第41話 起死回生
お互いに死なない戦いは続き、僕は気を抜く暇を持てない。
癒やしを止めれば、闇に吸い尽くされる。魔人たちもまた、泥を纏まわねば継戦できない。
突破口の一つ、全身を同時に壊す。
氷の身体は熱せられ、霞と化して、火柱に乗る。上昇した蒸気が身体を生やし、魔王の頂上に向かって落下し始めた。
「火に触れているぞ」
彼が落下を察して、距離を取る。僕は踵からバキバキと割れていき、氷片が周囲に飛び散った。
氷が溶けて、空に再び送られる。僕は何度も星のように降り注ぎ、砕けては舞って、飛んだ。
支えなき上空、眼下に見える組み付いたシャマナ。彼女は自らを氷の杭で貫き、共に刺された魔王も胴を固定される。
魔王が黒い剣で固定部の上を切り落とし、残った上体が泥に落ちる。そして、僕はシャマナと魔王の残存部を砕いた。
足の裏が白い粘液に塗れ、粘液が泥を掬い始める。泥土に落ちた魔王も、下半身を補い始めた。
湿った土は、水を含んでいる。
彼の下半身が、僕を生やした。砕けた土が宙を舞い、黒色剣が身体を滑り始める。
「貴様」
白粘が、魔王の損傷部から身体中に浸透していく。水の行き渡る速度に追いつくには、刃の面積が余りにも小さ過ぎた。
僕と向き合った彼の顔が、笑みを微かに浮かばせる。
「貴様の、勝ちだ」
凍結。微細な隙間まで及んだ水は氷と化し、魔王の残存部を粉々に破壊した。
塵が爆発に乗り、風に乗って、灰色の空に飲まれていく。暗黒色の剣が泥土に刺さり、剣先がズブズブと沈み始めました。
僕は剣の柄を急いで掴み、魔王の唯一つ残していった鞘に収めました。シャマナの足が泥土を歩いて、向かってきます。
へそから下だけが残っており、断面から垂らした白い粘液が練った泥を引きずります。白粘が上半身を組み上げ、元通りのシャマナが作られました。
「終わったんですね」
泥炭地に蔓延っていた火炎は勢いを次第に減らし、煙霧も掻き消えていきました。熱を僅かに持つ土も、冷たい霧雨に鎮まりました。
シャマナが手を伸ばし、僕は掌を握ります。人間と魔人の二人は、背を黒く湿った平地に向けました。
僕たちは元来た道を逆に辿り、分岐路に差し掛かります。
「こっちですね」
彼女の記憶を頼りにして、真っ暗なトンネルを進みました。氷が白く光って、僕たちの行く先を照らします。
僕たちは館に至り、ヒサトを実験所に認めました。
「お二人共、ご無事でしたか」
「魔王を倒しました」
ヒサトが笑みを消し、口は少し開いたままです。
「本当ですか」
「はい。この剣が、彼の遺物です」
僕は、黒色剣をヒサトに手渡します。彼は剣を鞘から抜き、再び戻しました。
「雨は、止まないそうです」
ヒサトは手を顎に添え、思案気な面持ちです。
「いっそのこと、氷人になってもらいましょうか」
ヒサトは微笑み、シャマナが顔を彼にパッと向けます。
「そんな事ができるんですか」
「事実、シャマナさんも契りを結ばれましたよね。貴方がたの場合は特別で、アミュレットと大癒術士様の存在が結びつきを強固にしてくれました。ただ、教下隊や私のように時間を欠けて、適応すれば、常人でも白彗星様の御力を拝領できます」
僕たちは、館の外に出ました。馬車の荷台に乗り込み、御者が馬を起動します。
一夜を廃教会で明かし、翌日に首都へ到着しました。
「大洞窟は広さが、限られています。氷人化に当たって、一回目の人選を行いましょう」
僕とシャマナはヒサトに従い、首都の広場にやって来ました。首長の銅像が霧雨に濡れ、顔を雫が伝っていきます。
耳を整列した死体から切り取り、剣がツルミの右耳を削ぎました。
「腐乱が雨のお陰で進んでいないのが、幸いでしたね」
僕たちは、庁舎の瓦礫に近寄ります。暗黒色の剣を抜いて、瓦礫を吸い取り始めました。
時間を瓦礫の撤去に掛け、ふと、黒焦げた手が廃材の山から覗きました。瓦礫を全身が見えるように退かし、シャマナが死体を俯瞰します。
「体型的に、トウヤさんでしょうか」
僕は大癒術を黒い物体に掛け、翠色の光が彼を包み込みます。見覚えのある顔が表れ、トウヤの目が僕と会いました。
「ヤツエ、か。ぐっ」
トウヤが咳き込み始め、ヒサトが傍らに屈みます。
「初めまして、白星教のヒサトと申します。ヤツエ様にお供し、旅してきました。これから、貴方を教会にお連れします」
「よく分かんねえ、よ」
トウヤが息絶え、僕は彼の耳も削ぎます。広場に居た隊員たちの耳と合わせ、十数個の人体が収集できました。
僕たちは首都を発ち、二回目の夜明けを過ぎて、白星町に到達しました。教会の敷地に入り、二人の教下隊員が僕たちを地下の扉前で迎えます。
僕は大空洞の地面を踏み、耳たちを白彗星の御前で取り出しました。一人ずつ復活させていき、ヒサトがすかさず氷を溶かした水を飲ませます。
彼らの肌が青白く染まり始め、目蓋を閉じました。
「安定するまで、寝かせます。世話は教下隊にお任せ下さい」
僕とシャマナは教下隊と別れて、地上に戻ります。街路樹の葉が霧雨の灰色に輝き、診療所の勝手口を解錠しました。
窓を開け、空気が混ざっていきます。シャマナと僕は汚れを水場で落とし、僕は魔王の剣を寝室に立てかけました。
病室は仄暗い外光に照らされ、キャビネットの蝋燭がシャマナの顔を橙色に染めています。彼女は本のページを捲り、軒から滴った雨水が音を窓の外で立てました。
「おやすみなさい」
僕は背を彼女に向け、寝室のベッドに横たわりました。目蓋を閉じて、穏やかな雨音に溶けていきます。
一日が終わり、僕も終わりました。
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