第21話 ◇第一鬼門

「ローグ、よく耐え抜いたな。正直、父さんはその歳で五蓋道の試練を耐え抜くとは思わなかった。父として、誇りに思うよ」



 五蓋の試練を耐え抜くと父さんが話しかけてきて、自身の感想を俺へと漏らした。


 無事に試練を乗り越えた息子を誇りに思う反面で、信じられないという感情が表情と声から伺えた。



「なんとか、耐えられたよ。最後のは危なかったけど、父さんが近くで見守ってくれていることが力になったよ。ただ、また此処を通ると思うと……」


「安心しろ、五蓋道は一度きりだ。次からは普通の道と大差ないさ」


「えッ、そうだったんだ」



 俺が五蓋道への不安をこぼすと父さんから予想外の吉報がもたらされた。


 父さんが涼しい顔で何も感じていないように見えた理由。それは何度も試練を経験しているから平気なのではなく、そもそも二回目以降は試練などなかった。


 俺の心配ごとは杞憂に終わった。

 それから会話を切り上げて前へと進む。


 五蓋道を抜けた先には、広々とした薄暗い空間があった。

 そこには、さっきまで照明の役割を果していた禍々しい光は届いていない。


「父さん、これが鬼門なの?」


「あぁ、そうだ。この第一鬼門を抜けた先に餓鬼がいる」


 広々とした空間を少しだけ進むと行き止まりに辿り着いた。パッと見だと洞窟の壁があるだけだが、注意深く観察すると壁の前には大きな鳥居がある。


 その鳥居こそが鬼門だ。

 

 この鳥居のような鬼門をくぐった先には別空間が広がっていて、そこに行けば目当ての餓鬼や牛鬼がいるらしい。



「餓鬼って弱いんだよね?」


「弱い、ただ醜いだけだ」



 第一鬼門をくぐった先には餓鬼がいるだけで、危なくないと父さんから聞いていた。

 だから、俺は特に警戒することなく鬼門内へと進むことにした。



「じゃあ、このまま進もう」



 第一鬼門を抜けると、薄暗かった視界が一瞬で切り替わる。まず、視界に映ったのは辺り一面が枯れ果てた森だった。

 顔を少し上げてみると、赤錆のような色をした不気味な空が広がっていた。


 その空を見て、夜ではないとわかる。

 だけど、昼なのか夕方なのか。

 俺にはわからない。


 この空間を常識に当てはめて考えても無意味だと思い、俺は思考を捨て去り。


 ただ、受け入れることにした。


 空には、他に月か太陽のようなモノが一つだけ確認できた。陽炎のようにぼんやりと霞んでいるだけで、地上を照らす光が放たれているとは思えない。


 だから、直視したところで目が痛むようなことはなかった。そういった意味ではどちらかというと月に近かった。



「父さん、今って夕方かな?」


「見た感じだとそうとも言えるが……正直なところわからない。それに鬼門内はいくら時間が経とうがずっとこのままだぞ」


「へぇ~~不思議な場所だね」



 歩きながら父さんに疑問を投げかけると、意外な答えが返ってきた。俺の疑問は前提から間違っていて、この空間には朝昼晩という概念すらなかった。


 良く考えてみれば。


 太陽のようなものがないのに朝昼晩と変化するはずがなかったのだ。



「ローグ、後ろを見てみろ」


「えッ、あんなに大きかった……」



 父さんに言われて後ろを振り返ると、そこには第一鬼門があった。ついさっきくぐった鬼門の何倍もの大きさに驚かされた。


 目に映る鬼門の高さは30メートル弱ほどあり、横幅はそれよりも少し長い。

 そんな鬼門の周りには此処の空と同じような色をした靄があり、それが壁のようになっていた。


 次に俺たちがくぐって来たところに目を向けると、先が見えない漆黒の暗闇が存在するだけだった。



「ほんと、大きいよな。この鬼門は出入口から真っすぐに進んでいくと、次の空間へと繋がる鬼門がまたあるんだ」


「そうなんだ。それなら、鬼門内で道に迷う心配がないね」



 父さんからこの大きい鬼門は次の鬼門へと一直線で繋がっている、と聞いた。


 此処を創った何者かが、親切に攻略しやすいようにしてくれたのだろう。どんな意図で此処を創ったのか知らないが、俺の技能の為に有効活用させてもらおう。


 そんな事を思いながら、鬼門をぼんやりと眺めているとある事に気づいた。夜叉の洞窟前にあった棟門と目の前にある鬼門の色が類似している、と。


 棟門を最初に見た時は、なぜ黒く焦げたような見た目で造ったのかと疑問に思った。

 その理由が鬼門のイメージに似せたものだとすれば納得がいく。



「ローグ、聞こえたか」


「うん、あっちの方からだね」



 鬼門の観察を終えて1分ほど歩くと、何かが動く音が聞こえてきた。音のする方へと向かえば、俺の期待通り餓鬼がいた。


「酷い……見た目だね」


「言っただろ酷いって、臭いもなかなか強烈だから近づくときは息を止めた方がいいぞ」


「そうするよ」



 餓鬼。

 人に似ているが、人では無いなにか。


 泥色の汚い肌、両側頭部だけに残る灰色の縮れた髪が胸のあたりまで伸び、目が飛び出しそうなほどに痩せ細っている。


 特に目立つのは、異常に細い首とお腹が膨れて垂れ下がっている姿だ。



「これだと討伐というよりも……苦しみから解放するって感じだね」


「あぁ、生きているのが不思議なくらいに弱り切っているからな」



 目の前にいる餓鬼は、地面を這い蹲りながら必死に何かを探していた。その痩せ細った姿から何かしらの食料を求めての行動だと読み取れる。



「餓鬼に持ってきた干し肉でも少しあげてみようかな……」


「その気持ちは父さんもよくわかるが餓鬼に与えたところで意味はないぞ。ローグが気になるのなら、一度与えてみるといい」



 枯れ果てた森。

 そんな環境が広がる第一鬼門内で餓えと渇きを満たすことは不可能だ。俺は餓鬼のあまりに悲惨な姿に、せめて最後くらいは飢えを満たしてやりたいと思った。


 満たされた幸福と共に葬ってやりたい。


 そんな偽善から俺は干し肉を投げた。

 目の前に、干し肉が落ちたと気づいた餓鬼は一瞬で表情が変化する。哀れな餓える老人のような顔から人の生血を吸う吸血鬼の様な姿へと豹変した。



「ハハハッ、酷い呪だね……」



 餓鬼が干し肉に手を伸ばすも、触れた瞬間に干し肉が燃えて消え去った。


 だから、俺は嗤った。


 餓鬼の豹変した醜い態度と干し肉が無残にも消え去る二つの光景を見て。

 過去にどんな行いをすれば、こんな残酷な状況下に置かれるのかと。


 もう、迷いは消えた。


 餓鬼の姿が同情するほどに酷くて討伐することを躊躇していたが、今の光景を見てもうそれはなくなった。



「《剣召喚》」



 だから、俺は剣を召喚して餓鬼の細い首をスパッと刎ねた。その首が落ちる前には視線を外し、地面に餓鬼の首が落ちて転がる音だけが俺の耳へと届いた。


「父さん、行こうか」


「そうだな」


 こうして、俺は第一鬼門での初討伐を終え新たな獲物を探すのだった。

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