第6話 ◇剣召喚

「剣術か……思っていたよりも楽しかったしこっちでも役立ちそうだよな」


 いつもより充実したゼクスの一日を終え、ローグ側の一日が始まった。


 スキル開花の失敗後は、予定通り午後から個人訓練場で剣術の授業が始まった。


 剣術の授業は個人用に作られた訓練場で騎士の一人から教わる。俺に剣術を教えることになったのは二十代半ばの男騎士だった。


 男騎士の実力は今の俺では図ることができないが、なぜ彼が俺の指導役に選ばれたのかはすぐに分かった。


 剣術について言語化する能力が高く、お手本で見せる剣の動作一つ一つがとても洗練されていた。


 剣術の教科書をそのまま身に付けたのではないかと思うほどにだ。


 感覚的な剣ではなく。

 理論に基づいた剣だった。


 それが剣士としていいのか悪いのかはまだ分からないが、彼が指導役として適任なのは理解できた。


 最初の授業では、剣の握り方と正しい素振りのやり方を教わった。


「確か……こうやって握るんだよな。まずは両手持ちの振り下ろしからやるか」


 俺はベッドから起き上がって部屋の中央でエアー素振りを軽く始める。


 素振りは大きく分けて三つ。

 振る、斬る、刺す。


 振る、縦の動き。

 斬る、横への動き。

 刺す、前方への動き。


 振る時は頭上から下へ振り下ろし、斬る時は頭と肩の間から斜め下の方へと斬り流すようにイメージする。

 刺すは、剣を前へと突き刺す感じだ。


「いい感じだな」


 この基礎的な三つの動きは両手でやるのと片手でやるのでは、気を付けるポイントが変わってくる。


 例えば、片手で剣を突き刺す時は力強さよりも速さを意識する。これは相手にダメージを与える事よりも、けん制や相手との間合いを調整する目的で使うことが多いからだ。


 逆に、両手で剣を突き刺す時は速さよりも力強さを意識しなければならない。

 それは両手で剣を突き刺す動作は隙が生まれやすいから。だから、殆どの場合は相手に止めを刺す時などに使われる。


 こういった感じで両手と片手では使う状況が変わってくる。そのことを意識して素振りをするのが大切だ。


「こっちでも剣が欲しッ――!?」


 俺はエアー素振りに熱中してローグ側でも素振りに使えるような剣があればな、と思い『剣が欲しいよ』と声に出した。


 しかし。


 俺は言葉を言い終わる前に驚きから声を失った。なぜなら、俺の手には突然現れたボロボロの木剣が握られていたからだ。


「マジかよ……」


 ローグの部屋には、剣と呼べるような物は一切ない。それなのに、俺の目の前にはボロボロの木剣がある。

 しかも、それが突然現れたモノ。

 だということは……。


「フッ、スキル開花か……」


 ゼクスで失敗したスキル開花がローグの方では望まなくても開花した。それも剣が召喚されたということは恐らく剣術にも関連したスキルだろう。


 やはり、ローグの人生は最高だ。


 このスキルが家族や村のみんなを守ることができる能力なら良いなと思った。


 その為には、スキルの検証が必要だ。

 そんなことを考えていると。


「ローちゃん、朝食の時間よ~」

「は~い、今から行くよ」


 母さんに呼ばれた俺はすぐにスキルを検証したいという気持ちを抑えて、家族と朝食を食べる為に台所へと向かう。




 ◇◇◇




 家族四人で朝食を済ませた後。

 俺はスキルの検証をする為にそのまま自分の部屋へと戻ってきた。


 家族には、昼食の時間までは部屋で休んでいると伝えた。だからそれまでの間はスキルについてじっくりと考えられる。

 それは俺にとっては良い事なんだが、良く思わない人物もいた。


 妹のルナだ。


 俺がそのことを伝えた時に、妹のルナから『おにぃ〜〜今日は遊んでくれないの?』と可愛らしいクレームを言われた。


 それに対して俺は『お昼ご飯食べたら一緒に遊ぼう』とルナに返事をした。


 いつも畑仕事を手伝わない日はルナと遊んでいたから、今日も午前中から一緒に遊べるものだとルナは思っていた。


 遊ぶのを楽しみにしてた。

 ルナには悪いけど。


 今はスキルの検証をしている。



「《剣召喚》」



 現在、スキルについての検証を始めてから一時間ほどの時間が経った。


 検証を始めてから10分くらいである程度のことは理解できたが、スキルの情報を纏めるのには時間が掛かってしまった。


 まず最初に考えた事は、この剣召喚という能力がゼクスの世界と同じスキルなのか?


