第15話 ◇反省会と朝練

「ローグ、疲れただろう。牙猪の処理は父さんに任せて少し休んどけ」


「父さんありがとう」


 牙猪との戦いが終わったという安堵感と共に、緊張によって感じていなかった疲労感がドッと押し寄せてきた。


 そんな俺の様子に気づいたのか。

 それとも予想していたのか。


 父さんが後処理を引き受けてくれた。

 俺はそんな父さんの気遣いに感謝し、その場で地面へと座り込んだ。


 狩り人の解体作業。


 父さんがする解体作業とは、あくまで村の解体屋に持っていく前に行うものだ。

 だから、牙猪の皮を剥いだり牙を抜いたりと素材をバラバラにすることはない。


 するのは、血抜きだ。


 牙猪は討伐されたことで肉体の生命活動は止まった。つまり、時間が経てば経つほどに肉体は腐敗していく。

 だから狩り人が行う解体作業とは、この腐敗を遅らせる為にする血抜きのことだ。



 牙猪の血抜き作業を始めた父さんは、狩り人団の倉庫から持ってきた大きな麻の袋から解体用のナイフとロープを取り出した。


 それから牙猪の両足にロープをしっかりと巻き付けてから木に逆さ吊りした。

 最後に吊るされた牙猪の首を掴み、付け根の下側にある頸動脈をナイフで刺す。


 すると、血がビュッと噴き出してからポタポタと地面に落ちていく。



「父さんお疲れ様」


「おう、ローグの方は少し休んで戦いの疲れは取れたか?」


「うん、もう大丈夫だよ」

 

「それなら、牙猪の血抜きが終わるまでの間に反省会でもするか」


 作業を終えた父さんは俺と同じように地面へと座った。


「そうだね。実際に牙猪と戦ってみて課題が見つかったよ」


「どんな課題か父さんに話してみろ」


「うん、当たり前のことだけど単純に力が足りないと感じたよ。それに慣れない足場でもいつも通りの実力を出せるようにしないといけないとも思ったよ」



 俺は牙猪戦で最後の攻撃以外はまともなダメージを与えることができなかった。牙猪の堅い毛や脂肪に攻撃が阻まれたこともあるが、単純に俺自身の力が足りなかった。


 それともう一つは平らな足場以外でも体勢を崩さずに攻撃ができないと話にならない。



「力に関してはローグの体が成長しないことには、まあ限界があるよな。足場とかの環境的な要因の方は、訓練や場数を踏めばある程度は克服できると思うぞ」


「そうだよね……」


「ローグ、そう落ち込むな。7歳で牙猪を倒したんだ。十分立派だぞ。体が成長するまでの間は、技術や経験で補えばいいさ」


「うん」


 父さんの言う通りで今は技術や経験を積むことしかできない。それは分かっているがすぐにでも力を手に入れたいという欲もある。


 ゼクス側で聞いた公女の噂みたいに、体の成長おも無視できるような力が欲しい。俺と同じ歳で騎士すらも倒す公女なら、それを可能とする能力があるはずだ。


 剣召喚の技能にもそんな能力があれば、とついつい無い物ねだりをする俺がいた。



「だからこそ、反省会で新たな気づきを得る必要があるんだ。今日だって上手くはいったが大きなミスもあったんだぞ」


「えッ……そう、なの」



 父さんの言葉は意外なものだった。

 確かに、今回の戦闘で俺は足りないものは感じたけど……戦う過程でミスをした覚えはなかったから。



「今回は父さんが教えるけど、次からは自分で何が良くて何が悪かったのかを考えて答えを見つけるんだ。その過程がとても大切で為になるからな」


「うん、わかったよ」


「さっきの戦いは見事だったよ。特にとどめを刺した突きなんて、父さんは見ていて感動したよ。だけど、最後の攻撃をする前がダメだったんだ。ローグ、此処はどこだ?」


「森」


「森には、牙猪が一匹だけか?」


「あッ!?」



 父さんの話を聞き理解した。

 自分がどれほど油断していたのかと。


 俺は父さんがいつでも助けてくれるという安心感に甘えていた。それに加えて牙猪戦の緊張も重なり油断していた。


 俺は森という環境で戦っているのに、目の前の牙猪との戦いしか考えてなかった。

 いつどのタイミングで他の獣たちが乱入してきても、おかしくない状況なのにだ。



「気づいたな。ローグは牙猪との戦闘中だんだんと視野が狭くなっていた。獲物に集中することは大切だが、しっかりと周りを見ろ。最後の突きは見事だったが、その反面で隙が大きい攻撃でもある。もし戦闘音を聞きつけた他の獣が現れていたら、戦況は一変していたかもしれない」


