第19話 ◇大牙猪
「大牙猪ッ!!」
やっと、見つけた。
そんな気持ちから俺は大声で叫び、自身の存在を大牙猪に知らせた。
大牙猪は冬が近づくにつれて探し出すのが困難になる。別に熊のように冬眠する訳ではないが、活動時間と範囲が減っている。
それは森での食料確保が難しくなり、冬を越すために省エネモードとなるからだ。
十一月半ばの現在、獣たちもこれから冬が来ると分かっている。だから、少しずつ活動が減っていき、狩り人が大牙猪を見つけるのが難しくなっている。
逆に、雪解けが終わった。
三月頃からは大牙猪を狩る良いシーズンとなる。今よりも見つけやすくて大牙猪の体がやせ細っているからだ。
実際に、俺が初めて大牙猪を狩ったのもその時期だった。その時と比べて、目の前にいる大牙猪は分厚い脂肪の鎧を纏っていて狩りづらい状態だ。
だけど、俺はこの二年間で49匹もの大牙猪を狩ってきた。だから、相手のコンディションが良くても問題ない。
体も技術も成長した。
今の俺にとって敵ではない。
「こっちに来いよ」
俺の存在に気づいた大牙猪を煽るように挑発する。すると、大牙猪は警戒することなく俺の方へと突進してきた。
相手は子どもだと思っての行動だ。
それが命取りになるとも知らずに俺のいる位置まで近づいてきてくれた。
俺は大牙猪の牙がぶつかる少し前に後ろの方へと大きくジャンプをする。俺が飛んだ先には、数秒程度ならぶら下がっても大丈夫な木の枝があった。
木の枝を左手で掴んで空中へと避難した俺の視線は大牙猪へと向けられている。視線の先では、最大の脅威になるはずの大牙が片方だけ木に深々と刺さっていた。
俺は木に大牙が刺さった衝撃を左手で感じながら、飛び降りる位置を見極めていた。
「《剣召喚》」
落下先は大牙猪の鼻先。
左足で着地しながら、右足を大牙猪の頭上の方へと踏み出す。
それから右足を軸に半回転して、両手を俺の頭上へと持っていき剣を召喚する。
その時、剣先が大牙猪の眉間へと向くようなイメージで剣を召喚した。
それから召喚した剣を素早く両手で握って剣先が向く方へと、突き刺すようなイメージを持ちながら力強く剣を振り下ろした。
その結果、大牙猪の眉間へと剣が刺さる。
「フゴッ、フゴッ」
「暴れるな。このまま倒れろよ」
今の俺では、大牙猪の頭蓋骨を一発で貫通させるほどの力はない。それでも、頭蓋骨にヒビを入れるくらいのことはできる。
だから、俺は何度も剣を刺す。
この戦いは木から牙を抜くのが先か、剣が頭蓋骨を貫通させるのが先かの戦いだ。
俺は剣が大牙猪の眉間に刺さると、その剣を抜かずに両手を頭の上へと素早く戻す。
それから眉間に刺さったままの剣を消してから再召喚する。
「《剣召喚》《剣召喚》《剣召喚》……」
「フゴッ、プギッ~プギッ~」
激しく暴れる大牙猪の上から落ちないようにしながら、俺は何度も剣でザクッザクッと刺し続けた。
そして、剣が頭蓋骨を貫通した。
頭蓋骨さえなくなれば後は簡単な作業だ。
それを大牙猪も分かっているのか、鳴き声は抵抗するものから徐々に弱弱しいものへと変化していった。
「何度、見ても恐ろしい光景だな」
「父さん、それは誉め言葉かな?」
大牙猪が鳴くことを止め力尽きると、近くで見ていた父さんが声をかけてきた。
父さんから恐ろしい光景だと言われ、俺は否定することができなかった。
だから、軽口で返す。
9歳の息子が獣の上に乗って何度も何度も剣を振り下ろしていたら、そう思ってしまうのは無理もない。
眉間に剣が刺さる度に血がビュッと噴き出し、息子の手や顔が血で汚れていく様を見させられる父親の気持ち。
それがどんなものか。
父親になったことのない俺でもわかる。
「そんなわけあるか。とりあえず、ローグはその顔をどうにかしてくれ」
「ありがとう」
父さんは布を水筒の水で軽く濡らして、俺に顔を拭けと濡れた布を手渡してきた。
俺は受け取った布で顔を拭きながら、意識を進段強化に必要な素材の確認へと向けた。
――――――――――――――――――――
『進段状況』
〈討伐〉
・大牙猪(50 / 50)
〈吸収素材〉
・銅『吸収率100%』
〈強化素材〉
・青銅
〈熟練度〉
・剣技(600 / 600)
――――――――――――――――――――
よし、次の強化素材は青銅だ。
もし新たな条件でも追加されていたら、と少し心配していたので安堵する。それに強化素材が青銅ならまたおじちゃんに頼んであの倉庫が使える。
二年ぶりの村長チートだ。
父さんと一緒に大牙猪の後処理をして解体屋に運んだあと、青銅を求めておじいちゃんの家へと向かう事にした。
