第18話 ◆憂鬱な日々

 十一月中旬。

 季節は秋から初冬へと変わり始め、今年の終わりも近づいてきた。


 死鬼霊剣が石剣から銅剣へと進化を遂げたのが、今から二年ほど前のこと。


 現在の俺は9歳となっていた。


 あれから二年の時が過ぎて、時の流れと共に俺の体も順調に成長していったが……未だに死鬼霊剣の方は銅剣のままだった。


 それがやっと、明日で終わりを迎える。


 まさか、銅剣の討伐条件と剣技の熟練度上げを達成するのに二年もの時間を費やすとは思わなかったが、ついに明日。


 死鬼霊剣が新たな姿へと進化する。


 以前の俺ならば、次の進化への期待に胸を躍らしていただろうが……今はそれ以上に不安な気持ちの方が勝る。


 次は何年くらい掛かるのか、と。


 ゼクスの俺はそんな期待と不安を抱きながら、今日も個人訓練場へと向かっていた。


 すると、前方から。

 目障りな人物が近づいてきた。



「まだ剣の稽古を続けるのか? そろそろ、何の成果も出ない。剣の道は諦めたらいいのに……ゼクスには幸運にも、頼りになる弟の僕が居るんだからさ」


「俺の行動を指図される筋合いはない」



 目障りな弟、へクス。

 昔はすれ違っても俺のことをただ睨むだけで無視していたくせに、去年から馴れ馴れしく接してくるようになった。


 去年の十月。

 へクスは7歳の誕生日にスキルの開花を成功させた。しかも、それはへクスがずっと望んでいた魔剣士系統のスキルだった。


 一方で、ゼクスの俺は9歳になってもスキルが開花していなかった。へクスが言う何の成果も出ない剣とは、俺のスキル開花のことを指している。


 去年、へクスがスキル開花すると屋敷内はその話で持ちきりだった。


『へクス様もスキル開花した』

『これで長男のリオウ様と並んだのか』

『次期当主はどちらになるのか』


 噂話をする者たちにとって一番気になることは、もちろん次期当主についてだ。


 グラディウス伯爵家には、三人の次期当主候補がいたが……今は事実上、俺を除いた二人となった。


 長男のリオウも7歳の時に魔剣士系統のスキルを開花させていたので、三男のへクスがそれに並んだ形になる。


 だから、7歳の時にスキルを開花できなかった俺は自動的に候補から外された。

 つまり、それがへクスの中にあった俺への敵対心を無くさせ、去年から俺に馴れ馴れしく接してくるようになった。



「そう、頑固にならないでよ。ゼクスは剣よりも領地経営とかの勉強に専念すればいいんだよ。そうすれば、僕がそれなりの地位を与えてあげるからさ」


「何度言っても俺の意志は変わらない。だから、いい加減諦めろ」



 本当に目障りな奴だ。

 自分が当主になった気でいるのは個人の自由だが、それに俺を巻き込もうとするな。


 へクスが俺に絡んでくる理由は明白。

 リオウの存在がそうさせている。


 向こうは兄妹仲が良く、リオウのことを妹たちが支えようとしている。一方でこちらは兄弟仲が良いとはお世辞にも言えない。


 その事を気にしての行動だ。


 俺から言わせれば、兄をあからさまに軽視してマウントを取ってくるような弟とは仲良くしたくない。

 それでいて、勝手にリオウのことを共通の敵だと仲間意識を持たれても困る話だ。


 俺は次期当主にも、お前たちにも。

 興味がないんだよ。


 ゼクスの行動原理はただ一つ。

 ローグ側の生活を充実させること。

 

 だから、ゼクスの俺が剣術を真面目にする理由もただ一つ、ローグも強くなるからだ。


 その時間を割いてまでへクスの為に無駄な勉強などする訳がない。


 頼むから関るな。


 俺のそんな気持ちなどお構いなしに絡んでくる弟は憂鬱の種でしかない。



「まあ、いいけどね。早くしないと僕の気が変わって後悔することになるはゼクスだよ」


「そうかよ……俺はもう行くぞ」

 


 こんな奴にいつまでも時間を使うのは勿体ない。だから、俺は早々に会話を切り上げて個人訓練場へと再び歩き出した。


 前からゼクスの生活は退屈だったが、今はそれを越えて憂鬱な日々となった。その原因はゼクスのスキル開花が兄弟たちよりも遅れているから。


 俺は別にゼクスのスキル開花がどんなに遅れようとも気にしない。だけど、周囲の過剰な反応は鬱陶しい以外の何物でもない。


 身勝手に、俺の心情を代弁するな。


 現在のグラディウス伯爵家では義母上ミリアに次いで、ゼクスが同情的な感情から腫れ物扱いされている。


 今までは知らなかったが義母上と同じ立場になって分かった。使用人たちの身勝手な噂話、同情や軽蔑などの視線がどれほど生活の妨げになるのか、と。


 俺と義母上ではその受け取り方も違うだろうが、不快なことなのは変わらない。


 『ゼクス様はかわいそうね』

 『きっと、肩身が狭いだろうに……』

 『将来はどうするのかしら』


 使用人たちがする噂話の中で俺を不快にさせるのは、こういった身勝手な想像から俺の心情を代弁して哀れむ話だ。

 なかには、謎の優越感から蔑みや軽蔑のような話をする者たちもいるが、まだそっちの方がマシだし気にならない。


 同情的な噂話を嫌う理由。それはローグ側の家族によって満たされた俺の心が否定されるように感じるからだ。


 俺はそういった気持ちからゼクスのスキル開花が遅れることを気にしなくても、だんだんと日々の生活が退屈なものから憂鬱なものへと変わっていた。


 ゼクスの憂鬱な日々。


 それはローグ側での生活にも影響を与えていた。なぜなら、死鬼霊剣の成長が止まっている現状への不安があったからだ。


 成長への不安。


 そこにゼクス側で味わった感情が日々加わることで、焦燥感に近いような不安な気持ちが増長していった。俺はそんな負の感情から解放されることを期待しながらローグの明日を待つのだった。

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