第11話 ◆公女の噂

 ゼクスの俺は剣術の授業を受ける為に個人訓練場へと向かっている。その道中で昨日の夕食後に父さんから呼び出されたことなどを考えていた。


 明日、二人で話がしたい。


 父さんからこんな感じで呼び出されたのは初めてだった。それほどまでにスキル開花後の様子がおかしかったのだろう。


 自分では、上手くやれていると思っていたが……それは違った。昨日はルナの件もあったし、俺は家族との接し方を改めて考えないといけない、と思った。


 ローグの家族は温かくて優しい。

 だからこそ、俺は今世に希望が持てた。


 しかし、それは前世で俺が経験した家族との関係とはかけ離れ過ぎていて今回のように対応に困ることがある。


 これは贅沢な悩みだ。


 前世は俺の様子が変わっても、気にしてくれるような家族はいなかった。

 だから、俺も家族を気にすることなく好き勝手に過ごしてきた。


 そんな俺だから、分からなかった。


 スキル開花してからの俺を家族が気にしていたこともそうだし、剣の育成で妹との遊び時間が減ってしまったことで、ルナが悲しむ姿を見る事になるとは。


 これからは考えなければならない。


 家族との時間と自分の時間。

 二つのバランスを。


 今世は俺だけの人生じゃない。

 家族を含めて俺の人生だ。


 俺は朝からこの事についてずっと悩んでいたけど、いまだにその答えは出ない。

 

