第7話 ◇はじめての狩り
現在の時刻は昼過ぎ。
これから俺は死鬼霊剣〈零〉の能力を解放する為に、兎を狩りに村の外へと行く。
兎を狩ること事態は特に問題ない。
問題は母さんを心配させない為に、家族や村のみんなにバレないように兎を狩らなければならない。
普段の何気ない会話の中でも父さんの様に俺も狩りがしたいと言うと、母さんはいつも『ローちゃんはまだ小さいんだから、狩りをするなんてダメよ!』と怒られる。
母さんはとても優しくて良い母親なんだけど、少し過保護なところがある。
心配してくれる理由はよく分かるし、まだ俺の年齢が7歳なのも大きいだろう。
ゼクス側の母上とは違って、本当に大切にしてくれるのがよく分かるし感じるからこそ無駄な心配はさせたくない。
その為には家族だけではなく、村のみんなにも見つかってはならない。もしも見つかるような事があれば、母さんの耳にも入ってしまう可能性が大きいからだ。
父さんとか狩り人団の人達なら今回だけならと、秘密にしてくれるかもしれないがその確証もない。だから、兎狩りの行き帰りには最大限の注意を払う必要がある。
もし討伐対象が鼠とかなら村の中でも何度か見かけたことがあるんだけど、生きた兎を村で見たことは一度もない。
だから、兎を狩る為にこっそりと村の外へと行き、何事もなかったかのように帰ってくる必要がある。
本当は両親に相談するべきだと分かっているんだけど、正直に俺が話したところで過保護な母さんが許可してくれるはずがない。
そしたら何年後になるのか?
母さんごめん、それは待てないよ。
ゼクス側で得た知識によればスキルはできるだけ早く育てるべきだ。今は平和で安全なヤシャ村だけど、それがずっと続いてくれるのかは分からない。
だから、一日でも早く強くなりたい。
どんなに理不尽な事が起こったとしても。
みんなを守れる力が欲しい。
今世は何も失いたくない。
みんなと一緒に幸せになりたいから。
その為に、俺は行くと決めたんだ。
もちろん、この決断は一人で抜け出しても危なくはないだろうと、判断したから俺だけで行動に移す事にした。
もし今回の兎狩りが一人だと危険過ぎると判断していたのなら、父さんに数回頼んでみて無理だったら、俺がある程度まで成長するのを大人しく待っていた。
しかし、俺は一人でも行くと決めた。
その理由は、マヒョウ島の危険な生き物の生息場所がハッキリとしているから。
それは島の中心にある大きな山に近づけば近づくほど危険だと教えられたからだ。
つまり、村から山の方へ向かわないといけない場合は一人だと難しい。逆に山から離れたところなら比較的安全だと言える。
それに狩り人団が間引きをしてくれているから余程のことがなければ、危険な獣に遭遇する事もないと思っている。
今回、俺がヤシャ村を抜け出す際に通る門は『東門』と呼ばれている門だ。
ヤシャの村はマヒョウ島の中心にある山の北東に位置し、山の北東側の麓を開拓することで作られた村だと聞いている。
そんなヤシャの村には五つの門がある。
これから俺が向かう『東門』の他に『西門』『南門』『北門』の四つに加えて、山の一番近い場所にある『南西門』だ。
村の大人達から危険だから近づくなと言われているのが『南門』『南西門』『西門』の三つの門だ。これらの門には、常に狩り人団の誰かが見張りを兼ねて門番をしている。
逆に、安全だとされている残り二つの門には見張りすらいない。
「やっぱり、今日も誰も居なかったな」
現在の俺は5歳の頃から始めた日課のランニングという態で『東門』まで来た。
ランニングの日課は畑仕事がある日は家の周辺だけを走り、何もない日は村全体を広々と走っている。
だから、俺がこの辺に居ても村の人達は誰も疑問を持たないだろう。もしも誰かに会えば冗談半分で『村の外には出ちゃダメよ〜』などと言われるくらいだ。
