第4話 ◆ゼクスの家族
ローグの一日が終わり。
ゼクスの一日が始まった。
「今年も最高だったな」
ゼクスの体で目覚め、俺が最初にすることは決まっている。
ローグの一日を振り返ること。
それがやる気に繋がるからだ。
今年の誕生日も特別なことはなかった。
いつも通りに過ごし、母さんが作る夕食が少しだけ豪華になる誕生日だ。
貴族のゼクスとかと比べれば、質素で大したことのない。平凡な一日だろう。
それでも、最高の誕生日だった。
昨日の夕食は母さん特製の猪肉煮込みと、数種類の果物だった。普段の日でもよくあるメニューだけど、誕生日だと違いがある。
村の近くで簡単に捕れる猪ではなく、森の奥に生息する大牙猪を父さんたちが捕まえてきてくれた。
父さんの職場。
狩り人団には、団員の中でお祝い事があると大牙猪を捕まえるという伝統がある。
捕まえた大牙猪は村で解体され、一番美味しい部位がお祝いの品として狩り人団から贈られる。
その特別な大牙猪肉を母さんがいつも以上に手間暇をかけて美味しく調理してくれた。
その少し豪華な夕食と温かい家族。
この二つだけで。
俺にとっては最高の誕生日になる。
前世の経験は俺に悪い影響を与えることが多かったけれど、良いこともある。
それはちょっとした事でも。
その瞬間に幸せを感じられること。
一度目の人生でも、恵まれた人たちは日常生活の中で幸せを感じることがある。
だけど、その殆どが無自覚的なもの。
後になって、あの時のあたりまえがどれだけ幸せな事だったのかを理解する。
そんな人が殆どだろう。
今の俺は前世の経験から後になって気づくはずの幸せまでも感じられる。
もしかしたら数年後には幸せ慣れし過ぎて感じられなくなっているかもしれない。
だからこそ。
ちょっとした幸せをすべて感じられる。
今が特別なものに思える。
その瞬間に幸せを存分に味わい。
後に、もう一度思い出して余韻までも。
その余韻を味わうのはゼクスの体。
それがやる気に繋がるから。
そうすることでゼクス側の退屈な生活でも頑張れるからだ。
気持ちを高めてから朝の支度を始める。
これがゼクスの日課となっている。
◆◆◆
朝食の時間。
「……」
全員が無言で食事をする。
部屋の中では、ナイフやフォークがお皿に触れた時のわずかな音だけが響きわたる。
食事の作法が悪いからではない。
会話がないから聞こえてしまう音。
決して、貴族のマナーに食事中は会話をするな、とある訳ではない。
シンプルに話したくない。
話すことがない。
そんな理由からこの家族は食事中に日常会話をすることがない。
今日も俺が食堂に顔を出した時、気づいた家族の反応は冷たいものだった。
無反応。
一瞬だけ視線を向ける。
あからさまに嫌な顔をする。
こんな感じの反応だった。
この家族には、ローグ側の家族から感じるような温かさは一切ない。
家の中では挨拶すらしない家族だ。
なのに、外だと仲の良い家族のように笑顔で挨拶や会話をすることもある。
そういった行動はある意味で貴族らしいのかもしれないが……俺にとって嫌な家族であるのは変わらない。
そんな家族が暮らすのは、リユニオン帝国という国だ。帝国と名乗るだけあって大陸では二強と言われている。
ローグが住むヤシャ村の文明レベルが農耕を始めたくらいなのに対し、リユニオン帝国の方は中世ほどに文明が発展している。
リユニオン帝国には、中世ヨーロッパなどでもあった貴族制度がある。
リユニオン帝国の貴族制度は上から皇帝、皇族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵となっている。
帝国貴族である。
我が家の家名はグラディウス。
グラディウス家はリユニオン帝国の貴族制度でいうと伯爵家にあたる。
上には皇帝、皇族、公爵、侯爵。
下には子爵、男爵、騎士爵。
皇帝と皇族を一緒だと考えれば、ちょうど真ん中の爵位だ。正直、まだよく分かってないけれど、それなりの権力を持っている家なのは間違いない。
家族仲は最悪だけど。
貴族でも家族仲が良いところもあるだろうが……残念ながら我が家は違った。
前世で『お金が全てではない』みたいなことを何度か聞いたが、実際にそれを体験して感じることになるとは思わなかった。
生活レベルはローグの方が圧倒的に低い。だけど、ゼクスの方が不幸に感じる。
豊かな心がなければ。
真の幸せを手に入れる事はできない。
最近はそれを感じてばかりだな。
お金持ちでも。
心の方は貧しいグラディウス伯爵家。
その当主はテーブルの上座にいる。
銀髪の男。
シリウス・グラディウスだ。
上座の席とは、当主の席。それを象徴するかのように上座の後ろの壁にはグラディウス伯爵家の家紋が描かれている。
その特徴は、一枚の盾と六本の剣。
盾の真ん中で剣先のみが重なる。
六本の剣。
それが表すのは初代当主。
初代当主が剣を一振りすれば、六つの斬撃が放たれる。それらの斬撃が一か所に重なれば切れないものはない、と言われていた。
