第8話 ◇解放と吸収

 兎狩りの翌朝。


 ローグとして目を覚ました俺は憂鬱な気分で朝を迎えることになった。


 もちろん、原因は昨日の兎狩りだ。


 兎狩りの後、帰宅した俺はそのまま自分の部屋へと真っ直ぐに向かい、夕食の時間まで一度も部屋を出る事はなかった。そんな俺は夕食の席で家族に心配を掛けてしまった。


「おにぃ〜食べないの?」


 夕食を前にしても全く手をつけない俺の姿を見て、心配そうな表情を浮かべながら妹のルナが声を掛けてくれた。


 可愛くて大切な妹に心配を掛けるなんて、俺はダメな兄だと思った。



「ちょっと、体調が悪くてね……ルナ、お兄ちゃんを心配してくれて、ありがとな」


「あら、ローちゃんどうしたの?」


「いつもの日課で走っている時に気分が悪くなって……せっかく、母さんが美味しいご飯を作ってくれたのに……」


「ローちゃん、無理しないでいいのよ」



 その日の夕食は母さん特製の猪肉煮込みと蒸しジャガイモにサラダだった。

 母さんが手間暇掛けて作ってくれたご飯も、今日は喉を通らない


 そんな俺に母さんは優しい声で『無理しないでいいのよ』と言ってくれた。


「ローグの分は俺が美味しく食べるから何の心配もいらないぞ」


「ルゥ〜も手伝うよ」


 父さんが俺のご飯を食べるから心配いらないと言ってくれ、そんな父さんに続いてルナがフォークを持った右手を前方へと軽く上げながら『ルゥ〜も手伝うよ』と言った。



「二人とも無理しないでね」


「ルシアの手料理は美味しいからな。いくらでも食べられるさ」


「おかーさんのご飯いつも美味しぃ〜」



 こんな感じで俺は夕食を一口も手をつける事なく、自分の部屋へと戻った。



 前世で死ぬ直前の俺は大切な何かが欠落していたと思う。あの時なら兎を討伐したところで何も感じることはなかっただろう。


 そんな俺が昨日のような感情を抱くようになったのも。ローグ側の温かくて優しい家族と触れ合ったことにより、大切な何かを取り戻せたのだと思った。


 本来の人が持つべき心を取り戻すことができたからこそ、今の状況がある。


 ローグの家族には、感謝しかない。


 今もなお抱いているこの感情とは、時間を掛けて向き合っていくべきだろう。この感情のことをいつまでも考えたところで答えは出ないだろう。


 これから俺が成長して経験を重ねることでいつかその答えが出るかもしない。


 だから、別の事に意識を向ける。

 元々の目的だった事に。


 ――――――――――――――――――――


【剣名】死鬼霊剣〈零〉

【剣質】粗悪な木剣

【段階】零

【解放】ー


『能力一覧』 『進段状況』

 ――――――――――――――――――――



 昨日の兎討伐により死鬼霊剣の【解放】が『初』から『一』に変化した。これが意味することは、剣の能力解放状況が〈初期能力〉から〈第一能力〉へとなったこと。


 つまり、第一能力を解放する為に必要だった条件は兎一匹の討伐だけで良かった。


 そして、解放された第一能力は――。


 ――――――――――――――――――――


『能力一覧』


〈初期能力〉

 ・能力 《剣召還》

 ・特殊能力 《解》


〈解放〉

 ・第一能力 《素材吸収》

 ・第二能力 《――――》

 ――――――――――――――――――――



 ――《素材吸収》だった。


 これについてはすでに『進段状況』として把握していることがある。


 それは――。


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・兎(1 / 1)


〈吸収素材〉

 ・木の枝『吸収率0%』

 ――――――――――――――――――――



 今までは【段階】を上げるのに必要なことは、兎を討伐する事だと分かっていた。


 その討伐を達成した、今。


 死鬼霊剣に必要なことは、兎の討伐から木の枝を木剣に吸収させる事へと変化した。


 恐らく、木の枝を吸収する事で【剣質】の粗悪な木剣が変化するだろう。


 粗悪な木剣→木剣になるのか?

