第37話 内見
シャンデリアが高い天井に並び、灯火が縞模様を廊下に描いています。僕たちは開けた空間を廊下の向こうに見て、エントランスの手前までやってきました。
二つの階段が左右の壁に面しており、二名の甲冑を着た剣士が一段目の付近で警備しています。僕たちは、二手に別れました。
使用人が警備の前を通り過ぎ、氷の棍棒が彼らの頭部を打撃しました。固い物同士がぶつかり合う音がロビーに響き渡り、甲冑剣士が体勢を立て直して剣を抜きます。
「賊か」
氷刃が金属鎧に弾かれ、剣の柄頭が僕の頭を殴りました。氷の割れる音がし、白い血が頭を伝って床に落ちます。
僕は屈んで、刃を彼の腿に突き刺しました。体勢を崩した甲冑剣士の頭部を氷棒で横殴ります。
床に叩きつけられた彼の首が切りつけられ、体液が床に広がりました。新調した服は、早くも着古した趣を感じさせます。
ヒサトたちも剣士を討って、近くの階段を登り始めます。階段は中央部で交差して踊り場を為し、物音を聞きつけた警備たちが続々と雪崩込んできました。
血が舞い、肉が断たれます。僕たちはエントランスを後にして、足を二階に踏み入れました。
所々の扉は鍵がかかっており、入れる部屋を求めて一つずつ確かめていきます。一つのドアノブが回り、幾つもの本棚が並んでいました。
窓には厚いカーテンがかかり、隙間から漏れ込んだ光が暗い室内を微かに照らしています。人影をデスクの下に見つけました。
「お尋ねしたいことが、あるのですが」
ヒサトが声を彼に掛け、人影は応じません、
「王族について知りたいです。魔王の居場所に関しても」
「ヒサトさん、目録を見つけました」
シャマナが分厚い書籍を抱えて、書見机に置いて、中を開きました。目ぼしい情報が記された本の名前を探して、棚から持ち出して来ます。
「魔人への対抗手段を模索。転じて、戦力の増強と不死への探求に至ったようです」
「では、なぜ魔王が」
「王族は魔人を捕らえて、人体実験をしています。人さらいも行って、手を城下の人々や、街の外にまで広げました。魔人と人間、彼らを被験体とした実験を繰り返したようです」
「生き長らえている理由が、あるのかもしれませんね」
血が、デスクの下で水溜りを作っています。
「一人ひとり、尋ねて回りましょうか」
僕たちはヒサトの背中を追って、書庫を後にしました。廊下を彷徨って、何も得られず、一階に降ります。
エントランスに至り、正面ドアが開け放たれていました。僕は外の様子を伺い、幾つかの人影がアプローチで倒れていました。
僕たちは霧雨の降る屋外に出て、枯れた庭園が目に停まります。花壇を縫って奥へと進んで、一軒の小屋を見つけました。
窓から中へ入って、湿気と埃が漂う空気に迎えられます。
「これなんて、どうでしょう」
シャマナが、伐採用の鉄斧を抱えあげます。僕は斧を受け取って、頭と刃を覆っていた皮を取り去りました。
錆は刃になく、腐った箇所は柄にもありません。もう一本の斧も持ち出し、ヒサトと僕が一本ずつ握りました。
僕たちは元来た道を辿って、玄関に戻ってきました。一階の廊下を歩いて、斧を閉ざされた扉の前で振り上げます。
刃が木戸を貫通し、室内がささくれ立った穴の奥に広がっていました。穴を広げて、腕を入れて、鍵を外から解きます。
「魔王がどこに居るか、ご存知でしょうか」
人影を部屋の隅に認めました。答えはなく、僕たちは部屋を出ます。
次の扉を開け放ち、無人の部屋が眼前に広がりました。ランプの蓋を開け、蝋燭の灯心は熱を未だに保っています。
ヒサトがクローゼットの前に立って、扉をノックしました。持ち手を握り、扉がゆっくりと横滑りして、折り畳まれます。
「王族や魔王について知りたいです」
ハンガーがポールとぶつかって、カチャカチャと音が立ちます。物音が部屋の角に行き渡り、耳鳴りが音量を上げ始めました。
「シャマナさん」
彼女は部屋から一旦退室して、先程の使用人と共に戻ってきました。シャマナが彼の肩を叩いて、発話を促します。
「お願いだ、この人達に教えてくれ」
衣がクローゼットにぶら下がっており、人影が衣を除けて、顔を顕にしました。
「主と親族は、居室を最上階付近に構えています。魔王とやらは存じません」
「なるほど、ありがとうございました」
僕たちはクローゼットから離れて、廊下に戻ります。閉じた扉を次々と開けていき、魔王を知るものは居ません。
框を再び潜り、少年が短刀を部屋の奥で構えていました。数人が、身を彼の背後で寄せ合っています。
「賊め」
「害意は、ございません。魔王について知りませんか」
「近づくな」
少年の短刀がヒサトの胸に刺さり、ヒサトは腕を少年の頭に置きました。
少年は脱力して、膝を絨毯の敷かれた床に付きます。肩が一度跳ね、彼は仰向けに倒れました。
「平気です、眠っているだけですよ」
ヒサトが、奥の数人に近寄ります。
「王族は様々な研究をしていたようですが、ご存知ですか」
「いえ、知りません」
僕たちは部屋を後にして、暖色に染まる廊下を辿ります。上り階段が姿を表し、一段ずつ登っていきました。
「シャマナさん、何階建てでしたっけ」
「外観からすると、五階建てですね」
二階に到達して、上行を継続します。警備が道を途中で塞ぎ、カーペットの模様が都度変化していきました。
僕たちは四階に到達し、先に進める階段が見当たりません。廊下を進もうと試み、人影が進路に立ちふさがりました。
「この先へは通さない」
三名の甲冑騎士が、サーベルを抜きました。僕たちも武器を構えて、間合いを計ります。
黄色い廊下の窓から伺える外景は、霧雨の灰色に仄暗く染まっていました。氷の刃が明かりを反射し、色が剣身で混ざり合います。
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