 俺は現時点でローグの世界とゼクスの世界が同じなのかは分かっていない。


 だから、別の世界だった場合はスキルとは違う別の何かなのかもしれないが、今のところはスキルだと仮定している。


 詳しいことについては、父さんとかに聞いてから考えればいい。そう思った俺はゼクス側でいうスキルを自然開花した、と認識して検証を始めることにした。


 その判断は正しく。


 ゼクス側で得たスキルの知識は検証を進めるのにかなり役立った。


 実際に、その知識通りだった。


 スキルというモノは一度でも自覚さえしてしまえば、その後はスキルについて考えるだけでいろんな情報が得られる。


 ハッキリと分かる情報もあれば、何となく分かるようなモノもある。俺はそれらの情報を前世のゲーム風にまとめることにした。


 その作業に時間が掛かったという訳だ。


 ――――――――――――――――――――


【剣名】死鬼霊剣〈零〉

【剣質】粗悪な木剣

【段階】零

【解放】初


『能力一覧』 『進段状況』

 ――――――――――――――――――――



 まず【剣名】というのは木剣の名前だ。

 その木剣の名前は死鬼霊剣しきれいけんれい〉という。


 これについてはハッキリと分かった。


 剣の名前はなかなかカッコいい。

 だけど、死んだ鬼の霊?


 名前については分かっても、その意味の方は分からない。名前から意味について想像してみると、何だか不吉な感じもするけど……あの木剣を持ってても大丈夫だよな?


 不幸にならないかと少し心配だ。



 次に【剣質】というのは剣の素材だ。


 【剣質】が粗悪な木剣なので、質の悪い木を素材としてできた剣となる。



 三つ目の【段階】というのはゲームでいうレベルだと理解した。【段階】が零とは剣のレベルが0という意味を表している。


 つまり、レベルが上がれば上がるほど強い剣になるという事で今後に期待が持てる。



 最後の【解放】というのは、剣の能力解放状況を表している。これについては『能力一覧』としてゲーム風にまとめた。


 ――――――――――――――――――――


『能力一覧』


〈初期能力〉

 ・固有能力 《剣召還》

 ・特殊能力 《解》


〈解放〉

 ・第一能力 《――――》

 ・第二能力

 ・第三能力

 ・第四能力

 ・第五能力

 ・第六能力

 ・第七能力

 ――――――――――――――――――――



 今日、俺が手に入れた死鬼霊剣〈零〉には、全部で九つの能力がある。


 最初から使える〈初期能力〉は《剣召還》と《解》の二つだ。


 一つ目の能力 《剣召還》は死鬼霊剣〈零〉を出したり、消すことができる。


 もう一つの〈初期能力〉については、正直あまり分かっていない。特殊な能力で名前が《解》という事しか把握できていない。


 使えるタイミングが来れば自ずとわかるだろうし、気長に待とうと思っている。


 次に〈解放〉だ。


 これについては、名前の通りで一定の条件を満たすと能力が解放される。


 現状では、第一能力解放の為に何をすれば良いのかは分かるが、第二能力以降についてはまだ分からない。


 恐らく、第一能力を解放すれば第二能力の解放に何が必要なのか分かるだろう。


 新たな能力解放の為に、必要な事については『進段状況』としてまとめた。


 ――――――――――――――――――――


『進段状況』


〈討伐〉

 ・兎(0 / 1)

 ――――――――――――――――――――



 第一能力を解放する為に、達成すべき条件は今のところ兎一匹を討伐すること。


 兎を一匹討伐すれば。


 第一能力が解放されるのか?

 それとも新たな条件が追加されるのか?


 どちらになるのかは、実際に討伐してみなければ分からない。だから、まずは兎を一匹討伐することを第一目標とした。


 俺は前世でも今世でも生き物の命を奪ったことがないから……正直、兎を討伐することには若干の抵抗がある。


 だけど、俺の父さんは狩り人だ。


 いつかは俺も『狩り人団』に入って一緒に狩りをするんだ、と幼い頃から夢見てきたんだよ。初めてのことだから抵抗感があるのは当たり前だし、実際に兎をこの手で討伐すれば罪悪感も抱くだろう。


 それでも俺は必ずやり遂げたい。

 父さんと一緒に狩りがしたいからだ。


 もしかしたら、今回の兎狩りは今世の俺に与えられた最初の試練なのかもしない。


 幸せになるために必要な試練。


 こうして、俺は畑仕事のない明後日に初めての狩りをすると決めるのだった。

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