第2話 ◆二つの体

「はぁ、今日は大変だな……」



 二つの体での生活にも慣れたものだ。


 片方の体が眠り。

 もう一つの体が目を覚ます。


 なぜ、俺の体は二つもあるのだろうか?


 そんな疑問は未だに解消されないが二つの体での生活は、今の俺にとっては当たり前のものになっていた。


 それを受け入れるのかは別として5年もあれば慣れるものだ。まあ、どちらの体も前世と同じ人として生まれただけでも幸運なのかもしれない。


 俺にとって二つの体は。

 黒と白、影と光のように対極な存在だ。


 貴族と村人、専制と自由。

 冷たい家族と温かい家族、不幸と幸福。


 こんな感じで二つの生活環境を表す、と。

 対極の環境に分かれる。


 もしも、前世で温かい家族に恵まれていたら答えは違ったかもしれないが、俺が今世で一番に求めるものは温かい家族だ!!


 それ以外は最悪なくてもいい。そんな考えを持つ俺にとって大切な体は一つだけ。


 村人として生まれ、優しい両親にローグと名付けられた体。

 対称に。

 ゼクスと名付けられた体の方は貴族として生まれ、社会的な地位などを見れば恵まれているが……家族の方は最悪だ。


 常に無表情な父上。

 不敵な笑みを浮かべる母上。

 4歳手前で貴族に染まりつつある弟。


 それに加え。


 暗い表情の義母上。

 敵意むき出しの義兄弟三人。


 俺の父上には妻が二人いる。

 貴族にとって一夫多妻という家庭は普通の事だが、それがこの家では問題となる。


 母上と義母上の関係が悪い。

 

 こっちの家族のせいで楽しいローグの人生が霞む。片方が楽しければ楽しいほどに比較してしまうから。


 もう片方が辛くなる。


 ローグ側の家族が与えてくれるぬくもりで俺の凍った心を溶かしてくれても……ゼクス側の家族と接すると暗い気分になり、溶けた心がまた凍るという。


 負の連鎖を何度も繰り返す。


 ローグだけに転生していたら、前世の呪縛から自然と解放されていたかもしれない。

 だから。

 何度もゼクスの体はいらないと思った。

 ゼクスの体が死ねば、ローグだけの完璧な今世になるのではないかと。


 一度、死というものを経験したから死ぬのは全く怖くない。

 だけど。

 もし何かのペナルティーでローグ側の最高な人生まで終わってしまったら、と考えたらその選択はなくなった。


 ローグの人生は人質か?

 そんな疑問が何度も浮かんだ。


 一つの心で二つの体。

 これには家族以外にも問題はあった。


 一つの心で体を行き来する。


 身体は寝れても心の方は5年間一度も寝てない。つまり精神的にクルものがある。


 俺は前世で心が壊れブラックな会社で9年も働いてきた。だから、精神的な耐性は普通の人よりはかなり高いはずだ。


 そんな俺が一心二体という。

 特殊な転生をしたのには。


 何か特別な意味があるのだろうか?


 その問いを存在するのかも分からない神という存在に何度も問いかけてみたが、返事が返ってくることは一度もなかった。


 今でも思う。

 何で俺がこんな転生をしたのか。

 前世では人生を諦め、ブラックな会社で死ぬまで働き続けた。


 普通はできることじゃない。

 それを可能にしたのは一つの原動力。

 一日も早く死して〝無〟になりたい。


 という願いだった。


 俺は無になりたかった。

 何も感じない無に。

 人生を諦めた時から望んでいた。

 一日もはやく苦しみから解放されたい。

 人生から逃げて楽になりたい。


 だから、過労死すると分かった瞬間は解放感に満ち溢れた。


 やっと、救われるのだと。

 それはあの日から忘れていた。

 幸福の感情でもあった。


 なのに、なのに。


 走馬灯のように蘇った。

 絶望の記憶が幸福感を打ち砕いた。


 俺はすべてを忘れ、解放される喜びだけを感じながら無に帰りたかった。


 今まで頑張ったのに。

 自ら命を絶たずに頑張った。


 人生を諦めた俺にとっては唯一の願いで、救いで、生きる力だった。


 それでも受け入れられた。

 どちらにせよ。

 もうすぐ無に帰ると思ったから。


 しかし、現実は違った。


 俺を待っていたのは無ではなく、一心二体という特殊な転生だった。


 眠ることができず、死の直前に蘇った絶望の余韻を味わい続けることになった。


 前世も辛かった。

 だけど、力尽き寝ている間だけは現実から逃れられた。それが封じられ、新たな自己防衛本能が機能するまでの間は、とても耐えられるものではなかった。


 俺にとって、一心二体という特殊な転生はブラックな会社がホワイトに見えるほど辛いものだった。


 この転生は。

 ほんと、ブラックな転生だよ。


 転生後、村人のローグは前世で欲しかった温かい家族に生きる希望を与えられ。

 貴族のゼクスは前世を思い出させるような冷たい家族によって絶望を与えられた。


 希望と絶望。


 この二つは眠れぬ心を激しく揺さぶった。


 そんな辛い状況から俺を救い出してくれたのが、ローグ側の家族だった。


 5年もの時間が掛かったが、俺の中で徐々に希望が絶望に勝つようになり、やっと今世の人生を受け入れる覚悟ができた。


 だから、願う。

 このブラックな転生が後に。

 ホワイトな転生だったと思えるような。

 人生が送れることを。


 その為になら。


 前世の呪縛と決別し、今世の特殊な状況もすべて受け入れる覚悟ができる。


 だから、また人生を頑張ろうと決意する。


 ローグの体に続き、ゼクスの体でも今世を受け入れる覚悟を決めた。俺は5歳の誕生日という節目でやっと決心がついた。


 だけど、一心二体に関しては別の話だ。


 今世が特殊な状況なのは受け入れる。

 だからといって、俺は二つの人生をどちらも受け入れる気はない。


 俺はローグとして今世を幸せに過ごすことに希望を持った。それはゼクスとしての人生はどうなってもいいという考えだ。


 それでも、現実問題としてゼクスの人生もセットで付いてくる。ならば、ゼクスの人生は必要最低限な事だけでいい。残りの時間は貴族という恵まれた環境を利用し、ローグの人生を豊かにする為に使おうと決めた。


 そうやって、幸せの為になら。

 いらない体も上手く使ってやるさ。


 そんな気持ちで一心二体という特殊な状況を受け入れることができた。



「まずは、5歳のお披露目か……貴族ってのは本当に面倒くさいな」



 現在の俺はゼクスだ。

 ローグの誕生日は気楽で楽しいものだったが、貴族のゼクスは違う。貴族にとって5歳という年は特別な意味を持つ。


 昔は5歳以下の死亡率が高かった。

 そのため貴族は子どもが5歳になるまでの間は、子の存在を正式に公表しなかった。


 その文化は今でも続き、ほとんどの貴族家は子どもが5歳になるとお披露目という名目で盛大なパーティーを開催する。


 ほんと、面倒な文化だよ。


 俺はローグの明日でも考えながら、適当にお披露目パーティーをやり過ごすかな。


 さあ、嫌な一日も頑張ろう。



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