第14話 ◇親子で狩り

 技能を打ち明けた翌日。


 村の西門近くにある。

 狩り人団の倉庫前に俺は居た。


 今日は昔からの念願だった。

 父さんと二人で狩りをする日だ。


 昨日、俺と父さんは話を終えるとそのまま家へと帰宅した。その後、夕食の席で父さんの口から俺の技能が目覚めたことを母さんとルナに知らせた。


 詳しい話は食事の席ではせず、夕食後に俺がルナに説明することになり、父さんが母さんに話すことになった。


 そして、今朝。

 父さんが母さんを上手く説得してくれたお陰で狩りをすることが許された。

 もちろん、父さんと一緒の時だけならという条件付きでだ。


「待たせたな」


 狩り人団の倉庫から出て来た父さんの背中には、さっきまではなかった。

 一本の黒い剣があった。



「それが父さんの愛剣か~」


「なかなかカッコいいだろ」



 父さんは狩りで使う剣を狩り人団の倉庫に置いている。昔は毎日持ち帰っていたそうだが、今は子どもたちに触れさせない為に狩りの時以外は剣を倉庫に置いてきている。


 だから、俺が父さんの愛剣を見るのは今日が初めてだった。



「よし、行くぞ」


「うん、行こう」



 倉庫で狩りの準備を済ませた父さんと共に西門へと向かう。すると、門の前には一人の大男が立ちふさがっていた。



「よう、クロード」


「フリード、どうして此処にいる」


「そりゃ~気になるからだよ。お前から明日は技能を目覚めさせた息子と狩りをするって聞いたからな」



 フリードと呼ばれる大男。

 彼は父さんと同じ狩り人団に所属し、そこで副団長を務めている。父さんとフリードは上司と部下以上に関係が深い。

 

 その関係性は幼馴染の親友だ。



「お前という奴は……」


「まあ、気にすんなよ。しかし、あれだな~お前よりも先に父親になった俺が先を越されるとはな」



 父さんは親友の行動に呆れたような声で苦笑いする。そんな父さんの事など気にすることなく、フリードは自身の感想を述べながら俺の方を見た。


 フリードには、三人の息子がいる。

 自分の息子たちよりも、遅く生まれた俺が狩りに行くことへの好奇心が含まれた。


 視線だった。


 それと同時に、自分よりも先に親子で狩りをする父さんへの軽い嫉妬もあるだろう。


 男同士は何かとくだらないことでも無意味に争うものだ。昨日、父さんが技能で驚かされたからと、自分も同じ技能で驚かしてやろうと行動したような謎の闘争心だ。


 これが俗に言う。

 男は馬鹿でいつまで経っても子ども。

 だと、言われる要因の一つだ。



「ローグ、久しぶりだな。可愛い顔してちゃっかりと技能を目覚めさせたそうだな。おじさんにも少し見せてくれないか」


「いいですよ――《剣召喚》」


「おぉ、これは凄いな。クロードから聞いてはいたが、本当に何もないところから剣が現れた。事前に知っていても驚かされるな」



 剣召喚を見た。

 フリードは興味深かそうに反応した。


 やはり、俺の技能は珍しいらしい。

 ゼクス側でスキルに関する情報を見ても、同じようなモノは載ってなかったしな。



「そんなに珍しいですかね」


「初めて見るタイプの技能だな。それどころか、そんな技能があるとはこれまで一度たりとも聞いたことがねぇよ。いや~良いモン見れたぜ。今度、一緒に狩りをする時があったら俺の大斧も見せてやんよ」


「楽しみにしてますね」



 フリードは大斧使いだ。

 俺や父さんのような剣使いをバランス系とするならば、大斧使いは間違いなくパワー系の部類の武器だ。


 フリードは、体格がそれなりに大きい父さんが小柄に見えるほどの大男だ。彼の特徴は茶色の短髪と、雑に整えられたあご髭がもみあげまで伸びていること。


 フリードは体格も見た目も。

 パワー系の大斧使いらしさに溢れている。


 そんなフリードと更に数分ほどの世間話をした後、俺と父さんは西門を通って森へと向かうことになった。



 

