四 二人の宿命
その日も、会社でわたしは彼と偶然、出くわした……。
「──あ! ……こ、こんにちは……」
「……ああ。や、やあ。こんにちは……」
わたしがエレベーターに一人乗っていると、彼が途中の階で乗ってきたのだ。
「………………」
「………………」
だが、何を話していいかわからず、狭いエレベーター内には気まずい無言の時間が無駄に流れる……。
「わたし、ここで降りますんで……」
そうこうする内にお目当ての階に到着し、わたしはペコリと頭を下げて先に降りようとする。
「……あ、あのさ!」
だが、その日に限って彼の声がわたしの背中を呼び止める。
「よ、よかったら……今夜、一緒に食事でもしませんか?」
そして、振り返ったわたしに、彼は思わぬ言葉を投げかけて寄こすのだった──。
その夜、思わぬ彼からのお誘いに、断る理由もなく首を縦に振ったわたしは、いきなりにも二人きりでディナーをすることとなった……。
お店は彼行きつけのフレンチ。これまたベタなシチュエーションだが、
「──え、そうだったんですか? ぜんぜんそんな風に見えないのに」
「そんなことないですよ。社長なんていっても小さなベンチャーですし、普通のサラリーマンと大して変わらないですよ」
ワインで少し酔ったせいもあったのか、わたし達はいつになくよく喋った……こんなにもちゃんと話をしたのはこれが初めてである。
なんてことはない。話をしてみると、思っていた以上にわたし達は意気投合した。
ITベンチャーの社長なのに意外と庶民的だし、趣味や趣向もわたしと合うところが多く、わたしの中の彼への好意はますます以て膨らんでいった。
「──今日はどうもありがとうございました。奢ってまでいただいちゃって」
「いえ。お誘いしたのは僕の方ですから……あの、よかったらちょっと歩きませんか? もう少しあなたとお喋りがしたい」
レストランからの帰り、礼を言うわたしを夜の散歩へと彼は誘った。
お店近くの街灯がオシャレな公園……わたし達はゆっくりとした歩調で並んで歩く。
「へぇ…アウトドアもけっこう好きなんですね。それじゃ、今度よかったらハイキングにでも行きませんか? 近場の山かどこかへ」
「はい! ぜひぜひ!」
最早、わたし達の間に互いを避ける障壁はどこにもなかった……いまだ不可思議な警戒感は残っているものの、心惹かれる感情の方がはるかに優っている。これはもう、恋心と呼んでも差し支えないように思う。
並んで歩くわたし達の手と手が、自然と近づいていってそっと握りしめる……が、その時だった。
「うっ……!」
突然、頭の中に電気が走り、恐ろしげなビジョンが大量に流れ込んでくる……。
だが、その
そして、わたしはすべてを思い出した……なぜ、この織柴という男に強く惹かれ、反面、強くその接触を恐れていたのかを……それは、わたしの望む結末を与えるとともに、破滅をももたらすからである。
なんとなく感じていた通り、彼とわたしは前世からの強い因縁で結ばれていた……だが、それは恋人同士や道ならぬ恋などではない……わたし達は何世にも渡って殺し合ってきた仲なのだ。
そのきっかけは今でいう戦国時代、わたしが小豪族の娘として、その地方を束ねる存在であった彼の家へ嫁いだ時にまで遡る……。
いわゆる政略結婚ではあったが、それでも最初は夫婦仲も良好で、子宝にも恵まれ幸せな生活を送っていた。
ところが、仕える大名を変えたことから彼の家とわたしの生家は敵対。無慈悲にも彼は軍勢を差し向け、わたしの家の一族郎党を根絶やしにした……その所業に怒り狂ったわたしは、彼はもちろん子供達も皆殺しにし、同様に血筋を絶つと自身も喉笛を突いて自害したのである。
だが、わたしと彼の因果はそれだけに止まらなかった……。
道に外れた行いへの罰なのか? その後も生まれ変わる度にわたしは彼と遭遇し、そして、その都度互いを憎み合い、幾度となくお互いに殺し合うことを繰り返してきた。
例えば、江戸時代にはとある藩の藩士の家に生まれ、酒の席で彼が我が父を斬って出奔したために、わたしは仇打ちの旅に出て、長い時間と苦労の果てに見事、本懐を遂げた。
あるいは昭和の初め頃には、またしても彼の家へ嫁入りしたはいいものの、今度は性悪な姑にいびり殺され、わたしは死後、怨霊となると、呪いをかけて彼の一族をやはり根絶やしにしてやった。
「……そうか……この複雑な感情の正体がようやくわかった……野郎、今世でもぶっ殺してやる!」
沸々と湧き上がってくる怒りに抗うことはできず、わたしはバッグの中をまさぐると、裁縫用の小さなハサミを取り出す……なんとも貧弱だが、今、携帯している武器はそれしかないのだ──。
「──うぅ……」
彼女の手に触れた瞬間、様々な陰惨なビジョンが僕の頭の中を駆け巡った。
そして、すべてを一瞬の内に理解する……僕らは恋人同士でもなければ、互いに好意を抱き合うような仲でもない……転生する度になぜか巡り合い、そして殺し合ってきた間柄なのだ。
向こうを見れば、その殺気を帯びた瞳からして彼女もすべてを思い出したのだろう……などと思っている内にもバッグからハサミを取り出し、それをドスでも使うように腹に当てて身構えている。
いいだろう……そっちがその気ならこっちもやってやろうじゃないか……。
これはもう理屈などではない……長い年月をかけ、魂に刻み込まれてきたこの殺意は、最早、どうすることもできないのだ。
こちらも負けじと、護身用に携帯していた小さなナイフを、鞄から出して彼女の方へ突きつける。
「死ねや! コラぁっ!」
「上等だコラっ!」
そして、静かな夜の公園に怒号を響かせると、お互いいつもの如く、相手めがけて突っ込んで行った──。
(時を超える運命 了)
時を超える運命 平中なごん @HiranakaNagon
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