第5話 5日目 モンサンミッシェルへ

トラベル小説


 朝7時に朝食タイムとなった。朝早いせいなのか、お客は我々2人だけであった。スタッフがスクランブルエッグを用意しれくれたのはうれしい。

 8時にチェックアウト。

「近くのユッセ城に寄ってみてくれます?」

という長谷川さんのリクエストで30分ほどの距離にあるユッセ城に向かった。ここは、眠れる森の美女の城のモデルになったと言われている。深い森に囲まれた城は雰囲気がある。白い建物といくつもある尖塔は、童話のイメージそのものである。朝が早かったので、まだ開門していなかったが、城門の隙間から見える庭園もきれいだった。

 9時前にユッセ城を出発。目的地は200km先のモンサンミッシェルである。高速道路に入ると、長谷川さんのナビの必要がほとんどないので、しずかな時が過ぎた。今日、長谷川さんは口数が少ない。

 ルマンが近くなり、私がかつて見たルマン24時間レースの話をしても、なかなかのってこなかった。というより、あせった声で

「おかしい! タブレットの電源が入らない!」

 と長谷川さんが大きな声をだした。

「充電は?」

「昨日の夜したつもりなんですが・・」

「そうですか。要はナビはあてにできないということですね」

「すみません。大丈夫ですか?」

「モンサンミッシェルは30年前にも行ったことがあります。その時はナビなんてありませんでした。なんとかなりますよ。案内板を見落とさなければ行けますよ」

「そうですか。私も案内板を見ています」

「よろしくお願いします」

 というやりとりがあった、そこからは無駄話はできなくなった。高速道路の出口はすんなり出て、一般路に入る。ほぼ1本道なので迷うことはなかったが、駐車場で迷った。以前は大陸にあるホテルに泊まったので、その駐車場に入れたのだが、島内のホテルに泊まる場合は4番のパーキングエリアに停めろと書いてある。その4番がなかなか見つからない。10分ほどさまよって、やっと4番の看板を見つけた。しかし、目の前の標識は左折のみと出ている。目的地は右だ。思い切って右にハンドルを切った。幸いなことに対向車は来なかったし、ここは公道ではない。警察も見ていない。(防犯カメラには映っていたかもしれない)

 何とか駐車場に停め、1泊分だけの荷物をもって、シャトルバスに乗り込んだ。このシャトルバスはおもしろい。前後に運転席があるのだ。橋の上でお客を降ろすので、Uターンをするところがない。それで、運転手は後部の運転席に乗り換えて戻っていくのだ。30年前にはなかったシステムだ。橋もかけ直されていて、土砂が堆積しないようになっている。本日の走行距離250km。

 モンサンミッシェルは教会となっているが、かつては城塞であり、刑務所であった時もあった。まずはホテルのフロントに行く。階段を少し上ったところに、フロントがあった。若い女性が受付をしている。島内に5ケ所ほどホテルになっている建物があり、我々が泊まるところはその中でも最も上だった。50段ほどの階段を上らなくてはならなかった。スーツケースを置いてきて正解だった。鍵をふたつ渡され、建物に入る鍵と部屋に入る鍵が別だった。やっと建物の前につき、扉をあけるとまた階段。日本風にいうと3階の右の部屋だ。4室しかない古い建物だ。

 部屋に入ると、窓が2つ。海も見える見晴らしのいい部屋だが、おどろきの光景が私の目に入ってきた。

「ここ、ダブルベッドじゃないですか?部屋を間違えたんじゃないですか」

「いいえ、この部屋しか残ってなくて」

「えー、いくらなんでもダブルベッドはないでしょ。フロントに交渉しましょ」

「今日は満室だそうです。キャンセルすると、100%キャンセルで5万円とられます」

「この古い部屋で5万円ですか?対岸の2倍の値段ですね」

「ええ、そうです。私は大丈夫ですよ。木村さんを信用していますから」

「いくらなんでも、ダブルベッドでは・・・私もオオカミになるかもしれませんよ」

「オオカミになった木村さんを見てみたい気もありますけれど、奥さんのことを忘れられない木村さんですから大丈夫だと思っています」

「そんなことないですよ」

 とは返事をしたものの、天国で妻が見ているような気がしてならなかった。

 部屋は最低限の必需品はあった。小さい冷蔵庫にTVとポット。浴室はなく、シャワールーム兼用のトイレがある。シャワーの出はよくない。

 荷物を置いて、島内の散策に行く。教会の入り口は行列をなしているので、教会には明日の朝行くことにした。展望台から見ると潮がだんだん満ちてくるのがわかる。来た時よりも1mぐらい海面があがっている。もう少しで橋の上まで冠水しそうだ。

