ブラック転生〜貴族と村人2つの体から始まる異世界物語
鴉ノ龍
第1章 転生と洞窟
第1話 ◇前世の呪縛
「もう、5年か……」
自室の窓から夜空をボーッと眺めながら、俺は時の流れに浸っている。
今日は5歳の誕生日だった。
俺の誕生日には、二つの意味がある。
この世界に生まれた日であり。
この世界に転生した日だ。
前世の日本では。
27歳という若さで俺は過労死した。
だから、32歳の誕生日とも言える。
前世への未練は一つもない。
けれど、俺は人生を一度。
諦めた人間だ。
その事が呪いのように。
今世でも付き纏い。
新しい人生を受け入れられずにいる。
前世の俺。
自我が芽生えた時には、父親はすでに何処へと蒸発し消えていた。そんな父親に関する思い出が一つだけあった。
それは俺が小学生の時。
自分の『名前の由来』を家族に聞いてくるという宿題が小学校で出された。
その時に少し嫌な顔をした母親から聞かされたのが……蒸発した父親のお気に入りだった入れ墨の『鬼』と『龍』を組み合わせて、適当に名付けた名前だと聞かされた。
俺はそんな名前の由来を不快に感じ、学校の宿題には書きたくないと思った。
だから、当時の俺は『今は会えない父親が名付けたので分からない』と書いてその宿題を提出することになった。
これが唯一の父親に関する思い出だ。
蒸発した父親と比べれば、母親の方が遥かにマシだった。悲しいことに俺への愛情は全くなかっただろうが……それでも、シングルマザーで高校卒業までの間は金銭的な援助をしてくれた。
その事は今でも感謝している。
母親が俺に対する愛情がないと感じ始めたのは、小学校に入学した時からだった。
それまでの母親は俺のために料理を作ってくれていたのに、小学校へと入学した日を境に『食事代』と雑に書かれた置き手紙とお金がテーブルの上に置かれるようになった。
その日から母親が家を空ける時間も日に日に増え、家ではいつも一人だった。俺は一人で留守番する寂しさを感じつつも時代に救われたと思った。
俺が小学生の頃には、一人で時間を潰すのにピッタリで面白いゲームがたくさんあったからだ。ゲームをしているとあっという間に時間が過ぎ、寂しさを感じなかった。
ゲームをするのは好きだった。
だけど……本音を言えば、母親ともう少し話してみたかったかな?
人によっては少しグレてしまうような家庭環境だったが俺は問題なかった。勉強の方も平均より少し高い程度で人並みには頑張ったと思う。
高校に入学してからはバイトを始めたことで金銭的な余裕も生まれ、友人たちと最高に充実した日々を送っていた。
しかし。
そんな楽しい日々は長くは続かなかった。
俺の未来に絶望が訪れたからだ。
自己防衛本能なのか?
その時のことはあまり思い出せずいる。
記憶にあるのは、大切な人を失ったという現実だけが、薄っすらと記憶の奥底に残っているだけだ。
一度だけ、たった一度だけ。
その記憶を思い出した時があった。
それは前世で死の直前に、これまでの人生が走馬灯のように思い出された時だった。
忘れたはずの記憶までも鮮明に蘇り、そこに絶望の瞬間もしっかりと含まれていた。
もうすぐ死に逝く人間には、自己防衛本能が機能しなかったのだろう。
その記憶の走馬灯が終わると同時に俺は死に、気づくと赤ん坊になっていた。
それが俺の転生した瞬間だった。
赤ん坊になっても、前世の死に際に味わった絶望の余韻は残ったままだった。
だから転生というありえないことが起こっても、何も感じることができなかった。
その後は今世の自己防衛本能が新たに働き始めたのか?
次第に絶望の記憶が薄れていき。
俺は正気を取り取り戻すことができた。
その時には、転生したことを自覚していても反応は薄いものだった。
『新しい人生が始まったのか……』
『ここは何処だ?』
『今世も人間か?』
という感じで俺の転生体験はほぼノーリアクションでつまらないものとなった。
そんな転生体験すらも霞ませた前世の記憶は、今世で鮮明に思い出せずとも俺にとっては大きな呪縛となっている。
充実した幸せな日々。
それはたった一つの出来事でもあっさりと虚しく崩れ去ってしまうものだ。
という前世の実体験。
その呪縛が今世の人生にまで大きな影響を与えようとしている。ふとした日常で幸せを感じても……すぐに思ってしまう。
この幸せは感じない方がいい。
その幸せがいつかまた俺を苦しめることになるかもしれない、と。そんなマイナス思考が邪魔をして、俺は新しい人生を素直に受け入れられずにいた。
このままでは、いけない!!
何度も思ったことだが変わらなかった。
だけど、今日。
5歳という節目に変わりたい!!
今なら変われる!!
そんな思いで俺は夜空を眺めていた。
過去と向き合い、前世を含めて約15年間ともに過ごした呪縛と決別する。
今なら乗り越えられる。
このタイミングを逃したら戻れない。
そう、自分に何度も言い聞かせながら前世の過ちと問題点を振り返る。
前世で俺が人生に絶望した時。
その時も母親は金銭的な援助のみで相変わらず、俺には無関心だった。
そして、高校を卒業した日。
母親も父親と同じように連絡先も残さずに何処へと消えて行った。
それから一度も会うことはなかった。
高校卒業後は会社に勤め始めた。
そこがブラックな会社だと分かっても俺は新たに会社を探す気力が湧かず、そこで最後まで働き続けた。
その結果。
ブラックな会社に勤め始めてから9年ほどの時が経ち、俺は27歳で過労死した。
転生してから何度も考えた。前世の人生で再起することは不可能だったのかと?
何度、考えても無理だ。俺一人では似たような人生しか送れなかっただろう。
だけど。
もし人生に絶望した時に母親が俺を助けてくれてたら、乗り越えられたかもしれないと最近になって思い始めた。
今になって思うと。
あの時の俺は心のどこかで母親が手を差し伸べてくれ、優しく慰めてくれるのではないかと期待していたと思う。
甘ったれた考えだけど。
唯一の家族だったから望んでいた。
そしたら違う結末もあったのかもしれないと思うようになった。そんなことを思うきっかけをくれたのは今世の家族だ。
前世の冷たい家族とは正反対な。
優しい母さんと父さん。
2歳離れた可愛い妹。
初めてのおじいちゃんとおばあちゃん。
今世は温かい家族に恵まれた。
家族の温かさが俺の凍った心を少しずつ溶かしてくれ、だんだんと感情が動くようになってきた。
そのおかげで前世の呪縛を乗り越える。
力も湧いてきた。
それでも怖い。
また失うのではないかと思うと。
だけど。
それ以上に家族と壁を作らずに接したい。
人生を幸せに謳歌したい。
だから、忘れよう!!
辛くて、苦しくて。
それでも忘れたくない離したくない。
絶望の記憶を。
俺は今世こそ幸せになるよ。
そう、夜空の向こう側を見ながら誓った。
「さて、その為には冷たい家族の方とも向き合わないとな。ほんと、ブラックな転生だよな……」
そして、俺は眠りにつくのだった。
もう一つの体で目覚める為に。
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