 ◇◇◇




「ローグ、いたぞ」


 森に入ってから10分ほど経った頃、父さんが今日のターゲット牙猪を見つけた。

 初めて狩った兎と同じで、その見た目は前世とほとんど変わらない。


 焦げ茶色の毛に全身を覆われた猪。


 注目する点があるとすれば、下あごから生えている二本の牙だ。口内からはみ出した牙は鼻先を少し越えたあたりまで伸びている。


 もし無防備な状況で牙猪からの突進を許せば、あの牙によって致命傷は免れない。



「父さん、行ってくるよ」


「さあ、行ってこい! 慌てずに父さんの指示通りに動くんだぞ」



 父さんからは事前に牙猪との戦い方を教わっている。今回はそれに従って討伐する。


「《剣召喚》」


 牙猪に近づいた俺は右手に剣を召喚してから近くにある木を叩いた。すると、当然ながらに牙猪の意識はこちらへと向く。


 目と目が重なる。


 俺は警戒しながら牙猪の動きを観察し、相手の反応を待っている。

 剣を召喚してからの俺の動きは、父さんからの指示によるものだ。


「来るぞ!」


 父さんの声と共に、牙猪は俺の方へと突進してきた。そんな牙猪の動きに俺は剣を振る事なく、突進を避ける事だけに専念する。


 それから何度も突進を繰り返す牙猪に俺は変わらず、避ける事だけに専念した。


 牙猪の背は低く、7歳の俺よりも小さいように見えるが体重は牙猪の方が重い。そんな相手にミスをすれば、今の俺では一回の攻撃だけでも命取りになる。


 だから、慎重に動く。

 相手の動きを見極める為に。



「ローグ、わかったか?」


「うん、突進が直線的だね」



 牙猪は一度突進を始めると、方向転換することができない。方向を変えるには速度を落としてからじゃないと上手くできない。

 これが牙猪攻略のカギだ。


「攻撃開始だ!」


 俺が牙猪の動きを見極めたと判断した父さんは次の指示を出した。俺はこれまで通りに牙猪の突進を避けながら、すれ違いざまに片手で剣を振るった。


「やっぱり、ダメか」


 俺の実力と石剣では、牙猪の堅い毛に阻まれてまともなダメージを与えることができない。さらに森という環境的な要因も加わり、普段通りの力が出せないことも原因だ。


 足場の重要性を理解する。


 ただ避けて、すれ違いざまに剣を振るうだけではダメだ。剣を振るう場所を事前に予測しながら動く必要がある。


 なるべく、平らに近い安定した足場で剣を振るえるように。



「だいぶ慣れてきたようだな。よし、機会を見極めて止めを刺せ」



 足場を安定させた攻撃を何度か振るったが、牙猪にまともなダメージを通すことはできなかった。


 今の俺では、普通に戦っても牙猪を倒すことはできない。


 だから、弱点を突くしかない。

 教えてもらったやり方で。


「これで終わりだ! 終わらせる!」


 俺は突進を終え、方向転換しようと動く牙猪の目の前へと走り出した。

 今までは方向転換するたびに牙猪との距離を確保していた。


 それは攻めることよりも、避けることを意識した立ち回りだ。しかし、今は牙猪に止めを刺すために行動している。


 守りを捨て、攻めに転じる時。


 驚く牙猪を目の前に、俺は斜め下から右上の方へと剣を振り上げた。二本の牙の間を通すように牙猪の鼻先を狙った攻撃だ。


 剣が鼻先に触れる直前。

 俺は手首にスナップを利かせ、剣の平らな面がぶつかるように動かした。


 剣で斬り上げる攻撃ではなく、鈍器のようなもので叩き上げるようなイメージでだ。

 すると、牙猪はビクンッと体を震わせ動きが止まる。


 硬直状態だ。


 牙猪は鼻先が敏感らしく、強い衝撃が加わると一時的に動きを止める。

 だから、斬り上げる攻撃ではなく叩き上げるように剣を動かした。


「今だ!!」


「おぉぉーー」


 父さんの声を聞きながら、俺は必ず仕留めてやると意気込んで叫ぶ。それと同時に、俺は左足を地面に沈めこむように力強く踏み込みこんだ。


 今まで右手だけで持っていた剣に。

 振り上げた先で左手も添え。


 今度は上から下へと剣先を向ける。

 剣先が捕らえる先は牙猪の眉間。


 俺は剣を両手に持ち替え、牙猪の眉間へと強烈な突きで攻撃をする。もしこれで仕留めきれなければ、今度は俺の方が大きな隙をさらすことになる。


 この攻撃は、諸刃の剣だ。


 左足に力を込めたことで重心は前の方へと倒れ、両手で牙猪に突き刺した剣からは一瞬だけ大きな抵抗を感じ、それが終わるとスッと中の方へと剣は吸い込まれていった。


 牙猪の頭蓋骨は剣を阻む最後の砦だ。

 それさえ越えれば急所の脳があるのみ。


 脳を貫かれた牙猪から力が抜けていくのを感じ取った。それから俺はゆっくりと眉間に突き刺さった剣を引き抜いた。


「ローグ、よくやった」


 こうして、俺は多くのことを学んだ牙猪との戦いを終えるのだった。


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