七、継承する娘 1
13
フェクタに導かれアステリスは走った。どれだけ走ったのかはよくわからない。角を数度にわたって曲がり、走り、階段をのぼっては降り、そして気が付いたとき彼女は、大きなホールの入り口に立っていた。
「な―――――」
今日という日は、まったくアステリスの人生にとって最も絶句することが多い日であっただろう。
「なに……これ……」
アステリスは部屋の中央に佇む巨大な機械の塔を見上げて絶句した。絶えず低く唸り、時々機械特有の震えを生じては、気を取り直したようにまた唸り続ける。
ゴォン……ゴォン……
ゴッ。
―――――ドォン!
「ぐあーっななななななに?」
アステリスは混乱した。フェクタがしきりに落ち着かせようと、また何かを気付かせようと裾を引っ張る。
ドォン!
機械の塔のあちこちから小爆発が立て続けに起こっている。火花散り、煙がしゅうしゅうと立ちのぼる。
ドウ!
「どうすんの? さあ言って」
アステリスが言い、フェクタが前に踏み込み塔に近付こうとしたときだ。
シュッ
ザザ!
突然いずこからか伸びてきた機械の骨のような腕が、フェクタを侵入者と勘違いしたのか掴み捉え、抵抗もむなしくフェクタを部屋の隅へと連れていった。
ガシャアン!
天井より降りてきた鉄格子・・・フェクタは侵入者と間違えられ、今、機械の檻の中に閉じこめられた。
アステリスが目の前の状況を判断するまで時間がかかった。フェクタは鉄格子にしがみつきなんとか出ようと必死に暴れている。そのたびにガシャガシャという金属の音が虚しく響きわたる。
「……うっそぉー……」
アステリス、絶体絶命の大ピンチである。とても竜牙剣ではあの鉄格子は破れそうにもない。アステリスが鉄格子に歩み寄ろうとした時、一層強い地響きが彼女を襲った。
―――――時間がない!
アステリスは青くなった。自分は機械技術もないし、ジラルダのように博学でもない。
どのようにしてこの困窮した事態を救えるのか?
その時フェクタが手を叩き足を鳴らし、必死にアステリスに呼び掛けているのに気が付いた。彼女に何かを呼び掛けているのだ。
「な、何?」
フェクタは必死に身体と手と視線を使って上を指し示した。ようやく気が付いてアステリスがそれをたどって見てみると、機械の塔の上の天井の梁の部分に、何か彫刻がされている。
瞳の紋章だ。
そしてその下に小さく何かが二行にわたって書かれている。
アステリスは目をこらした。砂漠に生きる女である。視力は人一倍いい。
平和の使者は 平和の翼
崇高なる者 鏡を照らす
それは古エジェン語だった。そう、古・古代語である。アステリスはサッと青ざめた。
古代語はなんとか読めるが「古」がついてはお手上げだ。フェクタは口がきけない。そしてジラルダはいない。
「え……ななななにあたしがやんの?」
アステリスはフェクタに懇願するように叫んだ。
「無理だよ! できないってば!」
そんな彼女にとどめをさすかのように、もう一度ひどい揺れが二人だけでなく神殿全体を襲った。フェクタを捕らえている鉄格子はガシャンガシャンと激しく鳴り、フェクタは激しい揺れに鉄格子に掴まるしかなく、アステリスは床に倒れた。
「がっがーん」
起き上がり、事態の急変に青くなり、両手で顔をおさえ、アステリスは呟いた。
「どうしよお……」
足元に目を落としてアステリスは呟いた。先程から揺れは小刻みな、連続的な揺れに変わっている。それは、もう時間がないことを端に現わしているのだ。
そしてアステリスはそこで気が付いた。
――――― あたし、今読めた。
古エジェン語だと理解できたではないか。それは綴りが自分の教えられたものと違うことと、もうないはずの字があったりしたからだ。しかしそれは、古エジェン語からエジェン語への文字変換としてジラルダから教えられている。だから読めたのだ。アステリスは不安げにフェクタを見た。フェクタは鉄格子をつかんで自分をしっかと見つめている。
「 ――――― 」
アステリスは顔を上げた。瞳の紋章が彼女を見下ろしている。
「よし……」
自分しかやる者がいないのなら、自分がやらねば―――――。
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