「父さんの言う通りだね。確かに、言われてみれば牙猪しか見れてなかったよ」



 今回の狩りでは多くのことが学べた。

 現在の実力や経験の足りなさ。

 そして、何よりも戦闘中に自分がどれだけ視野が狭かったのかと。


 実感させられた。


 もし、父さんに技能を打ち明けることなく一人で狩りを続けていたら、取り返しのつかない結末を迎えていたかもしれない。


 そう思うと。

 自然と気が引き締まった。



「今日の反省会は終わりだ。ローグの課題も見つかったことだし、それを克服する為にも明日からは訓練もするぞ」




 ◇◇◇




 父さんと二人で朝練を始めるようになってから今日で10日目となる。



「よし、この辺で終わりにするか」


「はぁはぁ、父さん今日もありがとう」


 俺の体力が尽きたところで今日の朝練も終わりを迎えた。父さんが軽く汗をかいた程度なのに対し、俺の方はバテバテで立っているのもつらい状況だ。


 朝練が終わると毎回こうなる。


 父さんの朝練メニューは軽い走り込みから始まり、体幹素振り、実践形式の打ち込みで終わる。


 走り込みと打ち込みに関しては特に驚くようなメニューではないが、体幹素振りは意外なトレーニング方法だった。


 これは牙猪戦で俺の課題となった。

 足場が悪い状況でも力が出せるようになるためのトレーニングだ。


 我が家の庭には、朝練を始めるまでなかった物が二つある。


 それは丸太と拳大の石だ。


 丸太は3メートルくらいの長さで半円状の形になるように斬られたものだ。


 切られたではなく、斬られたもの。


 牙猪を初めて討伐した日。

 血抜きを終えた牙猪を二人で解体屋に持ち込み、それから再び森へと戻った。


 父さんは森に戻ってからいくつかの木を物色し、目当ての木が見つかると『これが良さそうだな』と言ってからその木を一刀両断してみせた。



「明日からこれを使って朝練をする。父さんは丸太の形を整えとくから、ローグはその辺にある拳くらいの石をいくつか袋に入れといてくれ」


「わ、わかった」


 俺は戸惑いながらも、父さんの指示通りに麻の袋にいくつかの石を入れた。そして我が家の庭には、丸太といくつかの石が置かれるようになった。


 丸太は父さんに一刀両断されたことで二本に分かれ、それぞれ違う置き方で置かれている。片方は平らな面が上を向き、もう片方は平らな面が地面に接している。


 これで半円の立ちにくい足場と平らだけど揺れる足場が完成した。拳大の石の方は二つセットで使い、石の上にそれぞれの片足を乗せて立つ。

 形も大きさも違う二つの石が別の動きをしたりと、立つだけでも難しい足場となる。


 こういった、足場で剣の素振りをするのが朝練メニューの一つとなった体幹素振りだ。

 これで掴んだバランス感覚をそのままに次の打ち込みへと移る。


 これが父さんの考えた朝練だった。


 まだ10日間しかやってないけど。

 父さんのお陰で自分の実力が着実に伸びていることが分かる。


 その事が楽しくて嬉しい。

 

 そして、何よりも昨日の牙猪狩りで剣召喚の討伐条件が達成できた。


 それにより。

 死鬼霊剣の新たな力。



――――――――――――――――――――


『能力一覧』


〈初期能力〉

 ・能力 《剣召還》

 ・特殊能力 《解》


〈解放〉

 ・第一能力 《素材吸収》

 ・第二能力 《進段強化》

 ・第三能力 《剣技》

 ・第四能力 《――――》

 ――――――――――――――――――――



 第三能力 《剣技》が解放された。


 朝練と新たに得た力が俺の成長をより一層加速させるのだった。

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