必要な技術は投擲能力。


 だから、俺は空白の期間に我が家の庭や森で投擲の練習をしてきた。



「《剣召喚》」



 俺は糸が巻き付いた剣を一度消して、また剣を自身の元に召喚した。それから明後日の方向へと未だに糸を吐いている毒蜘蛛に再び剣を投げた。



「よしッ!」


「剣士が剣を投げるとはな……」



 最初の攻撃で毒蜘蛛に付けた傷のところに剣が命中し、俺は歓喜の声を出した。

 父さんはそんな息子の姿を遠目に見ながら苦笑いをする。


 大牙猪戦や今回の毒蜘蛛で見せる。

 俺の戦い方は剣士の常識ではありえない。


 本来、剣士が剣を手放すことは死活問題へと繋がる危険な行為だ。そんな常識を持つ剣士が剣を投擲する姿を見れば、その心中は複雑なものとなる。


 剣を自由自在に召喚して消せる。

 俺だからできる戦法だ。


 向こうが木の高いところへと避難して遠距離攻撃をするのだから、俺だって遠距離攻撃で反撃しても問題ないだろう。



「《剣召喚》《剣召喚》《剣召喚》……」



 俺はひたすら剣を投げ続けた。


 それは毒蜘蛛の糸を誤射させ、傷付けた背中に剣を命中させる為だ。俺の投擲能力だと百発百中で剣を当てる事はできないし、またその威力も低い。


 だから、何度も剣を投擲する。


 これが通用するのも毒蜘蛛が大きく、その皮膚が柔らかいからだ。どちらかの条件でも欠ければ、この戦法は通用しなくなる。



「やっと、来たな」



 毒蜘蛛は、自身の状況が不利だと理解して攻撃手段を変えてきた。口から糸を吐き出すことを止めると、お尻を動かし上空へと糸を発射する。


 毒蜘蛛には、二つ目の噴射口がある。


 そのもう片方のお尻から放たれた糸は、俺の頭上にある木の枝へと巻き付いた。

 毒蜘蛛はその糸にぶら下がりながら俺の方へと突っ込んでくる。


 これは悪手だ。


 遠距離攻撃がダメだからと、近距離攻撃へと切り替えたい気持ちはわかる。


 確かに毒蜘蛛の口には、鋭い毒牙があって攻撃を許せば俺もただでは済まない。それに糸にぶら下がって攻撃をしてくるから勢いもそれなりにある。


 だけど、剣士の前では無意味。

 その間合いはこちらの得意分野だ。



「――ハァッ!」



 俺と毒蜘蛛は交差した。

 こちらに毒牙を向けながら突っ込んでくる毒蜘蛛に対して、俺は瞬時に攻撃をする為に踏み込む位置を決めてから動いた。


 そして、すれ違いざまに一閃。


 相手の攻撃範囲からギリギリ外れた場所で力強く踏み込み、俺の左側を通過する毒蜘蛛を両手に持った剣で横に斬った。


 最初の攻撃とは違い。


 しっかりと地面を踏み込んだ。

 力のこもった一撃だ。


 その攻撃で毒蜘蛛を真っ二つに斬ることは叶わなかったが、命を刈り取るのには十分な一撃だった。


「ローグ、最後の良かったぞ」


「この調子で頑張るよ。一日でも早く牛鬼と戦いたいからね」


 こうして、俺は第二鬼門で毒蜘蛛との初戦を終えるのだった。

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