第42話 御仕舞

 冬が、白星町にやって来ました。霧雨は灰雪に替わり、白色の花弁が天に舞います。

 僕は教会の長椅子に腰掛け、トウヤとツルミは祈りを御神体に捧げています。視線を袖廊の開いた扉に向け、雪が小道向こうの花壇に蕭蕭と降り積もっていました。

 トウヤたちが僕の隣に腰掛け、座面の木肌が身体を僅かに削ります。氷くずが、磨かれた床石に落ちました。

「まだ、慣れないな」

「安定するまでの辛抱ですね」

 ヒサトがツルミにグラスを渡し、僕たちも彼から順次受け取ります。透き通った水が、波紋を水面に浮かべました。

「次の方々をそろそろ運び込みましょうか」

 僕とヒサトはトウヤたちと別れ、馬ぞりに乗り込みます。シャマナも到着し、御者が馬を走らせ始めました。

 霜の張っていた馬がミシミシと起動し、薄氷がパリパリとこぼれ落ちていきます。足を厚い雪床に突き刺して、一歩一歩と進みました。

 白に覆われた雪道をゆっくりと滑り、幌に積もった雪を裏から叩き落とします。関所前に広がる農地は雪化粧し、白銀の世界が真っ平らに伸びていました。

 前季に響いていた雨音は面影に消え、街道はしんと静まっています。なだらかな凹凸が雪原に点在し、剣の柄が頭を時折覗かせていました。


「開きました」


 僕たちは教会に到着し、聖堂の正面扉が開きます。堂内は外と同じ様に静まり、長椅子には埃が薄っすらと積もっていました。

 建物の奥に入り、修道者たちがベッドに横たわっていました。手を前で組んで、身体を折り曲げ丸まっています。

「候補に入れましょう」

 ヒサトの背中に従い、僕たちは食堂に向かいます。雪が木の屋根に積もり、扉を開けた弾みで軒先にぼとぼとと崩れ落ちました。

 ケープの雪を払い、床板が軋んで音を響かせます。

「ヤツエさんたちとはここで出会ったんです」

 シャマナが氷の花を長机に置きました。

「それから、私たち教下隊と出会った」

「はい」

 僕とシャマナの白粘が周囲を仄かに明るくし、光が暗い室内に境界を作ります。

 シャマナが布を懐から取り出し、卓上に広げました。

「ヤツエさんと会う前は、この方の店で働いてました」

「店」

「似顔絵店を開いていたんです。首都に着いたら、おじさんも探したいです」

「是非、そうしましょう」

 僕は、窓の外を見ました。底の平たい雪雲が暗さを増していき、夜が修道院の尖塔に降り立ちます。


「開きませんね」


 翌朝、明るみ始めた空が光を窓に注いでいました。僕たちは金具をいじり、入り口の木扉を取り去ります。

 積雪が床上まで到達し、雪の断面が段差を出口に作っていました。雪を掻き、扉を元通りに付けて、外に出ます。

 荷台に乗り込み、馬ぞりが首都へ向かいました。街道が関所を貫き、雪の積もった瓦礫が僕たちを迎えます。

 庁舎前の広場に向かい、二つの人影を認めました。彼らは地べたに座り、雪が肩に積もっています。

「やあ、こんにちは」

 カンカとケイが僕たちに気付き、ゆっくりと立ち上がります。雪が身体を滑り落ち、小山を広場の積雪にまた一つ作りました。

「彼らは」

「カンカさんとケイさんです。南都で会いました」

 彼らが、掌を僕たちに向けます

「戦意は、ありません。彼方此方を彼とただほっつき歩いているだけです」

 ヒサトが氷刃を降ろし、刃が霧散しました。彼らも応じて、手を下ろします。

「シャマナさん方は、何をしにここへ」

「人探しです。教会に連れて行って、生き返らせるんです」

「なるほど」

 シャマナが似顔絵描きの肖像画を手に持ち、広げました。

「この方を見ませんでしたか」

「ううん、申し訳ないけど、僕は見てないな」

「カンカさんは、如何ですか」

 彼女は布に描かれた顔を見つめ、指をこめかみに添えます。