一振六斬。
その攻撃を放った。
剣の名こそ――グラディウスだ。
つまり。
初代当主の愛剣こそがグラディウス伯爵家の由来となる。
ゼクスの父であり、現当主のシリウスはその名に恥じない実力の持ち主。
剣聖シリウス。
剣術名家の当主らしい二つ名だ。
だけど。
父上はその呼ばれ方を嫌う。
望む名はただ一つ。
――剣神。
それを名乗るのは簡単なことではない。
四神八聖。
父上が望む剣神を名乗るためには、自身の実力が帝国四強であることを証明する必要があるからだ。
常に無表情な父上。
もしも笑うことがあるとすれば、剣神の名を手にした時だろう。
そんな父上と政略結婚して第二夫人となったのがゼクスの母。
エヴィ・グラディウス。
母上は謎が多い人。
俺が知っている結婚前の情報はなく。
あるのは噂だけ、それも耳を疑うようなものばかりで当てにはならない。
聖国の出身で身分が高く。
皇帝陛下も気を遣う人物だとか。
聖国とは、帝国に並ぶ強国。
大陸二強と呼ばれる両国の関係は良く。
お互いの立場が揺らがない。
だから、帝国と聖国が大陸を支配しているようなもの。
その聖国で身分が高いと噂があったが……その役職は不明だし、皇帝陛下も母上に気を遣うとかも信じられない。
一度、本人に聞いてみたが……不敵な笑みを浮かべるだけで何も答えない。
そんな母上の特徴は紺色の長髪に紫眼。
その見た目で不敵な笑みを浮かべると気味悪さすらも感じる。
剣神を目指す父上と謎の多い母上。
二人の間にはもう一人の息子。
ヘクス・グラディウスもいる。
ゼクスの弟だ。
俺の方は父上と同じ銀髪黒眼で顔つきも似ている。
それに対して、へクスの方は母譲りだ。
母上と同じ紺色の髪持ち雰囲気までも少し似ている。違いがあるとすれば、両親のどちらとも違う蒼色の眼くらいだ。
弟は4歳の頃から既にグラディウス伯爵家での後継者争いを意識している。
その頃から次男の俺と、長男の義兄をあからさまに敵視するようになった。
だから、兄弟でも仲が悪い。
へクスは元々の性格なのか、それとも後継者争いを意識したせいかは知らないが子どものくせに、その表情からは性格の悪さが滲み出ている。
へクスと深く関るつもりはないが……弟の将来については少し心配に思う。もしも道を踏み外すようなことがあれば、一度くらいは兄として正してやろう。
俺とヘクスの母が第二夫人なので、当然のことだが第一夫人もいる。
上座の父上から見て第二夫人の家族はテーブルの右側に近い順で母上、俺、へクスが座っている。
一方、第一夫人の家族は左側。
母上の正面に座っているのが第一夫人。
ミリア・グラディウスだ。
彼女は屋敷のメイドや執事たちから同情的な視線をよく向けられ、腫れ物に触るかのように接しられている。
暗い表情の義母上。
俺が知る限り、義母上が明るい表情を浮かべている時は一度もなかった。
義母上はいつも暗い雰囲気を漂わせているが、メイドたちの話しによると我が家に嫁いできた時の彼女は別人だった、と。
色褪せた薔薇。
義母上を初めて見た我が家のメイドたちは赤髪赤眼の特徴的な容姿から赤い薔薇を連想させた。その美しくて輝いていた赤い薔薇が今では色褪せてしまった、と。
第二夫人によって。
母上が嫁いだ数日後には、義母上の明るかった性格が暗くなり始め、今では人前で笑うことすらなくなった。
使用人たちは、二人の間に何があったのかは知らない。だけど、第二夫人が嫁いで来たことが原因だとは分かっている。
だから、使用人の多くは義母上に同情的な感情から腫れ物扱いしてしまう。
そんな第一夫人の義母上には、息子一人に娘が二人いる。
長男リオウ・グラディウス。
長女リアナ・グラディウス。
次女エアリス・グラディウス。
義兄リオウは銀色の髪に義母上と同じ赤眼の優秀な長男だ。使用人の多くは次期当主になるのでは、と期待している。
義姉リアナは、母親と全く同じ赤髪赤眼を持った瓜二つの見た目をしている。そんな姉とは対照に、次女のエアリスは家族の誰とも違う緑髪緑眼を持つ。
そんな義兄弟たちの性格はヘクスと違って良さそうだが……母上と義母上の関係が最悪だから関わることはない。
もしも二人の関係が良ければ、後継者争いをする事になる義兄と弟は無理でも、義姉妹とは仲良くなれたかもしれない。
そう思うと少し残念だ。
「ゼクス、覚えているな?」
「はい、父上。10時に訓練場ですね」
父上が俺に話しかけてきた。
家族として日常会話をすることはないが、連絡事項がある時は別だ。父上は食事を終えて用がなければそのまま立ち去り、用があれば家族に声をかけてくる。
だから、父上が食事を終えると家族全員の視線が上座へと集まる。
今回の場合は俺が誕生日だから。
それは祝うためではない。
行事があるからだ。
今日はスキルの開花を試みる日。
俺にとっては普段の憂鬱な日々と比べたら多少はマシな日になるだろう。
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