 粗悪な木剣→上質な木剣とかになるか?


 これについては実際に《素材吸収》の能力を使って〈吸収素材〉である木の枝を吸収してみなければ分からない。

 だから、当面の目標は木の枝『吸収率0%』から『吸収率100%』にすることだ。


 それにより【段階】が零から上がるのか?


 それとも、第二能力の方が先に解放されることで新たな能力を得るのか?


 どちらにしても楽しみだ。


 今回は兎討伐の時とは違い、村の中だけでも出来ることなので少し気が楽だ。


 この結果により、俺は当面の目標を村の中でコツコツと木の枝を集め、死鬼霊剣に吸収させることにした。




 ◇◇◇




 俺が村の中で木の枝を集め始めから今日で九日目となる。第一能力を解放する為に必要な条件だった『兎の討伐』は精神的な辛さはあったものの。


 たったの一日で達成できた。


 それもあって、集め始める前の俺は数日の間には終わるだろうな、と思っていたが……その結果は一週間半だった。


 今の時点では、まだ木の枝集めは終わってないが、昨日までの吸収ペース通りなら今日中には終わるだろうと思っている。


 現在の吸収率は。


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・兎(1 / 1)


〈吸収素材〉

 ・木の枝『吸収率96%』


 ――――――――――――――――――――



 まず、吸収率は96%となった。


 昨日までの八日間でここまで木の枝を吸収することができた。


 一日あたりの平均は12%。


 今日の達成目標はもちろん吸収率が100%になるまで集め切るなので、木の枝の吸収率で言うと残り4%となる。


 昨日までの探す時間と比べたら、三分の一ほどの時間で終わる計算だ。俺がそんなことを考えながら歩いていると、さっそく木の枝を発見した。



「《剣召喚》」



 見つけた木の枝まで数歩のところで剣召喚をし、それからソッと剣先を触れさせる。



「《素材吸収》」



 木の枝に剣先が触れた後、新たに解放された第一能力の《素材吸収》を使用した。


 すると、一瞬で木の枝は消え去った。


 消えるスピードが速すぎて、残念ながら俺の動体視力では、木の枝が何処に消え去ったのか目視する事はできない。


 木剣の中に吸収されるのが事前に分かっているのにだ。前世でマジックの種明かしをされても、相手が凄腕のマジシャンだと何度見ても分からないと聞いた事がある。


 まさに、そんな感じだ。


 初めて木剣に木の枝が吸収されるのを見てから一週間以上も経つけど、未だに吸収される瞬間を見ると少しワクワクする。


 あと木剣の方も木の枝を吸収し始めてから九日目にもなると、ボロボロだった木剣は新品を通り越して高級な木剣の一歩手前くらいまで見た目が良くなっている。


 まだ木剣だけど、自分の武器が強くなっているのをその見た目からも実感できる。

 だから、面倒くさいはずの吸収作業も未だに飽きることはない。


 一日でもはやく。

 この剣が辿り着く先が見たい。

 どんな、剣へと育っていくのか。

 好奇心が止まらない。


 そんな思いは数日前。


 ――――――――――――――――――――


【剣名】死鬼霊剣〈零〉

【剣質】木剣

【段階】零

【解放】一


『能力一覧』 『進段状況』

 ――――――――――――――――――――



 木剣の【剣質】が上がったことで。

 さらに強くなった。


 予想通りではあったけど、粗悪な木剣から『粗悪な』がなくなり木剣となった。


 その事が成長をより実感させてくれた。


 もう俺は既に。

 剣育成の中毒になっている。

 さあ、残りの吸収作業も頑張ろう。


 こうして、俺は木剣で最後となる吸収作業を鼻歌混じりに始めるのだった。


 大切な存在を忘れながらも……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る