第26話.パターン2:マリベルの儀式から開始

 貴族の豪邸が多く立ち並ぶ区画。その中でも比較的大きな館。その最上階には、広い社交パーティー用のホールがあった。


 その中央に一人の少女が立っている。


 天井てんじょうにあいた明り取りの窓から、青白い月光が降り注ぎ、まるでスポットライトのようにその少女を照らす。


 黄金色こがねいろの髪がきらきらと輝き、そのうえには大きな三角のが乗っている。

 白地に水色の縁取りのあるゆったりとした上着に、同じく水色のロングスカートを履いていて、腰のあたりからは、ボリュームのある黄金色こがねいろが広がっていた。


 その特徴は、彼女が狐獣人ルナールであることを表していた。獣人の中でも、唯一魔法に長けている種族。



 そして、少女の手には魔法使いが持つような大きな杖が握られている。


 その杖は、小柄な少女の身長と同じくらいの長さで、上部には、青く透明な水晶が取り付けられていた。

 それは今も月の光を受けて青白く輝いている。


 その水晶を囲むように三重の輪。

 それは、湖面に水滴が落ちて波紋が広がる様子を模したようにも見える。


 そして、水晶のすぐ下には、小さなガラス瓶のようなものがはめ込まれていた。


 その下には鈍色にびいろの金属棒が伸びていて、その先は不規則な凹凸になっている。それは見ようによっては大きな鍵のようでもあった。




 月明かりを浴びて狐獣人ルナールの少女は、大きく息を吸いこむ。

 そして、鈴の音のような美しい声で歌い始めた。



 ―― いやしの神の、御座おわします ――



 少女は歌いながら、杖を持って舞う。


 両手で杖を水平に持つと、こうべを垂れながら杖をゆっくりと頭上に持ち上げる。一番高いところまで持ち上げると、シャランと澄んだ鈴の音がホールに響いた。



 ―― 外界げかいへだたる、楽園の ――



 右回りに一回転。スカートのすそがふわりと広がる。

 その後、先ほどと同じように両手で杖を水平に持ち、ゆっくりと頭上へ掲げる。再びシャランと澄んだ音色が響く。



 ―― 険しき道を、かき分けて ――



 少女は杖の下部を右手で持つと、その手をいっぱいに伸ばして杖を斜め下へと向ける。そこから、ゆっくりと右方向に2回転。回りながら杖を少しずつ斜め上へと上げていく。


 杖の先にある水晶からは、青白い光の粒子が流れ出て、ふわりと広がる水色のスカートへと降り注いだ。



 ―― いつかまみえん、その姿 ――



 杖の持ち手を左手に変え、今度はゆっくりと左回転。

 くるくると回る少女。杖から溢れる青白い光の粒子は量を増していった。



 ―― 三種の神器じんぎ、かさなりて ――



 再び杖を両手に持って、水平に掲げるとゆくりと右へと2回転する。水晶の光はさらに増し、少女の回転と共に広がるスカートへと光の粒子を落とす。



 ―― 秘めた入り口いりぐちしめす ――



 少女は杖を眼前でくるくると回しながら、徐々に上へと持ち上げていく。水晶からこぼれる光の粒子は、円を描くような軌跡を残す。

 それと同時に、澄んだ鈴の音がシャンシャンシャンと小刻みに響いていく。



 ―― いずれいたれり神のもと ――



 杖を両手で持って水晶部分を斜め上へと掲げながら、今度は左へと2回転。

 そして、最後は青白い光が溢れる水晶を戴くように上へとそれを掲げ、静かに止まった。


 いまや月の光よりも眩しく輝く水晶の青白い光は、まるで液体のように水晶の表面を滑り落ち、水晶の下に設置されている小さなガラス瓶へと溜まっていく。


 …………………………………………………………

 🔹この辺りまでで1話目

  儀式完了までですね。ここまで約1300文字です

  ↓ 2話目に続きます。

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「あぁ、それがなのね」


 うっとりとした声音が少女の背後から投げかけられる。少女から少し離れた場所で、4人の男女が少女を、いや青白い光を発する液体を見守っていた。


「さあ、そのパナケアの霊薬を渡してちょうだい」


 その声は、4人の中の唯一の女性。この館の主であるメルゼベルク伯爵の妻。イザベラ・メルゼベルクのものだった。


 咲き誇る薔薇のような綺麗な赤い髪の美しい女性。

 切れ長の目は、少しだけ冷たい印象を与えるものの、髪の色に似たルベライトの瞳は、宝石の様に輝いている。その瞳に、長く形の良いまつげが影を落とす。

 張りと潤いのある肌。そして、ぷっくりとした厚みのある唇には、髪を同じように薔薇を思い起こさせる紅に、リップグロスのツヤと光沢によりなまめかしい色香を放っていた。



 イザベラの声に動いたのは、彼女の左にいた黒い執事服を着た男だった。

 名をトビアスと言う。イザベラ専属の執事だ。


「その杖をよこせ」


