三、謙虚なる者の土地 1
「しかしこんな家どうやって建てたのかね」
好奇心の元にゆっくりとつかって、全身から湯気をたてながら、ジラルダはアステリスに尋ねた。そのアステリスも今しがたフェクタと風呂から上がったばかりだ。知らぬ人間が見ればふつうの家庭の団欒にも見えただろう。
アステリスはやっぱり聞かれたというふうな顔で酒を飲みながらこたえた。
「・・・・・・もしかしてあたしが建てたと思ってる?」
「違うのかね」
アステリスはだああ、とため息をついた。
「どうやったら建つってのさ、こんな仕掛けばっかの家」
「ぜひ聞きたいものだ」
「・・・・・・・・・この家は、あたしの昔の依頼人が建ててくれたものなんだ」
「ほう」
ジラルダは心底意外という顔をした。一般人の家ではない、『砂漠のアステリス』の家なのだ。つまり、場所を知られてしまう心配もあるし、誰かに捕われて家の仕組みを吐かせられてしまうという危険性だって充分ある。そんな危険なことを、アステリスがよくする気になったものだ。
「依頼人というと・・・つまり君に用心棒を頼んだのかね」
「うん」
アステリスは天窓から見える星を見上げて少しだけ遠い目になった。目前の利益だけのために生き、信用するのは金と自分だけという傭兵稼業の典型みたいな彼女には珍しいことであった。
「・・・それがすごい嫌なじじいでさあ・・・典型的な職人っていうの、ああいうの。頑固で融通きかなくて困った奴だったよ。それでも腕はすごく良くてさあ。多分世界で一、二を争う腕だと思うよ」
「ふむ」
「そのじじいの娘ってのがさ、親父に似合わずすっごい美人なの。で、隣国の王様に見初められて嫁ぐことになったんだけど、敵国の人間に狙われちゃってね。つまり、彼女じゃなくて自国の王女を嫁がせて無理矢理仲良くしたいっていう政略結婚が目当てだったんだけど、でも王様はもうその国と戦争する準備してたし、そんなつもり毛頭なかったわけだ。
で、刺客が放たれた。仕返しだよ。戦争は避けようがない、政略結婚も無理、でも計画がだめになった理由の一つの王様の婚約者には一太刀でもくれてやりたい。やらしいね。 そりゃもう凄かったよ。王様が心配して何人も護衛を送ったんだけど、悉く失敗」
アステリスはその凄まじさを物語るかのように両手を広げた。
「で、親父はあたしに依頼した。あたしは思ったね。いくら腕のいい職人っつったって、ああいう職人肌の人間ってのはあんまり金に頓着しないだろ? 娘の嫁入り準備にみんなつぎこんでたみたいだし。おんなじことを言ってやったよ。支払い能力のない人間から仕事をもらうほど落ちちゃいないんでね」
「ふむ・・・・・・君の言う依頼人はもしかしてイーフェン大陸コラン王国のライリールかね」
アステリスはうなづきながら続けた。
「親父はしばらく考えてた。それからあたしに言ったよ。
自分はこのとおり金はその日その日の糧を求める以外には持っていない、では自分の腕ではどうかってね」
「・・・・・・つまり君の望む家を建てることで報酬とすると?」
「そ。まず砂漠の真ん中って言ったらそれだけで怒鳴ったよ。ずいぶん喧嘩したけどね。 そいでぶつぶつ言う親父をここまで連れてきて色々注文しながら建ててもらったわけ。 あたしは報酬ぶんの働きをしたよ。無事婚儀の日まで娘を護衛して、娘が貴族の家で行儀見習いしている間もずっと側にいた。あれが一番窮屈だったかな。長かったし・・・親父と一緒に晴れの姿も拝ませてもらった」
「ふむ・・・・・・しかし危険が伴うのではなかったのかな」
アステリスはジラルダの方を見た。
「彼が捕まれば君は安心して家でくつろげなくなる」
「それが違ったんだよ。親父はね、あたしの家が最後のつもりでやったのさ」
「? ・・・・・・」
「親父はね、病気だったんだよ。もう末期だったんだ。せめて自分の大事な娘が王様に見初められて嫁入りするんだから、それだけはきちんと見届けて逝きたいって・・・・じじい最後で言いやがった」
「・・・そうか・・・」
ジラルダも少しうつむいて呟いた。どうりで最近、あの親方の評判を聞かないと思っていた。
アステリスが立ち上がって沈んだ場をとりなすように言った。
「さ、もう寝るよ。明日も早いしね。フェクタも・・・・・・」
アステリスがフェクタの方を見ると、言うより先に、彼女はとっくの昔にジラルダの膝で眠りこけていた。
「もう寝ちゃったみたいだね」
アステリスは星の光の下で笑った。
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