「どこかで見たわね」

「本当ですか」

「よく覚えてるね」

「貴方は、景色ばっかり見てるから」

 ケイが苦笑し、後頭部を掻きました。カンカが歩き始め、僕たちも後ろに従います。

「教会ってどんなところだい」

「洞窟が、地下にあるんです。細かい氷が舞ってて、綺麗ですよ」

「行ってみたいわね」

「是非一度、いらして下さい」

 ヒサトがカンカたちに提案し、彼女が建物の入口を指し示しました。外観はさほど崩れておらず、窓からの光が暗い室内をぼんやりと照らしています。

「集会所、でしょうか」

 人々が床上に点在しており、使用済みの食器やボロ布で散らかっていました。カンカが一人に近寄って、僕たちに手招きします。

 シャマナが、遺体の顔を伺いました。


「おじさん、です」


 彼は生前と同じ外見を留めていて、眠っているかのようです。

「太陽が隠れて久しいですし、この寒さですからね」

 ヒサトが手をシャマナの肩に置き、彼女は刃を似顔絵描きの耳に入れました。皮膚がパリパリと割れ、かさかさになった肉が断面に覗きます。

 耳を保管して、首属部隊員の部分も切り取っていきました。僕たちは一夜を館内で明かし、窓の外が明るみ始めます。

「貴方がたも相乗りされますか」

「是非」

 僕たちは馬ぞりに乗り込み、カンカたちも続きます。馬ぞりたちが雪上を滑り、僕たちは首都を後にしました。

 扉を開け、修道院の本堂で休憩します。

「変わった置物だね」

 ケイが、御神体を眺めています。

「白彗星様と言います。その偶像ですね」

「本物の大きさも、これ位なんでしょうか」

「より巨大です、明日にはご覧いただけますよ」

 翌朝に白星町へ帰還し、馬が教会の敷地に入ります。僕たちは本堂に入り、教会地下へと向かいました。

「よお、ヤツエ」

 トウヤたちと途中で出会って、共に先へ進みます。

「氷が張ってるけど、君たちは寒い、というのを感じないのかい」

 ケイの声が、通路に反響しました。

「私たちは、身体を水分に置き換えていますから。ヤツエ様とシャマナさんは、特異ですがね」

「面白そうだね、僕たちもなれるかな」

「私は、御免だわ」

「まあまま、そう言わずに」

 カンカが、ケイの手を軽くはたきました。忍び笑いが、場を和ませます。

 僕たちは凍結している洞窟を慎重に歩き、大空洞に到着します。ヒサトがケイたちを坂の手前まで案内して、眼下を掌で指し示しました。

「あれが、白彗星様です」

「おお、神々しいな」

「確かに綺麗ね」

「近くまで向かいましょう、どうぞ此方へ」

 ヒサトが、すり鉢状の坂を下り始めました。カンカたちは、白彗星を見つめています。


「もっと綺麗にしましょう」


 洞窟を照らしていた青白い光が消え、ヒサト、氷人、白彗星が跡形もなく蒸発しました。シャマナが腕を失い、僕は彼女の崩れたバランスを支えます。

 カンカが振り返り始め、僕は急いで、彼女の頸部を氷の杭で穿ちました。

「あら、知ってたの」

 彼女が粉砕され、ケイの姿を立ち込める土煙に認めます。

「じゃ、君たち。頑張ってね」

 僕は棍棒を振り切り、ケイの微笑が塵に消えました。細い氷枝が、シャマナの肘から生えます。

「水分が、足りません。一旦地上へ戻りましょう」

「案内するよ」

 声の方向に振り返り、見覚えのある少年が立っていました。彼は軽く掌を掲げて、眉を山状に上げています。

「ジュネ」

「久しぶり、シャマナ」

 彼は掌を仰向け、指先が出口を示します。僕とシャマナはジュネを砕いて、消えた白彗星から駆け去りました。

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