 トビアスは、少女に近づくと乱暴に少女から杖を取り上げた。そして、杖からそっと小さなガラス瓶を取り外すと、イザベラの元へと戻ってくる。

 そして、恭しい態度で片膝をつくと、その小瓶をイザベラに差し出した。


「イザベラ様、こちらを……」


 イザベラは、トビアスから小瓶を受け取ると、しばらく小瓶を満たす青白い液体をうっとりとした表情で見つめていた。

 それから、ゆっくりと口元に持って行くと一息で飲み干した。

 その直後、イザベラの体は青白い光に覆われる。その光も、数秒でおさまった。


「どうかしら?」


 目の前にいるトビアスに向かって声をかける。

 トビアスは、イザベラを見つめたまま固まってしまった。目を見開いたまま、口をぽかんと開けている。


「トビアス? ねぇ、トビアス!?」

「は、はいっ……」


 イザベラが少し声のトーンをあげると、ようやくトビアスは我に返った。


「ねぇ、トビアス。薬の効果はどうかしら?」

「そのぉ……、とても、とてもお綺麗です。イザベラ様」


 我に返ったトビアスに、イザベラはトビアスによく見えるように顔の顔を近づける。トビアスは、その顔を耳まで真っ赤にさせて、しどろもどろになりながら答える。


「そういうことじゃなくて……もう、いいわ。トビアス、鏡を持ってらっしゃい」

「はい!」


 イザベラの諦めの混じった雰囲気にも気付かず、トビアスは元気よく返事をすると一度部屋を出て行った。

 そして、すぐに大きめの手鏡を持って戻ってくる。


 イザベラはトビアスから手鏡を受け取ると鏡を覗き込んだ。

 その瞬間、イザベラは花が咲いたように、ぱぁっと笑顔になった。


「すごい、すごいわよ。これ。皺が消えているわ。それに、お肌もしっとりしていて張りもあって、まるで十代に戻ったみたい」


 その後もイザベラは、手鏡を覗き込んでは、うっとりとした表情でため息をつく、ということを繰り返していた。


 しばらくそうしていたイザベラだが、やがて鏡から目を離すとトビアスのほうへと視線を向けると、懇願するような声で言った。。


「ねぇ、トビアス。もっと、もっとさっきの薬が欲しいわ」



 …………………………………………………………

 🔹この辺りまでで2話目

  ここまで来るとタイトルにあるパナケアの秘宝が

  秘宝っぽくなってきます。

  2話目も約1300文字です

 …………………………………………………………


「かしこまりました。イザベラ様」


 トビアスはイザベラに頭を下げると、先ほどの緩んだ顔からは想像できないような厳しい顔になると、先ほどの杖に小瓶を戻して少女に杖を突きつけた。


「おい、小娘。もう一度、を作れ」

「無理よ!」


 杖を突きつけられた狐耳の少女は、トビアスを睨みつけて反抗的な態度を見せる。その態度が気に入らなかったのだろう。


「何だと!? 貴様、自分の立場が分かっているのか? 拒否できる立場じゃないんだよ!」

「きゃあっ」


 トビアスは怒気をあらわにすると、少女に怒鳴りつけ鞭を振った。

 ビシッという音と少女の悲鳴が部屋に響く。


「何をぼさっとしてやがる。さっさと準備するんだ」


 立て続けに、鞭の音が響き、そのたびに少女は背中を大きく仰け反らせた。少女の背中には、赤い血が滲んでいる。


「分かった……。分かったから、お願い。叩かないで」


 少女はよろよろと立ち上がる。

 背中の傷が痛むのだろう。少女は目をしかめ口元を歪めた。

 そして、トビアスから杖を受け取ると、先ほどと同じように舞いはじめた。しかし、先ほどの様に水晶が光ることはなかった。


 結果、は一滴も出来ない。


「おまえ、ふざけてんのか!?」


 トビアスが怒鳴り、そして鞭を振りかぶった。少女は、小さな悲鳴をあげて身を縮める。ビシッという音が響き、少女がる。


「無理なの。どんなに頑張っても霊薬が出来るのは1日1回が限界なの」


 少女は涙を流しながら訴える。

 トビアスは再び振り上げた鞭を振り下ろそうとした時、イザベラの声が割って入った。


「トビアス!」


 トビアスはぎりぎりのところで踏みとどまるとイザベラのほうへと視線を向ける。


「仕方ないわね。今日は諦めて明日もう一度お願いしましょう。そのを部屋に連れて行ってあげて」


 その言葉は優しかったが、イザベラの目からは優しさは感じられなかった。少女は絶望を感じて、うつむいてしまう。

 トビアスは少女に首輪をつけると、そこに鎖を繋いで引っ張った。


「さあ、行くぞ」


 冷たく言うと、トビアスは少女を連れて部屋を後にした。


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 🔹この辺りまでで3話目

  ヒロインがいじめられているところまで書けたので

  この後はマリベル救出のシーンへと繋がります。

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