第38話 解

 僕たちは障害を退けて、彼らの懐をまさぐります。鉄輪がベルトに取り付けられており、鍵らしき金属片が数本ぶら下がっていました。

 手近な扉の鍵穴に差し込んで、鍵を回すと、音を立てて解錠されます。部屋の内部を伺うと、数名の若い人々が入っていました。

 一人はベッドに横たわっていて、斑点が全身の皮膚に散在しています。壮年の男性がベッド脇の小椅子に腰掛けて、食事や水差しが小机に載っていました。

「誰です、あなた方は」

「ご主人に呼ばれて、参りました。流行り病の原因である雨を絶ちに」

 寝ている少年が、咳き込みます。壮年の男性が、少年の額を布で拭きました。

「祟り、なのかもしれませんね」

「祟り」

「私の口からは詳しく言えません。王は、上階に居られます」

 ヒサトが彼らに敬礼し、僕たちは部屋を後にします。廊下を渡って、装飾の掘られた一つの扉が目に付きました。

 鍵が鍵穴に差し込まれ、重い扉が徐々に開きます。天蓋付きのベッドが窓の大きい部屋に置かれており、二人の女性が室内に滞在していました。


「不敬ですよ」


 彼女は豪奢な服を身にまとっており、顔の下半分を扇で隠しました。もう一人の女性が、歩み寄ってきます。

「何か御用でしょうか。その服の血は」

「賊が、先程館に侵入いたしました。彼らは無事に排除され、その御報告に参上いたしました」

「そうでしたか、ご苦労さまでした」

「それと」

 ヒサトが、一句区切りました。

「ご主人様の姿が見当たりません、何かお心当たりはございますでしょうか」

「いえ、私は何も。ご存知ですか、王妃様」

 彼女は振り返って、扇を持った女性に尋ねました。

「私も、存じません。書庫にまた籠もっているんじゃないかしら」

「いえ、居りませんでした」

「じゃあ、上の執務室でしょう。もう一度行ってみなさい」

 僕は王妃の背後に飛ばした霜から体を再構成し、氷の杭が彼女の体を貫きました。唖然とした表情の侍女が、シャマナに両断されます。

 彼女たちをベッドへ綺麗に並べて、掛け布団を掛けました。二つの頭を浮かせて、枕を滑り込ませます。

 僕たちは王妃たちに背を向け、格調高い扉が静かに閉まりました。鍵を施錠し、元通りになった扉から立ち去ります。

 廊下を奥に進み、上り階段が廊下から伸びていました。階段脇に佇んている警備と戦って、血肉を踏みながら最上階に至ります。

 廊下を歩き回り、二人の警備が大扉の両脇を守っていました。脅威が過ぎ去り、僕たちは扉を開け放ちます。


「物音を立てすぎましたかね」


 無人の部屋が、眼前に広がっていました。僕たちは、執務室のあちこちを探索します。

「何か、棚の裏にあります」

 シャマナの下へ向かって、手を棚と壁の隙間に当てました。仄かに吹く隙間風を指で感じ、僕たちは棚を押していきます。

 棚の退いた跡地の壁はくり抜かれており、人が通るのに十分な大きさの穴が開いていました。僕たちは穴を潜り、がらんどうの広間が暗闇に沈んでいます。

「隠し部屋、ですか」

 シャマナの腕が白く光って、何もない部屋を照らし出します。手を壁に付き探っていると、一箇所が扉状に回転しました。

 下り階段が奥に続いており、僕たちは長い間下り続けました。階段を抜けて、開けた空間に出ます。

 牢屋が壁に沿って並び、やせ細った人影や普通の人々を中に見ます。僕たちが牢の前を通っていくと、一人が声を上げました。

「ここから出してくれ」

 筋張った手が、鉄棒を掴みました。彼の血色は悪く、清潔とは言えない衣と肌を纏っています。

 僕は鍵束を取り出して、一つずつ鍵穴に差し込んでみます。しかし、対応する鍵を持っては居ませんでした。

「誰が、鍵を持っていますか」

「王だ。牢屋の前をさっき駆けていった。実験所が、先にはある」

 僕たちは道を辿り、人影を進んだ先に認めました。枷の付いた寝台が部屋の真ん中に置かれ、何本もの鎖が天井から垂れ下がっています。

「誰だ、貴様らは」

 男は綺羅びやかな衣を纏い、彼の構えた剣先が輝く髪を反射しています。

「町のものでは、ないな」

「魔王を探しています。彼は、西に向かったそうですが」

「知らんな。さっさと出ていけ」

 僕たちは、氷刃を腕から生やしました。王の目が、見開きます。

「貴様ら、魔人か」

「人間ですよ」

「嘘をつけ、仲間を取り返しに来たのだろう」

 ヒサトは、ため息を吐きました。 

「白星教徒です、ご存知では」

「知らん」

「もったいない、不死になれるというのに」

 王の剣先が、揺れます。


「不死、だと」


「ええ、私を試しに斬ってみて下さい」

 王はヒサトを肩から切り、霜が傷口をふさぎ始めます。

「こんなものが、あるとは」

「興味が、ございますか。事が済んだら、東都にいらしてください」

「東都、外か」

 彼は剣を鞘に納め、寝台に寄りかかりました。壁際のランプが、鎖の影を壁に映しています。

 ヒサトも、氷刃を解きました。

「なぜ、このような部屋を」

「始めは、無力な魔人を収容していた。時が経ち、彼らが寿命や病で死なないと知る。この地域は、魔人の襲撃が相次いでいたのだ。だから、彼らを把握して、対抗手段を見つけ出さねばならなかった」

 彼は俯き、ヒサトが掌を出しました。

「鍵を、頂けますか」

 王は鍵束を懐から取り出して、一つの鍵を抜き取ります。鍵は、ヒサトの手に渡りました。

「人間用の牢だけだ。魔人を野放しには出来ない」

「ありがとうございます」

「だが、この雨だ。行く宛もないだろう」

「そうですね。でも、彼らは自由になれます」

 王の瞳がヒサトを捉え、口角が少し上がりました。

「そうだな」

 僕たちは、牢屋前の道に戻りました。ヒサトが、鍵を鍵穴に差し込みます。

 牢屋が解錠され、人々が立ち上がり始めました。鉄格子が軋んだ音を立てて、開け放れます。

 人々はゆっくりと、しかし、確かな足取りで外に出ていきました。彼らが階段を登り始め、人気のない牢屋が僕らの前に佇んでいます。

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