まあ、誰かと遭遇した場合は状況次第で日を改めれば良いだろう。
「今日は大丈夫そうだ、な」
周囲を確認した俺は素早く門を開け、外へと出て行く。たった今通った『東門』には、『大扉』と『小扉』の二つがある。
もちろん俺が開けたのは『小扉』の方で、大人一人が通れるくらいの扉だ。
もう片方の『大扉』は何人も通れるほどに大きいので、物の出し入れや狩り人団が狩りに行く時などに使用する。
そんな『大扉』の片側に部屋のドアの様な形で作られた。小さな扉が『小扉』だ。
その小扉から素早く村の外へと出た。
そして、俺は周囲を見渡す。
門の大扉が開いている時に何度か外を見たことがあったから知っていたけど。
「やっぱり、普通の森だよな……とりあえずはこの辺りから探してみるか」
◇◇◇
村の外で獲物を探し始めてから15分くらいで一匹の兎を見つける事ができた。今は俺から10メートルほど離れたところにいる。
その見た目は、前世の兎とほとんど変わらず茶色の毛並みをしていた。もしかしたら、元々の毛色は白とかで土や泥で汚れて現在の色になったのかもしれない。
これ以上、兎のことを考えていると愛着が湧いて討伐に支障をきたす恐れがある。
だから、ひと思いに――やる!!
「《剣召喚》」
俺は兎まで残り数メートルの位置までゆっくりと音を立てないよう、気配を消しながら移動した。それから俺は一気に動くスピードを上げて、兎の背後から近づいていく。
そんな俺の存在に気づいた兎は一瞬ビクッと驚いた後、慌てて逃げようとするも。
それは叶わなかった。
俺の手足だけでは、逃げ出す兎を捉える事はできなかったが、何も無いところから突如現れた木剣がそれを可能にした。
剣を召喚した事で俺のリーチは伸びた。
そして、俺の右手に握られた木剣が兎の背を捉えて血がサッと飛び――散らなかった。
当たり前の事だが、木の剣では兎の柔らかな肉ですら切り裂く事はできない。
兎を捉えた木剣からは鈍い音がした。
斬るというよりも、殴ると言った方が正しいだろう。木剣に殴られた兎は体勢を崩して地面へと転がる。
そんな兎へと俺は近づき――。
「ごめんな、俺の糧となってくれッ!」
と言いながら、木剣を振るった。
「お前の事は一生忘れない!!」
せめて、これ以上は苦しめたくないと思った俺は『あと一振りで必ず仕留めてやる!』という強い気持ちで木剣を振るった。
俺は前世で狩りの経験もなければ、知識もなかった。だから、何処が兎の急所なのかも知るはずはなかった。
それでもあと一回の攻撃で必ず仕留めると決意した俺は、咄嗟に『首の骨を折れば』と判断して兎の後ろ首へと木剣を振るった。
俺の目的の為に、身勝手に兎の命を奪おうとしているのに……俺は中途半端な覚悟しか持っていなかったのだろう。
だから、俺のエゴから偽善者ぶって『これ以上苦しめたくない』などと思ってしまったのだろうか?
この想いは正しかったのか?
そんな俺の中途半端な想いが叶ったことを兎の亡骸を見ながら実感した。
それから数分の間、俺は複雑な感情を抱いたまま兎の亡骸をただボーッと見ることしか出来なかった。
前世で遊んでたゲームのような感覚のまま死鬼霊剣〈零〉を育てたいと思った。
最初のクエストにでも。
行くかのような。
ゲーム感覚のまま。
命を奪ってしまったのだ。
自分なりに兎を殺める覚悟をしていたつもりだったが……実際に、兎の亡骸を見た事で自分の甘さを実感した。
いつまで経っても気持ちの整理がつくことはなかった。その後は、ずっと消えずに残り続ける罪悪感なのか?
よく分からない感情に俺は支配されながらも木剣を使って地面に穴を掘り、大切に兎の亡骸を埋めてから帰宅した。
その日の夕食は喉を通ることはなかった。
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