 だから、父さんに頼る事にした。

 俺がこれからどうすべきか。

 父さんなら導いてくれるはずだ。


 俺はそんなことを考えながら個人訓練場へと向かっていた。

 すると。

 騎士たちの話し声が聞こえてきた。



「ゼクス様も大変だよな~同じ歳に公女様のような天才がいたら肩身は狭くなるだろうしプレッシャーも凄いだろうな」


「ほんとだよな。最近はあの変わり者で有名な公爵家の噂ばかりだしな」



 また、サラセニア公爵家の話か。


 一年前くらいにサラセニア公爵家の三女が天才だという噂は耳にした。あの時は公女の噂を話す者たちも半信半疑の状態で面白半分に語る程度だった。



「そりゃ~そうだろ。3歳の時にスキルが開花して、5歳になった頃には騎士相手に模擬戦で勝ったんだろ? そんな凄いご令嬢が噂にならない方がおかしいだろ」


「まあな、その噂が本当なら……もうすでにBランク冒険者のレベルなんだろ? 俺たちも戦ったらやられるよな……」


「違いねぇ〜な。同じ騎士として、公女様の相手をしたサラセニア公爵家の騎士たちには心の底から同情するよ」



 騎士たちの話にもあったが、公女は3歳の時にスキルを開花した。それだけでも珍しい例なのに、彼女が待つスキルの性質は複雑なモノだった。


 槍と雷属性。


 二つの要素が合わさったスキルは普通のと比べて開花が難しい。もし片方だけの簡単なスキル開花の条件ならば、珍しい例であるのは変わらないが信じることができる。


 剣や槍などの武器に触れた。

 雨や雷を見て魔法に目覚めた。


 これらの例ならば、3歳の子どもがスキルを開花しても信じられる。


 しかし、公女の例はそれらとは別だ。


 一般的に、人の記憶がハッキリとする年齢は3歳〜4歳からだ。その中でも『自分自身についての記憶』は発達するのが遅く、機能し始めるのは4歳頃からだと言われる。


 それらの理由から二つ以上の要素を含んだ複雑なスキルは、どんなに早くスキルが開花したとしても4歳からだと思われている。


 だから、スキル開花を本格的に試みる年齢はどんなに早くても4、5歳になる。


 つまり、それ以前の無意識的な記憶の状態では複雑なスキル開花は不可能だとされ。


 もし、そのようなスキルを無意識的な記憶の状態で開花する人物がいるのなら。


 それは神から与えられた才能。

 まさに、正真正銘の天才。


 こういった考えになるのも理解できる。


 前世の記憶を持つ俺ですら、スキル開花を意識してなかったとはいえ7歳だった。


 だから、一年前に公女の噂が広まった時は信じられない人が多く、一か月もしない内に噂を聞くことがなくなったのだろう。


 それが最近になって、天才公女の噂は事実だったと分かり、以前と違い噂を熱く語る者たちまで現れるようになった。


 何度も聞いたせいか。

 俺も噂の真相が少し気になってきた。




 ◇◇◇




「ゼクス様、本日もいつも通りのメニューで宜しいですか?」


 個人訓練場で俺の前に立つ男。


 剣術の指導役アルフレッドが今日の授業もいつも通りでよいかと尋ねてくる。


 それは基礎的な剣の振り方や歩法の確認から始まって、最後に指導役のアルフレッドとの模擬戦形式で訓練をするメニューだ。


 俺の方から基礎をしっかりと学びたい、と最初に伝えた。だから、アルフレッドは今日も基礎的なメニューでいいのか、と聞く。



「あぁ、今日もそれで頼むよ。アルフレッド、剣術とは関係ない事だが……質問いいか?」


「えぇ、もちろん。私が回答可能な質問であれば、何でもお答えしますよ」



 アルフレッド。

 彼は賢そうな顔立ちで平均的な体格を待つ二十代半ばの男騎士だ。


 一番の特徴は、紫色の髪。


 彼の髪型は前髪が気にならない程度の長さで自然に整えられている。男騎士としては珍しくない髪型だが、彼の持つ紫髪のせいなのか印象に残りやすい人物だ。


 アルフレッドは賢そうな顔立ちの見た目だけでなく、実際に物知りな一面もある。


 そんなアルフレッドなら、俺が個人訓練場に来る途中で気になってしまった。


 公女の噂を聞くのにピッタリな人物だ。



「助かるよ。最近、騎士たちの会話からサラセニア公爵家の話をよく聞くんだけど、あれは本当か? なんでも、俺と同じ年の公女がすでにBランク冒険者のレベルだとか」


「その話ですか、私も最初は耳を疑いましたが真実のようですよ。公女様は武術の才能にも恵まれ、貴族の間では『聖槍の雷姫』などと呼ぶ者までおります」



 本当だったのか。冒険者には、強さや実績に応じてランクが与えられる。

 冒険者ランクは強い順からA、B、C、D、Eと分けられている。

 それに加えて、見習い冒険者のFランクと人外認定された者たちのSランク。


 騎士で例えると。

 騎士見習いがDランク冒険者のレベル。

 騎士がCランク冒険者。

 役職持ちの騎士はBランク以上となる。


 噂の公女は5歳で騎士に勝った。

 この事から公女の実力は最低でも。

 現在、Cランク冒険者以上だとわかる。



「公女が聖槍の雷姫か……つまり、いずれは父上と同じ『聖』の称号を得ると、貴様たちから期待されているか」


「いいえ、期待ではなく確実にサラセニアの公女様が『聖』の称号を得る。もしくは得る事ができると判断されたからです。いくら噂好きの貴族であっても、帝国貴族である以上は軽々しく『四神八聖』を語ることは許されませんからね」


 予想以上だ。


 公女が天才とはいえ、これから落ちぶれる可能性は十分にある。それなのに、貴族たちは公女が望めばいずれ『聖』の称号が確実に得られると評価した。


 四神八聖は、人外と呼ばれるSランク冒険者たちでも簡単に得られるものではない。


 冒険者のランクで言うとすれば。

 実際には、存在しない。

 SSやSSSランクの冒険者のようなものだ。


 だからこそ。

 帝国貴族は軽々しく『神』や『聖』などの称号で誰かを評価することは許されない。

 実際に、称号がある者か。

 それに匹敵する未成年の者に限る。



「公女の……実力はそれほどなのか。それじゃあ、噂が広まるのも納得だ。それなら逆に公女の噂が広まるのに、時間が掛かり過ぎだと思うんだけど?」


「その事に関しては、有力な説が二つほどあります。一つ目は娘の暗殺を恐れたサラセニア公爵が箝口令を敷き、情報の規制をした。二つ目は皇太子殿下と公女様が秘密裏に婚約を結んでいたのでは、という二つの説です」


「アルフレッドはどっちだと思う?」


「私としては、後者の説ならあり得ると思えましたね。他の家門ならば分かりませんが、あのサラセニア公爵が暗殺を恐れるということはないかと。それ以前に、彼のテリトリーでは暗殺は不可能に近いです」


 皇太子か。

 そういえば、公女の噂が広まる前は騎士たちがよく皇太子の話をしてたな。

 

 今年で皇太子が10歳となる。

 4歳でスキルを開花した。

 優秀な皇太子。


 公女の存在がなければ、間違いなく世間から天才と言われていただろう人物。


 もしも皇太子と公女が本当に婚約していたのなら、皇族としては未来の皇帝陛下になるかもしれない皇太子が、妻よりも劣ることを避けたかったのだろう。


 皇帝の威厳に関る問題だからな。



「公爵は『四神八聖』ではないが、それほどの実力者なのか?」


「えぇ、サラセニア公爵家では『四神八聖』に匹敵する力を有する実力者が過去に何人かいましたが、一度たりとも称号を得ようとしたことはありませんでした」

「その事も世間から『変わり者』と呼ばれる要因の一つとなっています。その様なサラセニア公爵家で歴代最強とまで言われる現公爵に手を出すことは自殺行為を意味します」



 まさか、サラセニア公爵家がここまで凄い家門だったとは知らなかった。現公爵の実力も考慮すれば、帝国内では皇族とサラセニア公爵家の二強なので?



「二代連続で実力者を輩出した。今のサラセニア公爵家は敵なし状態か」


「帝国最強の盾に加えて、最強の矛候補までいますからね。さて、サラセニア公爵家の話はこのあたりで切り上げましょうか」



 現公爵についてもアルフレッドから詳しく聞きたかったが、それはまたの機会の楽しみに取っておくか。


 さて、今日も剣術を頑張るか。


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