 夕食は名物のオムレツを食べることにした。レストランの入り口で、実演をしている。一人前で4個の卵を使うそうだ。でてくるまでは、これまた名物のシードルで乾杯だ。ちょっとすっぱいリンゴ酒だ。

 オムレツがでてきた。でかい!横幅は30cmを越えている。さわるとプヨプヨしている。付け合わせのフォアグラといっしょで5000円。高級料理だ。まずは一切れ切って口に入れてみる。何も味がしない。しょうゆをつけていない卵の味だ。塩味も砂糖の味もしない。実演を見ていた時には、なにも味付けをしていなかったのを思い出した。付け合わせのフォアグラをはさんで食べると塩味がしてやっと食べた気がした。

「名物にうまいものなしと言いますが、これもその一つでしょうか」

 と長谷川さんも微妙な味に困惑しているようだった。個人的には二度食べる価値はないと思いながら、完食はした。大きいだけで、中身は少ないのだ。

 売店でシードルとつまみのチーズを買って部屋に戻る。細い階段道は中世の趣きがある。

 部屋に入り、シャワーを交代であびる。先に寝ようとしたが、

「木村さん、まだ起きているんでしょ。お酒飲みながら陽が沈むのを見ませんか」

という誘いにのってしまった。

 満潮の海に夕陽がまぶしい。これは島内に泊まらないと見られない景色だ。

「橋のところまで行って、夜景を撮りませんか?」

 という長谷川さんの誘いを受けた。夜10時になって、やっと暗くなってきた。また細い階段を降りて、橋まで行く。

 モンサンミッシェルの夜景はさすがにきれいだ。以前、この景色をジグソーパズルで作ろうとしたが、途中で断念した覚えがある。その景色が眼前に広がっている。私のスマホではなかなかきれいに撮れないが、長谷川さんは一眼レフカメラで撮っている。人もいっしょに撮ろうとしたが、暗すぎてだめだった。ストロボをたくと、人物は写っても、後ろの夜景が写らなかった。

 11時に部屋にもどった。夜景の余韻を感じながら、部屋の窓から暗くなっていく海をながめている。島内の建物のガス灯の明かりだけが見える。

 長谷川さんが話を始めた。

「木村さん、私の話を聞いてもらえますか?」

「何ですか?」

「実は、来月結婚するんです」

「結婚? 木村くんとじゃないですよね」

「えっ? それはないです。だって、私より6つ下ですよ。いくらなんでも無理です」

「長谷川さんって、そんな年だったんですか? 30そこそこかと思っていました。お相手は?」

「義理の兄です」

「お兄さん? 亡くなったお姉さんのだんなさんですか?」

「そうです。2人の子どもの母親になります。実は、姉が亡くなってから子どもたちの面倒は義兄の妹さんがみていました。でも、その妹さんも7月に結婚するんです。元々はもっと早くする予定だったのを、姉の1周忌まで待ってもらっていたんです。そこで、私がその後に入ります」

「お兄さんを好きなんですか?」

「よく分かりません。いい人だとは言えますけど、口数は少ないし、馬のことしか考えていないような人です」

「いいんですか。すきでもない人、それも亡くなったお姉さんのだんなでしょ」

「いいんです。私は妻になることより、母になることを決めたんです。2人の子ども、翔(しょう)くんと笑(えみ)ちゃんがすごくかわいいんです。4才と2才で、姉が残した大事な子どもたちです。他人には任せられません。私しか育てられません。いわばおしかけママです」

「おしかけママか? 長谷川さんらしい生き方かもしれませんね」

「応援してもらえますか?」

「もちろんですよ。しあわせになってください」

「ありがとうございます」

と言いながら、最後の乾杯をしてベッドに入った。

 すると、長谷川さんが手を伸ばしてきて、

「手をつないでもらえますか」

と言ってきたので、無言で手を握った。そのまま寝るかと思いきや、体を寄せてきて、

「私、経験がないんです。好きな人はいたんですけど、奥さんがいる人であきらめました。木村さんだったら、いいなと思っています」

と言われてしまった。胸がはちきれんばかりにドキドキしている。

「そ、それはいけない。結婚前の女性を抱くわけにはいかない。もっと自分を大事にしなきゃいけないよ」

その言葉に長谷川さんは涙を浮かべながら、

「それじゃ、このままでいてください」

と体を寄せたまま寝ることになった。彼女の体温を感じながら眠った。私の左腕は彼女の首の下になり腕枕となった。翌日、左腕がしびれていた。

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