第10話 ◇兄妹

 ローグが一回目の吸収作業を終えた頃。


 妹のルナはランニングからなかなか帰ってこない兄に対して。


「むぅ~また、おにぃが帰ってこない」


 頬を膨らませながら不満を漏らしていた。


 ローグは5歳の時からランニングをするようになった。きっかけは妹がお昼寝している時間が暇だったから。


 だから、最初の頃は妹が起きるくらいの時間に合わせて、ランニングを切り上げるようにしていた。

 その暇つぶしで始めたはずのランニングは思いのほか楽しく、気づけばローグの日課となっていた。


「今日は早く帰ってくるよって言ってたのに……おにぃの嘘つき」


 ルナは兄がランニングをすることに対してはなんの不満もないし、少し帰りが遅くなったくらいでは気にしない。

 しかし。

 最近の兄は帰りが遅すぎる、と。

 ルナは不満を抱くようになった。


「やっぱり、おにぃの様子がおかしい。あの日の朝からおかしくなったの」


 ルナは最初から気づいていた。

 ローグが剣召喚のスキルを開花した日からおかしくなった、と。


 その日の朝食時。


 剣召喚のことが気になっていたローグは上の空状態で食事をしていた。食事の手はなかなか進まず、何もないところをずっと見ていたりと異変はあった。

 そんなローグの変化に両親と妹が気づかない方が不自然だろう。


「でも……お母さんは大丈夫って」


 兄がおかしいと気づいてから数日後。

 ルナは母ルシアに相談をしていた。


「お母さん、おにぃが変だよ……」


「そうね……確かに最近のローちゃんは様子が少しおかしいわね。考え事をしたり、何かに悩んだりしている姿をよく見かけるようになったわね」


「今日もね、じぃじとばぁばの家に行くとき変だったよ。ルゥがね『おにぃ、おてて~』って言ってもすぐにおててしてくれなかったの……おにぃ、大丈夫かな?」



 ローグが畑仕事の手伝いをする日。

 ルナはいつものように父クロードに肩車をしてもらいながら、父と別れる共同水くみ場まで三人で移動した。


 その間は、普段より口数の少ない兄のことを気にすることはなかった。それは父であるクロードが自分の方へと、ルナの意識が向くように誘導していたからだ。


 そんな父の気遣いにより、ルナはいつものように肩車を楽しみながら共同水くみ場まで行くことができた。


 しかし、父の苦労は報われず。


 肩車から降りたルナが兄へ手繋ぎを求めた時、考え事をしていたローグは上の空状態で無反応になってしまった。


 そんなローグに対して、ルナが『おにぃ〜おにぃ〜』と声を出しながら手を何度か引っ張ったところで、やっとルナは自身の存在に気づいてもらえた。



「それは……寂しかったわね。でも、きっと大丈夫よ。時間が経てば、ローちゃんはもとに戻るはずよ。だから、それまでの間は我慢してあげてね」


「うん、我慢がんばる〜」


 ルナは母との会話を思い出して、寂しさを我慢しようと頑張っていた。


「はやく帰ってこないかな〜」




 ◇◇◇




 俺は夕食の一時間前くらいに帰宅し、自分の部屋へと戻ってきた。俺は満足のいく成果が得られたことで、いつもより少し浮かれながら部屋の扉を開ける。

 すると。


「る、ルナ!?」


 俺の部屋にはルナが居た。

 ベッドの上に座っているルナは不機嫌そうな顔をしていた。ルナの表情から俺は昼食後の出来事を思い出す。


 最近、帰りの遅い俺にルナが不満を持っていることは知っていた。だから、今日は少し早めに帰ってくると伝えていた。


 あの時の俺は吸収作業の残りがあと4%だったから早く帰れると思っていた。

 しかし、吸収作業に夢中になっていた俺はいつの間か妹との約束を忘れ、予定外の延長作業までしてきた。


 だから、不機嫌そうにしているルナを見て俺は焦りと不安に襲われた。


 やって、しまった。


 さっきまでの浮かれた気分は一瞬で何処かへと吹き飛び、なんて言葉をかければいいのだろうか、と変な汗をかきながら悩む。


 前世は妹がいなかった。


 そんな俺には、兄妹間で約束を破ってしまった時の対処法が分からない。


 俺の対応次第では、妹に嫌われる?


 そう思ったら、思考が止まる。

 だから、俺は妹の名前を呼び。

 ただ反応を待つことしかできなかった。


「おにぃ、変だよ。ルゥね、ず~とおにぃが帰ってくるのを待ってたんだよ。今日は早く帰ってくるって、言ってたのに……どうしてまた遅いの?」


「ごめん、ルナ……」


 ルナの返事を聞いた俺は更に混乱した。

 最初は俺が約束を破ったからルナが不機嫌になって、怒っているのかと思った。


 けど、実際は違った。


 約束を破られた事への怒りよりも、寂しさや悲しさのような感情の方が強かった、と。

 ルナの声から感じ取れた。


 だから、尚更。

 どうやって対応すればいいのか。

 俺は分からなくなった。

 

 妹に嫌われたくないから。

 大切だからこそ。

 答えが分からない。


 ルナの声を聞いた俺は、妹を悲しませてしまった罪悪感と、これからどうしようかという不安から頭の中が真っ白になった。


 そのせいで俺は、ルナの疑問に求められていた答えをこたえられずにいた。そんな状況が続き、気づけば夕食の時間となっていた。


 その結果。


 俺とルナの関係は今までとは違い、気まずいものへとなってしまった。


 当然、夕食の席では俺たちの異変を母さんと父さんは感じ取った。

 そして、夕食が終わったタイミングで俺は父さんから呼び出され。



「ローグ、ルナと何かあったのか?」


「うん、遊ぶ約束をしてたんだけど、他の事で夢中になってて忘れちゃったんだ。それでルナとは……」


「それはローグが悪いな。最近、様子が少し変だが……もしかしてその事が関係しているのか?」


「……」


「やはりそうだったか。その事も含めてな、父さんはローグと二人で話がしたいと思っている。だから、明日は畑の手伝いが終わったら二人で話しをしよう。いいな?」


「うん、わかったよ」



 こうして、俺は父さんと二人で話し合いをすることになったのだった。


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