第16話B級座学テスト
「そこまでよ」
ピピっと鳴り響くストップウォッチは、紙の上を走る黒筆を止める。
工房のテーブルで行われるそれは、B級座学の筆記試験だ。
「ふぅ~。九割ってトコか」
「そんなに自信あるんですか?」
向かいの卓から尋ねてきたのは、自習中である矢来瞳だ。
彼女は彼女で座学の時間の、学習範囲を復習中だ。
「まぁ、B級試験自体、大分前から話は出てたからな。準備時間は十分にあったし、これくらいは出来ないと話にならん」
「そうね。そこまでの自信があって、九割解けてなければ話にならないわ」
テスト用紙を回収する傍ら、柊雪穂がポツリと零す。
言われてギクリ、背中がヒヤリ。
そんな訳ないと分かっていても、もしかしたらと疑心が覗く。
「いや、でも実際は七割出来てればいい訳ですし、落ちることはないかと」
「当たり前よ。あれだけ時間外に教わっておいて、落ちるようなら匙を投げるわ」
「か、いとう蘭はズレてない筈です」
「どのみちすぐに分かることよ」
目の前で始まる採点作業を、まざまざと見せつけられ冷や汗が伝う。
鬼が出るか蛇が出るか。
結果次第では冷笑の刑だ。柊雪穂に蔑まれてしまう。
「う~ん、ボクもやってはみてるけど、B級の範囲ってやっぱり難しいね。基礎は基礎なんだろうけど、C級と違って細かい所まで覚えることが多いから。火属性に偏ってるボクは他の術式普段使わないし」
「身を以って知ってるだろ?模擬戦で何度も使ってるぞ?」
「ある程度は分かるよ。けど、自分で使った事がないと応用までは中々ね」
「教え方が偏ってるか……でも、A級目指さないならそれでもいいのか?雪穂さん、どう思います?」
「一人前程度になるのに、才能も何も関係無いわ。知識くらいは納めておきなさい」
「っ、すいません。頑張ります……」
何処までも冷たい彼女の言葉に、思わず萎縮して梨央が落ち込む。
弟子のそんな顔は見たくはないが、甘やかしてはいけないだけに、フォローしようにも言葉が出ない。
必然、無難な慰めに回る。
「まぁ、あれだ。梨央はB級上がるまでまだ時間あるから、その内に少しずつ覚えていけばいいさ。分からない所は教えられるように、オレも大体覚えてるし」
「師匠は、B級以下の科目全部を覚えているのですか?」
「ん?まぁ、退魔師の科目はさすがに全部ではないが……何か覚えたいものでもあるのか?」
「出来ればですけど、矢の錬成に錬金術を覚えようかと」
「なるほど。まぁ、せっかく形の才能あるんだし、使わないのも勿体ないわな。それくらいならオレでも教えられるから、今度訓練で試してみるか。雪穂さん、後で錬成用の銀弾もらえますか。あと、テレパスでちょっとだけ見てやってください。イメージ掴んでからの方が伸びると思うので」
今後の予定が決まった所で、振り向き様に彼女を見れば、丁度手元にペンが置かれた。
どうやら採点が終わったらしい。
分かってはいても、緊張が奔る。
「人に構っているなんて余裕ね。よっぽど結果に自信があるのかしら」
「えっ!?そんなに酷かったですか!?」
「89点。よかったわね、合格が七割で」
「し、四捨五入したら九割ですよっ」
「そう。なら九割合格よ。おめでとう」
「微塵も心が籠ってない!」
締まらない結果が、やるせなく思えた。
~
「し、しょう!これ、ホントに最後まで続けるんですか!」
「波って言っても荒れる訳じゃないしな。漠然とこなすより、訓練になるだろ」
「それはそうでしょうけど!」
四月の波は長く跳ねたが、五月の波は短く過ぎる。
火車の一件があったとはいえ、矢来瞳の役割は外。
前線に立つ波での戦闘は、これ以上なく経験を積める。
そう、例えば……メリケンサックの二刀流とか。
「雷銀!」
唱えられるは錬金の詠唱。
手元の触媒を指輪一個分、矢へと変形し、番えて放つ。矢来瞳に課せられたのは、その矢を用いた攻撃のみだ。
自然、攻撃の手数は足らず、回避と防御に意識を割かれる。
これが遠距離のみなら兎も角、場所は洋館、塀の中。
逃げ回るにも限度はあって、端に寄り過ぎれば抜けられず囲まれる。
引き付けて一矢で多数を射抜き、錬成して射抜きをまた繰り返す。この上なく実践的な術の運用だった。
「そろそろゴーレムも流すぞ?いけるか?」
今までは亡者以外を久世がすぐさま片付けていたが、ここにきて更なる脅威の増加だ。
一番得意な雷の造形で撃っていた矢が、一番効かない地属性の塊であるゴーレムに届くとは思えない。
水の造形は慣らしこそしたが、こうまで実戦的な運用はしていない。
しかし、それでもやるしかない。
師匠がやるか?と問うのだから、出来ないことではない筈なのだ。
「銀蝋以外なら、大丈夫です!」
「了解。あと一息だ。頑張れ」
「水銀!」
応援の言葉に返す間はなく、蔓延りだした土塊を見遣る。
中途半端な造形の矢は、軌道が逸れて核を外すが、肩肘を抉り、傷跡を残す。
「陣!」
倒し切れずに突破されれば、触れられる前に空へと逃れる。
こっちは単騎で、攻撃も単発。
物量に呑まれれば、一気にやられる。
障壁を用いた空中機動は、法力の消耗を更に促すが、空に逃げるのがダメとは言われていない。
砂嵐となって追ってくるゴーレムを、側面から何とか射抜いて倒せば、浮遊して追ってくる亡者の切り裂きも、半身になって即座に撃ち返す。
夜の終わりはまだまだ先で、彼女への試練は何十と続いた。
~
「はぁっ、はぁっ」
「お疲れさん。冷やしといたぞ?」
「ありがとう、ございますっ」
冷たい飲み物が頬に当てられて、ヒンヤリとした冷気が伝う。
火照った体を冷ますにはいいが、今は水分を求める体に、流し込むようにボトルを煽る。
「サックは防御にも使えて便利だけど、一々嵌め直すのが面倒ではあるな。この際、腕輪一つに小さい指輪を複数付ける形にでもするか?」
「それだと、触媒の座標が固定出来なくて、余計錬成に響くと思います」
「それもそうか。やっぱ慣れるまではサックでいくしかないな。けど、一応予備として用意だけはしとこう。ネックレスと含めて、使いやすい方を決める感じでさ」
「分かりました。やってみます」
「よっし、んじゃ今日の訓練は終わりな。揺り返しはオレが片付けるから、ベースに戻って休んでていいぞ」
「……私だけ休むというのも、落ち着かないのですが」
「どのみち、法力切れてちゃ動けないだろ。息が整ったら水銀の早打ちでもすればいいさ。的なら来る前に作っておいたし」
「……では、お言葉に甘えることにします」
「おう。また後でな」
言いつつ、揺り返しに出て来た妖魔を、片手間に片付けて、ヒラヒラと手が振られる。
文字通り、鎧袖一色なその様に、実力の差を痛感していた。
「(もっと練習しないと)」
矢来瞳の目は何処までも、師の背中を強く焼きつけていた。
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