そうすれば、今日中に新たな進段の条件を把握することができる。今回の条件が少しでも緩いことを今は祈るしかない。
◇◇◇
無事に今回も村長チートを使って吸収作業を終わらせてきた。今は自分の部屋で新たな情報の整理をしている。
――――――――――――――――――――
『進段状況』
〈討伐〉
・餓鬼 (0 / 100)
・毒蜘蛛(0 / 100)
・牛鬼 (0 / 10)
〈吸収素材〉
・青銅『吸収率100%』
〈熟練度〉
・剣技(603 / 700)
――――――――――――――――――――
まず、最初に意識を向けて確認したのはもちろん剣技の熟練度条件だ。
前回はいきなり二十倍の条件を突きつけられて頭が痛くなった。
二年前の前回と比べたら、今回の熟練度97上げは安心できる数だった。
残る問題は、討伐条件。
討伐数は想定内の結果だったけど討伐対象が三種類に増えたのは意外だ。それと毒蜘蛛以外の餓鬼と牛鬼という生物がどこにいるのか分からない。だから、夕食後に父さんに聞いてみようと思う。
俺の予想としては、名前に鬼が付いていることから死鬼霊剣と何かしらの関係がありそうだと疑っている。
もし、そうだとすれば。
死鬼霊剣を大幅に強化できる。
チャンスが訪れたのではないか、と。
俺は期待せずにはいられない。
「《剣召喚》」
俺は剣を召喚し、この先どのような進化を遂げるのかと胸を膨らませながら観察する。
昨日まで銅剣だった死鬼霊剣は新たに青銅剣へと生まれ変わった。正直、その変化を剣の見た目から実感するのは難しい。
パッと見では、銅剣と同じだ。
青銅は、銅をベースに錫や亜鉛などが混ざってできた銅合金。しかも、その見た目はあまり銅とは変わらない。
ある程度の期間が経てば、青銅の表面に緑青色のサビが付着して、その見た目は名前の通りになる。
しかし、俺の手にある青銅剣はピッカピカの光沢がある銅剣にしか見えない。だから、石剣から銅剣へと進化した時と比べて感動が薄かった。
まあ、実際に使ってみればその違いに感動するかもしれないと、まだ期待感はほんの少しだけ残っている。
そういった意味では、明日の狩りがとても楽しみになってきた。
夕食後。
「ねぇ父さん、餓鬼と牛鬼って何処へ行けば狩れるか知ってる?」
「ッ!? どうして、ローグがその名を知っているんだ。あぁ、そうか。また、あの技能だな……」
俺が餓鬼と牛鬼のことを聞くと、父さんは目を見開いて驚き、それから思考が追いつき俺の技能だと検討を付けた。
「そうなんだ、技能に必要でね」
「餓鬼と牛鬼か……」
話を聞いた父さんの反応は、餓鬼と牛鬼を狩りに行く事に対して、何かしらの理由から抵抗感があるように思えた。
「何か、問題でもあるの?」
「あぁ、今のローグが餓鬼と牛鬼がいる場所まで無事にたどり着く事が出来るのかと……父さんは心配なんだよ」
「えッ!? 餓鬼と牛鬼が危ないとかじゃなくて問題は場所なの……」
「そうだ。今の実力だと牛鬼には苦戦を強いられるとは思うが、ローグの戦い方次第では十分に勝てる相手だろう。問題は二鬼がいる場所へとたどり着く為には、強靭な精神力がなければ心が壊れてしまうんだよ」
父さんが言う。
精神力が求められる場所。
そんな場所がヤシャ村の周辺にあったとは一度も聞いたことがないが……。
もし、あるとするなら恐らくそこは――。
「もしかして、そこは村の大人たちが『絶対に近づくな』と子どもたちに言っていた南西門を抜けた先にある場所かな?」
「おぉ、よくわかったな。ローグの剣が求める餓鬼と牛鬼がいるのは、南西門を抜けた先にある洞窟なんだよ」
やっぱり、そうか。
前から山に近いとはいえ、なんで東西南北以外に門があるのかと疑問に思ってはいた。
一つだけ不自然にある南西の門。
その先に何かがあるのかもしれない、と。
何度か考えたことがあった。
だから、俺は南西門が怪しいと思った。
「鬼が住まう洞窟か……」
「良い機会だから、ローグにも教えてあげよう。南西門を抜けた先にある洞窟は、強靭な精神力を持つ者だけが入ることを許される地であり。そこは、ヤシャの村の由来でもある――『夜叉の洞窟』と呼ばれているんだ」
南西門を抜けた先は鬼が住まう。
――夜叉の洞窟があり。
そこはなんとヤシャ村の由来でもあった。
そして何よりも夜叉の洞窟には、死鬼霊剣に必要な鬼たちがいる。
この事から死鬼霊剣と夜叉の洞窟。
その二つには、間違いなく何かしらの深い関係があるだろうと推測できる。
こうして、俺は死鬼霊剣と関係する。
夜叉の洞窟を知るのだった。
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