四、はばたく瞳 1

 イクシオンは、だいぶ前からそこにいた。

 前……前というとどれくらい前かというと、はっきりとわからない。ただずっと、というほどに長くいるわけではないし、だからといって居着いて昨日や一昨日というわけでもない。彼のいる場所はこのように荒れ果てた場所であるので、当然時計というものは存在しなかったし、また彼も時間というものをあまり気にするほうではなかったので、食事に困らず快適な眠りがあり、誰も彼に干渉しない環境……彼にとって、これ以上快適な空間はないといえた。かかる追っ手も、やがて彼を見失ったのか、ついぞ姿を現わさない。 時々盗賊が彼を絶好のカモと見定めて襲ってくることはあったが、それらが成功した試しは一度たりともなかった。イクシオンはすっかり定位置となってしまった瓦礫の上にごろりと横たわると、午後のけだるい時間を昼寝で過ごそうと決めこんで瞳を閉じた。その耳に侵入者の声と足音が響いたのは次の瞬間であった。

「ここは古代神殿だ」

「こだいしんでん? なんじゃいそりゃ」

 男と……女のようだ。女のほうはひどく若い声をしている。そしてもう一つ、まだ声を発してはいないが、第三者の足音も。イクシオンはゆっくりと起き上がって剣を掴み専用のベットから降りてそっと瓦礫の陰に隠れた。

「今はもう使われていない古い古い神殿……遺跡といえばそれまでだが、世界中に散らばる古代神殿の多くは謎が解明されないままだ。そしてそれらのほぼすべてに刻まれているのが……」

 ジラルダは立ち止まってほぼ顔を天井と水平にしなければならないほど高い位置にある目の前のアーチ型の入り口の頂を見上げた。

「あれだ」

 そこには先程のメダルに刻まれた紋章が寸分の違いなく頓挫していた。違うことといえば、はるかに大きいということ、非常に古く、風化して埃がつもっているので、知っていて見るつもりで見なければ、気が付かないくらいに色も変わってしまっていることであった。

「ふあー……」

 アステリスは紋章を見上げて間抜けな声をだした。探索の価値のないとわかっている遺跡には最初から足を踏み込まないので、アステリスは砂漠に住んでいながらこの古代神殿とジラルダが銘打ったものの内部にまで入ったことはない。

 しかし、不思議な場所だと思った。

 天井はひどく高い。昔はその天井から床にかけて無数の柱が林立していたのだろうが、多くは残骸となり折れたり倒れたり崩れたりして原型をとどめているものはない。また壁も崩れたりしてあちこちに残骸が散らばったりしており、瓦礫に山をあちこちにいくつも作り上げては盗賊たちの根城になる可能性を孕んでいる。

「アステリス、こっちへ」

 紋章に見とれていたアステリスはいつのまにかジラルダが脇にいないことに気付いた。

 声のしたほうに顔を向けるとジラルダが崩れ落ちた柱のひとつに近寄りかがみこんでなにかを調べていた。

「……何……?」

「ご覧。この柱は風化して倒れたのではない。なんらかの力が加えられたあとがある」

 ジラルダは柱の切断面に触れ風化したそれを簡単に崩して細かくしてしまうと、手に取ってアステリスに示して見せた。アステリスが顔を近付けるとそれは確かに、自然に風化したのではなくなんらかの力が加わったような、不自然な波状のものがちりばめられたようにひびとなって入っていた。

「……どういうこと……?」

「わからない。しかし先程の男といい……調べる価値はありそうだ」

 ジラルダは立ち上がりながら言った。

 三人はアーチ型の入り口のなかを入っていった。イクシオンはそれを物陰からそっと見届けると、足音も気配もなくそっとあとをつけた。


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